静脈血栓塞栓症

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静脈血栓塞栓症（じょうみゃくけっせんそくせんしょう）とは、静脈の血栓形成を主病態とする疾患である。一般には、ロングフライト血栓症やエコノミークラス症候群と呼ばれる。

概要

静脈血栓塞栓症は、主に四肢の静脈内腔における血栓（血液が凝固したもの）の形成により、血管の狭窄や閉塞が生じた状態である。下肢の静脈には、体表付近を通る「表在静脈」と深部を通る「深部静脈」がある。このうち、深部静脈で形成された血栓によって引き起こされる深部静脈血栓症（DVT：Deep vein thrombosis）と、DVTの最大の合併症である肺血栓塞栓症（PE：Pulmonary embolism）を総称して、静脈血栓塞栓症（VTE：Venous thromboembolism）と呼ぶ。欧米諸国において肺血栓塞栓症は、心筋梗塞などの虚血性心疾患、脳梗塞などの脳血管障害と併せて、三大血管疾患として捉えられている。

静脈血栓塞栓症は、一般にはエコノミークラス症候群の名で知られている。これは、航空機での移動の際、長時間エコノミークラスシートに座り続けていた人が発症したことから名付けられたもの。実際には、エコノミークラスの利用者に限らず発症しうるため、ロングフライト血栓症に改称する動きもある。また、航空機の利用に限らず、船舶、列車、自動車であっても長時間利用すれば同様に発生しうるため、旅行者血栓症とも呼ばれる。

ニュースや健康番組でしばしば旅行時・災害時に発症するケースが取り上げられるため、長時間同じ姿勢でいることや脱水状態などが危険因子として広く知られている。2004年の新潟県中越地震の際には、車内で寝泊まりしていた被災者が、静脈血栓塞栓症により死亡したと報じられた。2016年の熊本地震の際にも、年配の方がトイレを気にして水分摂取を控えたり、避難場所で同じ姿勢を取り続けたりしたことで、50人以上が静脈血栓塞栓症を引き起こしたと報じられている。

また、入院中の人も発症しやすい。入院中はベッドで安静にしている時間が長く、いくつかの疾患や医療行為（下記の「原因」の節を参照）によって血栓が形成されやすくなるため。過去の調査では、急性肺血栓塞栓症と確定診断された309例のうち、半数以上の159例が院内発症だったという^[1]。

疫学

静脈血栓塞栓症は、比較的女性に多い疾患である。また、高齢者のほうが発症しやすい。

日本より欧米のほうが罹患率は高い。しかし、日本においても、1996年には3,500人程度（100万人中28人）だった年間発症数が、2006年には7,864人（100万人中62人）と増加傾向にあり、まれな疾患とは言えなくなってきている^[2]。増加の背景には、高齢化社会や欧米化した食生活、診断率の向上、がん患者の増加があると考えられている。

原因

血栓の形成に起因する。古典的な定義として、血栓の成因は次の3つ（Virchowの三徴）。

• 血流の停滞 - 肥満、妊娠、長時間座位、長時間臥床、下肢静脈瘤、心不全、手術後など。
• 血管内皮障害 - 静脈炎、外傷、火傷、手術、カテーテル検査、頻回の注射、刺激性薬剤の静注など。
• 血液凝固能の亢進 - 脱水、多血症、骨髄性白血病、悪性腫瘍、線溶系因子の先天的欠損など。

病的な血栓によって、血管が閉塞され循環障害を起こした状態を「血栓症」と呼び、太い血管などで形成された血栓塊が、血流に乗ってほかの血管を塞いだ状態を「塞栓症」と呼ぶ。深部静脈血栓症は、深部静脈に血栓が形成された循環障害で、その血栓が剥がれ落ちて肺に到達、肺動脈血管を塞ぐと肺血栓塞栓症（肺塞栓症）となる。

症状

発症部位、側副血行路の状態、患者の心肺予備能、肺梗塞の有無などにより、多彩な症状を呈する。

深部静脈血栓症では疼痛、痺れ、浮腫などが見られるが、自覚症状がなく肺塞栓症に移行して初めて気付かれるケースも少なくない。肺血栓塞栓症の症状には胸痛、呼吸困難、頻呼吸などがあり、重篤な場合は心肺停止し突然死するおそれもある。この場合、治療が間に合わないため、予防が重要となる。

検査

血液検査では、たとえば線溶マーカー（FDP、D-ダイマー）の上昇が見られる。FDP（フィブリン/フィブリノーゲン分解産物）は血栓を分解する線溶系（線維素溶解現象）過程で生じる分解産物であり、D-ダイマーは二次線溶（安定化フィブリンの分解）の産物である。

超音波検査、超音波ドプラ法（ドップラー法）では、血液の流れを見ることで狭窄や閉塞の診断が可能である。ドップラー法は、その名の通りドップラー効果（電磁波や音波の発生源が近づく、あるいは遠ざかるとき、その速度によって波の周波数が異なって観測される現象）を利用した検査法であり、血流の停滞の程度を知ることができる。

このほか、プレチスモグラフィー（身体の容積変化を測定する方法）、画像診断（造影CT、MRV）などが行われる。通常は血液検査から行われるが、急性期の疑いが強い場合、確定診断できる画像検査が選択される。

治療

肺血栓塞栓症合併の防止、血栓の速やかな除去ないし溶解、再発の予防を目的として治療を行う。重症度や自然経過を考慮したうえで、薬物療法、カテーテル治療、外科的血栓摘除術などから選択する。

薬物療法では、ウロキナーゼや組織プラスミノーゲン活性化因子（t-PA）を投与する血栓溶解療法、ヘパリン静注やワルファリン内服などの抗凝固療法が行われる。カテーテル（医療用の柔らかいチューブ）を用いて、塞栓部に直接、血栓を溶解させる薬剤を注入したり、血栓を吸引して除去したりする治療も行われている。血栓溶解が不十分で、抗凝固療法が禁忌またはカテーテル治療が不能である場合には、血栓を手術で取り除く外科治療が行われることがある。

予防

突然死する可能性のある疾患であるため、予防が重要となる。一般に推奨されることを以下に示す。

• 長時間、同じ姿勢を取り続けない。長時間の座位や臥床は血流の停滞を招くため。
• 歩行や足を動かす運動を行う。入院などで寝たきりの患者の場合、マッサージなどを行う。
• 弾性ストッキングにより下肢を適度に圧迫する。下肢の血流停滞を減少させられる。
• 水分を適度に摂取する。脱水状態は血栓ができやすくなるため。

関連動画

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関連静画

関連項目

• 医学
• 脳梗塞
• 心筋梗塞
• 航空機
• 車中泊
• 新潟県中越地震 - 2004年に発生した地震。震災関連死が多く、VTEが広く認知される契機となった。
• ワルファリン
• エコノミー症候群 - ニコニコ動画において、低画質モードで視聴した際に発生する不具合の総称。
• 七五調の言葉の一覧
• 医学記事一覧

脚注

1. *肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン（2009年改訂版） p.4
2. *肺血栓塞栓症および深部静脈血栓症の診断、治療、予防に関するガイドライン（2017年改訂版） p.9