藤原道隆(ふじわらの みちたか、953~995)とは、平安時代中期の貴族である。
概要
藤原兼家の長男。藤原伊周、藤原定子、藤原隆家の父(母はいずれも高階貴子)。藤原道雅の祖父。中関白家の祖。
父が長らく不遇だったため、若い頃はあまり政治の表舞台に立たなかったが、兼家が中心となった花山天皇退位事件に深く関わり、一条天皇が即位すると大納言、内大臣と順調に昇進。兼家が病没すると、一条天皇の関白・摂政に就任した。娘の定子を一条天皇の中宮とし、彼の一族は大いに繁栄した。しかし、道隆は酒の飲み過ぎで糖尿病にかかり、関白就任からわずか5年後に43歳で病没。道隆の死によって、中関白家は急速に没落していくこととなる。
道隆を語る上で欠かせないのは酒である。寿命を縮めるほど酒が大好きだった彼は、酒にまつわるエピソードが多い。当時の歴史書「大鏡」によると、藤原済時(藤原実方の養父、当子内親王の外祖父)・藤原朝光(道隆のいとこ)とは酒飲み仲間で、死の間際にも「あの世で済時や朝光と酒を飲み交わすのを楽しみにしている」と言うほど親しかった。また、牛車の中でベロンベロンに酔っ払ってしまい、人前で冠を外す醜態(藤原実方と藤原行成の伝承にもある通り、非常に恥ずかしい行為だった)を晒したと思ったら、牛車から降りた時には酔いが覚め、先ほどとは別人のように堂々と振る舞ったという話も残されている。道隆は豪快で性格も明るく、藤原一族に批判的な「大鏡」でも、道隆を称える話が酒の逸話と同じくらい多い。清少納言も「枕草子」で道隆を賞賛している(仕える定子の父親ということもあるが)。
また、道隆は容姿端麗で女性にもモテたらしく、道隆自身も女好きだった。が、同時に彼は、平安時代きっての愛妻家でもあった。側室の数も多かった道隆だが、彼は正妻の高階貴子を生涯にわたって愛し続けた。2人の間には7人もの子宝に恵まれ、道隆には既に他の女性との間に男子がいたにもかかわらず、貴子との間に生まれた三男の伊周を嫡男とした。貴子の実家の高階家が、あまり高くない身分だったことを考えると、いかに道隆が貴子を大切にしたかが窺えよう。
漫画「うた恋い。」では、いとこの藤原義孝と無二の親友とされており、義孝と貴子のエピソードに登場する。暗いところや怪談が苦手という設定は、花山天皇が催した肝試しで、怖くなって逃げ帰った逸話に由来すると思われる。
関連動画
関連項目
- 藤原兼家(父)
- 高階貴子(妻)
- 藤原伊周 / 藤原隆家 / 藤原定子(子)
- 藤原道雅(孫)
- 藤原道綱 / 藤原道兼 / 藤原道長(弟)
- 藤原義孝 / 藤原斉信 / 藤原道信(いとこ)
- 清少納言
- 酒
- うた恋い。
- 楠大典
- 1
- 0pt