概要
1964年2月23日、兵庫県西宮市生まれ。東京都出身 愛称は『えいぞう先生』など。
数ある日本人ロックヴォーカリストの中でも屈指の超絶ハイトーンヴォイスが特徴。彼の特徴であるハイトーンヴォイスに注目が集まりやすいが、ANTHEMやソロ活動でリリースした作品から伺える通り、曲によって高音と低音を自在に使い分けて歌唱している他、ライヴでもスタジオ収録並みに声が安定しているので、実力の高さが伺える。
ソロ名義やANIMETAL、EIZO Japanでの活動ではひらがな表記の『さかもとえいぞう』という名義で、ANTHEM名義での活動では漢字表記の『坂本英三』という名義で活動している。
元々はハードロックやヘヴィメタルのシーンでのカリスマ的存在だったが、ANIMETALとJAM Projectでの活動を通してゲームファンやアニメファンにも幅広く知れ渡る事になり、上記のプロジェクトを知った事がキッカケでファンになったという方も多い。アニソンライブで小さな子供達を前にして凶悪なシャウトをかまし、よい子たちにトラウマを植え付けるなど英才教育をぶちかますなど伝説を残している。
英三曰く「アニメの主題歌を担当する事やアニソン歌手になる事やアニソンのイベントに出る事には興味が無い」とのことだが、EIZO Japanでは「水木一郎が1000曲以上歌っているのなら僕は1000曲以上カヴァーするという形を通し、兄貴のようなことを成し遂げたい。それが目標ですね」と意気込んでいる。
さかもとえいぞうの経歴
学生時代にイアン・ギランやロニー・ジェイムス・ディオ等の影響によりヘヴィメタルに目覚める。
1985年に前田敏仁の後任としてへヴィメタルバンド、ANTHEM(アンセム)に加入。
一切の妥協を許さない事で知られるリーダー、柴田直人の鬼指導によりレコーディング中に何度も失踪し、大きなプレッシャーに押しつぶされた形で1987年にANTHEMを脱退し(1992年に解散)、メガネドラッグに就職。その際にはメンバーに「日本一の眼鏡屋になります!」というコメントを残している。
その後「やはり音楽をやりたい」と言う思いからわずか1年程でメガネドラッグを退職。以後、タクシー運転手に転職しながらも「練馬マッチョマン」「インドヴォルグのお店」等の音楽活動を精力的に続ける。1996年、久武頼正の誘いでANIMETAL(アニメタル)のヴォーカルを担当。本格的歌手活動の復帰となる。アニメタルは活動休止・復活を繰り返し、2006年に3度目の解散をした。
2001年に再結成ANTHEMに参加。2000年から2003年まで、JAM Projectのメンバーとして活動していた。
人物像
- 自分の人生に最も影響を与えた人物に柴田直人の名を挙げている。
- MCの上手さに定評があり、「BURRN!」誌の広瀬和生に「ヘヴィメタル界のさだまさし」と評されている。
但し、アニメタル等で見られるコミカルなMCはANTHEMでは封印している。 - ANTHEMのライブで清水昭男のインスト曲の演奏時は楽屋で髪の毛を乾かしている事が多く、メンバー(特に柴田)から「ドライヤータイム」などと弄られている。
- 松屋が好物で、柴田直人曰く「松屋の売り上げの2%は英三が貢献しているんじゃないか?」との事。
- 料理は物凄く下手で、過去に柴田に「手作りをご馳走します」とねぎらっておいて、出来上がったものはでかいサラダの上にドレッシングをぶっかけただけの代物だったり、「料理を作った」と言うので柴田が「何を作ったんだ?」と聞いたところ、「缶詰」と返されたこともあった。
- かなりのナルシストである。
- 柴田曰く「宇宙人」「ろくでなし」
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