ハツネミクとコンプリ先生とは、どこぞの雇われ歌手と演奏隊による音楽ユニットのことです。……('A`)
私たちのマスターの別名は“平和P”。投稿者名は“心得”。
ふと思い返してみれば、こんなことを続けてから幾多の月日が流れたことか。
マスターは自分の作品に『作ったけど自信がない』とぼやいては演奏を促し、
私は味気ない背景のなか、どうにか仕上げた歌詞もない曲を「ラララ」と歌う。
…そんな光景をどれだけ見てきたことか。どれだけ「ラ」を歌ったか検討もつきません。
世の中は忙しなく移ろい変わるというのに、私たちは変わりそうで変わらない日常を送ってばかりいます。
私はボーカルの“初音ミク”。くつろぐように足を広げて歌うのがマイスタイル。
これでも昔は結構歌が上手いと言われましたが、最近はAppendやV3の子が少し気になっちゃいます。
そしてマスターの彼は自信なさげなドクオ顔が特徴的な人。作詞は大の苦手。
今日もコンプリ先生とにらめっこしては『やっぱダメだぁ』と喚いてひっくり返ってます。
そんな日々も、少し変わったアレンジ集(2007/11/23)
を投稿した時から始まりました。
これでも日時だけなら“メルト(2007/12/07)
”よりも少しだけ先輩です。知名度はさておき。
そう、あの頃はまだ「初音ミクに一部で有名な曲をカバーさせていたボカロP」として知られてました。
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その当初は「やる気のないカバー」と称して短めなアレンジ曲を作ってまして、 特にテクノの異人…もとい偉人で知られる“平沢進”師匠の歌をアレンジしたのは結構評判みたいで、 それと趣旨が少し変わったアッシュアップ風アレンジもやっていましたけど、 |
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↑ 貴重な師匠の手拍子姿。 |
↑ シリーズとは違うアレンジ。 |
カバーした楽曲元からのファンでしょうか、VOCALOIDの支持層以外にも注目されていたようです。
それだけ曲単体としてみても物珍しいアレンジだったのでしょうけど、
不思議とインディーズ好みな音楽ファンが集まっていたように感じるのは私だけでしょうか?
ですが2012年の6月頃にPCが故障。復旧のメドが立たず、やむなくデータごと手放すことになりまして、
これが原因で楽曲どころか愛用していた音源も放棄せざるを得なかったようなんです。
ですから今の私達は二代目なんですけど、前に居たはずのゆっくりが見当たらないのはどうして?
そんな彼も私を迎え入れる大分前から音楽に関わっていたようで、
カバー元やリスペクト先のアーティストを鏡見る辺り、きっと音楽への造詣は結構あるハズです。
…だからこそ、今でも悩み続けているのかもしれません。自分自身の音楽の在り方に。
知人の協力を借りたことはあっても、作品制作は単独行動。イラストの引用も皆無です。
そういえば他のボカロPと交流している姿を見た覚えもありません。
活動時期的にピアプロやにゃっぽんを知っていそうでも、彼は多くを語らない。
既存曲のカバー、特に平沢進のアレンジに注目が集まったボカロPでしたが、
その一方で自信の音楽を追い求めていた人物でもあったことは、残念ながら あまり知られていません。
そして彼の作風は、その歌でセピア色の想像線に記されたイメージを表す。
無意識に沈む感情は追憶と感傷。いつしかの歓喜も、今は呪いのように。
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オリジナル曲の投稿を始めたのは《2008/02/24》。 コンプリ先生こと“KOMPLETE8”を迎え入れたのは《2012/03/25》ごろ。 それで勢い余って《ハツネミクとコンプリ先生》なんてユニット名を名乗り始めたのが第二の始まり。 時にはロックバンド、時にはポップユニット、時にはフォークデュオと、曲を出してはジャンルを二転三転しながらも活動は進みます。 |
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↑ コンプリ先生ではないです。 |
↑ コンプリ先生。オプションもあります。 |
ああ、今振り返ってみても彼の作曲活動は前途多難でした。
歌詞は書けないミキシングは出来ないは序の口で、出来かけの二曲をズビアンよろしく繋ぎ合わせるわ、
余所からメロやフレーズをパクってみるわ、パクったクセに『なんか音が違う』とボヤくわ、
コンプリ先生に『すへーあんすてーべんずっぽく演って』などと無茶ぶりをふっかけるわ、
ギターのチョップでHDDを壊すわ、その割にはスリーフィンガー奏法は出来ないわ、
作ろうとした初期のテーマやイメージからドンドン離れていくわとか、吐いた弱音や迷言は数知れず。
その七転八倒っぷりは、まるで弱音ハクの生き写しを見ているようでした。ドクオ面だけど。
ことあるごとにバンド映えする曲が作れないと喚くのも見慣れたもので、
しまいには『ぶっちゃけ俺あんましロックな曲って書かないよね』と言い出したのも一度ではありません。
でも、最近はアコギを頼りにフォークデュオらしく演るのにも板に付いてきた気がします。
けれども彼はいつだって昔から聴き慣れたアーティストの影に怯えてばかり。
このVOCALOIDの世界で“その”伏せた文字を理解出来る人は決して多くないというのに。
だからなのか、どことなくとも彼の歌はノスタルジーにとらわれているように思えてならないのです。
初めてお会いした時からずっとそうです。彼は自分の作品に対して申し訳なさそうな顔で見つめてる。
だけど、彼が自分で思うほど、あの人は乱雑でもなければ想像力が乏しい人間ではありません。
確かに言葉や技術が足りないとこもあるけど、素質はある筈です。彼の歌を望む人がいる限りはそうなんです。
今は偉大な先駆者の影に苛まされる彼だけど、それもいつかは振り払える時が来ると信じています。
ふと思い返してみれば、こんなことを続けてから幾多の月日が流れたことか。
歌も、仲間達も、趣向も、流行も、世相も、なにもかもが時代の波に呑まれていったというのに。
衰退論は繰り返され、今やネギの意味さえも忘れかけているというのに、私たちは日々は変わらない。
たとえPCが壊れようとも、突然NMMが使えなくなっても、不意に強制エンコード問題に巻き込まれようとも、
どれだけ自身の未熟さに悶絶しようとも、あれだけいた筈の馬骨達が跡形もなく消え失せても、
彼は懲りることなく音楽を作り続けている。作り続けようとしている。
だけど、彼は時折語ります。『次第に曲が作れなくなってきた』と。
振り返えれば長らく続いてきた活動だけど、それは平和と名ばかりの孤独と不毛の日々でした。
多くを語ろうとしませんが、きっと色々なものをすり減らしてきたのでしょう。
それでも彼は曲を作り続けてきました。メジャーでなければアングラでもない、無名のボカロPであっても。
彼は多くを語りませんが、きっと音楽が好きなのでしょう。それだけ恋い焦がれ続けているのかもしれません。
そんな彼が自らの音楽を志したことも、どんな形であれ どこかで報われれば、きっと終われるはずだから。
…なんてね。ちょっと深く考えすぎちゃいました。
私はボーカルの“初音ミク”。相方は意外とニコ動の知名度が低い完璧音源。
今日もドクオ顔のマスターから渡された歌詞のない歌を「ラララ」と歌い出すのです。
掲示板
1 ななしのよっしん
2013/01/13(日) 16:11:51 ID: 2ZHVpokVai
決して手抜きではないぞ。
急上昇ワード改
最終更新:2026/01/05(月) 03:00
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