ウイスキー戦争 (――せんそう、英:Whisky War、仏:Guerre du whisky、丁:whiskykrigen) とは、1973年 - 2022年の間、ネアズ海峡ハンス島の領有権を巡って、カナダとデンマークの間で起きた一連の領土紛争の通称である (領土紛争は起きていたものの、実際に戦闘行為が行なわれたわけではない) 。
互いの国が上陸時に相手国への挑発を兼ねた置き土産として蒸留酒を置いて帰るということが慣例化したため、ウイスキー戦争や「蒸留酒戦争 (英:Liquor Wars) 」と呼称されるようになった。
ハンス島は岩でできた、1.3km2の小島で、雪に覆われることもあり不毛の島としかいえない場所であった。沿岸部は強い海流で取り囲まれ、通常は誰も寄せ付けない。植生もほとんどなく、鉱物資源もない、そんななんにもない島である。しかしカナダ北部に住むイヌイットは彼らの言語でタルトゥパルク (原義:グリーンランド語で『腎臓』) と呼んでいた。彼らにとってはホッキョクグマの絶好の狩り場だったのである。
そんなハンス島は19世紀までイヌイット以外には知られていなかった。カナダはイヌイットのガイドの協力を受けて北極圏の地図を作成した際、このイヌイットの『腎臓』にハンス・ヘンドリックという愛称をつけた。これが後の島の名、ハンス島につながる。
1970年代、カナダはデンマークと北極圏の国境線を巡り対立するが、海上境界線を正確に引くために交渉を開始した。しかしハンス島がどちらに帰属するかという領有権で揉めてしまう。
カナダとしてはイギリスの自治領だった時代に、宗主国イギリスから北極圏の地図を譲渡されていたが、そのときは16世紀の地図を参照していたため、19世紀に発見されたハンス島はこの地図には載ってはいなかった。しかしカナダからすればハンス島の位置は加領エルズミア島に近く、自国領として主張可能な条件を満たしていた。
一方デンマークはグリーンランド北西部の領有権をアメリカから譲渡され、更にノルウェーとの領土紛争を常設国際司法裁判所で解決した際にグリーンランド全体の領有権はデンマークのものとなっていた。デンマークからしてみればこれまた丁領グリーンランドからハンス島は近く、自国領として主張可能な条件を満たしていた。ハンス島は、かなり難儀な場所にあったのである。
1973年に公式な境界線については合意したものの、ハンス島の領有権は棚上げするしかなく、「ハンス島の回りで国境線を一旦止める」という奇妙な状態になってしまった。
1984年、カナダ人ジャーナリストのケン・ハーパーがこの領土紛争について世間に知らしめることとなる。当時カナダとデンマークは北極海の共同開発を行っており、その中でハンス島についても議論になったが、「将来の交渉に不利なことは互いにやめておきましょう」という曖昧な合意をして終わった。しかしカナダ政府さえ把握していなかったことに、共同開発を行っていた加・ドーム石油がハンス島についての調査を行っていたのだ。このときドーム石油の科学者がノースウエスト準州ハンス島という刺繍をされたニット帽を被っていたので、「ハンス島はデンマーク領土では」と質問したことがハーパーがこの領土紛争を知るきっかけとなったのだ。
ハーパーはもともとイヌイットしかハンス島を知らなかったのであるから、イヌイットが住むグリーンランドの領土とすべきであると主張した。このハーパーが執筆した記事は両国政府の目に留まることとなる。
これを見て先に動いたのはカナダであった。カナダ軍はハンス島に上陸すると、加国旗を掲げるとともにカナディアン・ウイスキーのボトルをそこに置いた。これは、後に来るであろうデンマークに対して、「ようこそカナダへ!」というメッセージを残すもの、つまりは一種の挑発であった。
デンマークはこれにカンカンにブチギレ、トム・ホイエム グリーンランド担当大臣をヘリコプターでハンス島に向かわせた。デンマークはカナダへのお返しとして丁国旗を掲げるとともに『Velkommen til den danske ø 』と書かれたメッセージとともに、デンマークの蒸留酒、シュナップスをおいた。
以降、カナダとデンマークは互いに酒瓶をおいたり、ボロボロの旗を定期的に新しいものに交換して互いを挑発し続けた。最初のころは若干ギャグ要素もないわけではなかったのだが、地球温暖化とともに海上の要衝になったり、石油の掘削拠点になることが両国に認識され、2000年代にはもはや一触即発の緊張感が起き始めていた (両国の政治家が自国の選挙のために緊張感を煽ったという説もある) 。
2005年にカナダのビル・グラハム国防相が上陸すると、デンマークは哨戒艦を派遣して加国旗を撤去し、丁国旗を設置する。流石にちっちゃな小島が原因で両国の関係が悪くなるというのもまずいので、国際連合総会で加丁両国は「論争を過去のものにしましょう」ととりあえず合意を行った。
2007年のトロント大学がハンス島に無人気象観測所を設置したいとカナダ政府に許可を求めると、カナダ政府は「デンマークと共同作業という形にしてくれ」と答えた。このためトロント大学はデンマーク工業大学との共同での無人気象観測所設置で合意することとなった。カナダ政府は領有権について述べたわけではなかったらしいが、「デンマークといっしょにやるという体裁にしておけば領土問題に触れずに済む」と判断したのではないか、とトロント大学の教授は語っている。
結局このよくわからない『戦争』は、2018年に平和的解決に向けて作業部会が招集され、2022年に終結した。ハンス島に自然発生した裂け目を国境線ということにして、近い方をそれぞれの国土ということにしたのである。イヌイットは引き続きハンス島全域を移動することも可能となる。
両国政府は紛争終結をアピールするため、調印式ではカナディアン・ウイスキーとシュナップスを交換するユーモアを見せ、「世界で最も平和的な争いだった」と領土紛争を振り返った。一方、この2022年はロシアによるウクライナ侵攻が起きており、調印式ではこれについても触れ、ロシアに対して「領土紛争は平和に解決可能である」とも表明している。なお加丁両国はこの戦争について共にウクライナ支持である。
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最終更新:2025/12/06(土) 08:00
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