ギャラントマン(Gallant Man)とは、1954年アイルランド生まれアメリカ調教の元競走馬・種牡馬である。牡の鹿毛。
アメリカ史上最高と未だ呼ばれる黄金世代・1957年クラシック世代最強のステイヤー。
馬名は「勇者」を意味する。映画に出ていた馬の名前から頂いたらしい。
1987年にアメリカ競馬殿堂入りを果たした。ブラッド・ホース誌選定「20世紀のアメリカ名馬100選」では36位。
父は英国調教馬2頭目の凱旋門賞馬ミゴリ、母は愛1000ギニーと愛オークスを勝った愛牝馬二冠馬マジデー、母父マームードという血統。
父も母も実績馬、ミゴリの母マーイランとマジデーの父マームードはどちらもマーマハルの産駒であり、そのマーマハルの父母ゲインズバラ、ムムタズマハルとマームードの父ブレニム、マーイランの父バーラムの父であるブランドフォードの強いクロスを持つ、アガ・カーン3世殿下ゆかりの血統馬である。
え? なんでそんな馬がアメリカの馬主に売られたかって? チビで見栄えが良くなかった上に脚部不安もあったからではなかろうか。
しかも獣医は「こんな脚悪い馬を買うのはリスクがあります!」と言って止めようとしたほどであった。
そんなこともあったが1歳セリで他の8頭とともに9頭合わせて22万ドルという価格で買い付けられ、アメリカに渡ることになった。しかし血統は良かったものの同期の中でも評価はあまり高くはなかった。
デビューしたのは2歳の5月。アメリカの新馬戦は早い。しかし11頭立ての10着と目も当てられない惨敗を喫する。
いくらFlying Fillyの血を濃く引いているとは言え、父も母も早熟スピードタイプとはあまり言えない馬であったためこんな早い時期から5ハロン戦(だいたい1000m)は辛かっただろう。
しかし優れた適応能力を見せたか、同コース同距離の未勝利戦を続けて使われ、2戦目は9着となったものの、3戦目で単勝51倍の穴をこじ開けて勝ち上がる。その後は5戦して惨敗もあったが一般競走を2つ勝ち、7戦3勝として2歳を終える。
3歳初戦を迎えたギャラントマンだったが、ここでワーラウェイやサイテーションを出して勢いのあったカルメットファームがその三冠馬2頭に比肩しうる超大物と評価していた、父はブルリー(サイテーションの父で当時最も結果を出していた大種牡馬)、母は1949年の最優秀3歳牝馬を受賞した名牝ウィストフルという良血馬ゲンデュークとの対戦を強いられる。
しかしギャラントマンが末脚を大爆発させてこの評判馬を6馬身差切って捨てて勝利を収めた。温暖なフロリダに移動して出走したハイビスカスステークスでも前年2歳戦で活躍したキングヘイランを3着に破り初のステークス勝ちを挙げる。
ここまで来ると当初落ちこぼれ扱いだったギャラントマンも有力馬集団の隅っこぐらいには入ってきていた。
ここからメンツのレベルが上がったこともあり追い込み脚質の彼は3連敗を喫するが、ウッドメモリアルステークスではコースレコードで駆け抜けたボールドルーラーとびっしり叩き合ってのハナ差惜敗で、負けてなお評価を上げる結果となった。
かくして今見ると12戦5勝と風采の上がらない成績に見えるが、当時としては評価の高い有力馬の一頭として堂々とケンタッキーダービーへと乗り込むのであった。
前述の通り、1957年クラシックはアメリカ史上屈指、最高とも未だに評される多士済々の大激戦であった。
その中でも抜きん出ていたのがスピードに長けた“支配者”ボールドルーラー、頑健なるオールラウンダー“小さな騎士王”ラウンドテーブル、カルメットファームイチオシ“ビッグサイの再来”ゲンデューク…そして“勇者”ギャラントマンら選りすぐりの精鋭9頭がチャーチルダウンズ競馬場に集結した。
しかし、レース当日になってゲンデュークがフロリダダービーで負った傷が悪化し回避を余儀なくされてしまう。カルメットファームはその年の二番手格であった“ラッキーボーイ”アイアンリージを代打として急遽出走させることとなった。
1番人気と目されたゲンデュークが突如消えたため、ボールドルーラーが押し出されて1番人気、ギャラントマンはラウンドテーブルと僅差の3番人気に支持された。しかし、ギャラントマンは当時の主戦騎手が騎乗停止を食らい、名手ではあったがテン乗りのウィリー・シューメーカー騎手に乗り替わりになるなど多少の不安要素もあった。
こうしてスタートが切られたレースは、フェデラルヒルとアイアンリージが積極的に引っ張り、ボールドルーラーがそれについていく形になり、ギャラントマンは中団につけて末脚を発揮する場面を伺っていた。
やがてフェデラルヒルが脱落、ボールドルーラーは鞍上のアーキャロ騎手がスタミナ温存を考えすぎて逆に彼の気分を損ねてしまい伸び悩む中を、まだ脚が残っていたアイアンリージが抜け出し逃げ込みを図るが、内から差しに来たラウンドテーブル他を置き去りにして外から一気の末脚でギャラントマンが突っ込んできた。
徐々に差は縮まり、3馬身、2馬身、1馬身、半馬身……
ところで皆さんは1993年のジャパンカップをご覧になったことはあるだろうか。ぜひ一回見てきていただきたいのでここに動画リンクを貼っておく。
はい見ましたね。え? 何を言いたいかって?
そう、ギャラントマン鞍上の名手シューメーカーはだいたい半馬身差まで詰めて後一歩でアイアンリージを仕留められる圏内に捉えたにもかかわらず当時チャーチルダウンズ競馬場にあった残り100m標識をゴールと誤認して追うのを一瞬やめてしまったのだ。
すぐに気づいて追い直すとハナ差まで追い詰めたが、ミスが致命的大差となりギャラントマンは敗れ去ってしまったのである。
コタシャーンの場合追っていてもダンシングブレーヴでもちょっと難しいレベルで届かなかった公算が高いくらいの差は最終的についていたが、ギャラントマンの場合致命的ロスがありながらハナ差での決着となったため、追っていればおそらく差し切っていたのが確実である。シューメーカー騎手が2週間騎乗停止となったのもむべなるかな。
ともかくギャラントマンは間違いなく勝ち切るだけの素晴らしい末脚を披露しながらバテたアイアンリージを差し切れず敗れるという結果だけが残ってしまったのであった。まあアイアンリージはぶーたれたボールドルーラーと一回止まりかけたギャラントマンはともかくラウンドテーブルはしっかり下しているので強いとは思うよ。
余談になるが、アイアンリージに代わってもらった期待馬ゲンデュークはこのあと怪我で出走できずに引退。種牡馬入りしたのだがウォブラー症候群、いわゆる腰フラに罹り立ち上がれなくなってしまい種牡馬としても全く活動できないまま4歳で没した。
オカルト的な見方をすると、アイアンリージはゲンデュークからすべての運を吸い尽くし、その結果としてギャラントマン鞍上のミスを誘発しここ一番の勝利をもぎ取った……とすることも出来るかもしれない。バッドラック。
オーナーはこの凡ミスに激怒。何が何でもこの馬に一番向いた舞台であるベルモントパーク競馬場12Fで開催されるベルモントステークスで勝利することを目指し、禊の意味があったのかあのミスをしながらシューメーカー騎手を続投させた上ピーターパンハンデに出走。当然のごとく快勝しベルモントステークスに向かう。
人気はプリークネスステークスを勝ったボールドルーラーとギャラントマンが1倍台で並び、完全な一騎討ちムードであった。レースはケンタッキーダービーの教訓から行きたいように行かせてぶっ飛ばすボールドルーラーを中団から追う形になるが、12Fでは馬かどうかわからない息子と違いスタミナが持たずバテて下がってきたボールドルーラーを交わすとあとは独走状態。後に16F(当時)のジョッキークラブ金杯を勝つスタミナ自慢のインサイドトラクトを8馬身差ちぎり、当時の全米レコードになる2:26.6という猛烈な時計を叩き出し圧勝。少しはケンタッキーダービーの鬱憤を晴らしてみせた。
ちなみにベルモントステークスでギャラントマン以降に2分26秒台に突入したのは8頭しかおらず、上にいるのはセクレタリアト、イージーゴーア、エーピーインディ、リズンスター、ポイントギヴンだけ。なんかボールドルーラーの血脈多くない?
近年最速のアメリカンファラオは2:26.65なので若干微妙なところだが、史上でも6~7位に未だに位置する尋常ならざるタイムとして君臨する。1位のボールドルーラーの息子が突き抜けすぎてて大したことないように見えるがとんでもない時計なのは間違いない。当時伝説的に強い、速いと言われたサイテーションやカウントフリートの時計より1.6秒も早いんだから。
この後、「真夏のダービー」トラヴァーズステークスやジョッキークラブ金杯を圧勝し、この年の古馬最強デディケートとも互角に渡り合うなど大活躍。
そして1957年最終出走レースとなったトレントンハンデでボールドルーラー・ラウンドテーブルとの同期三強決戦を迎える。
ギャラントマンのキャリアにおけるハイライトの一つとも言えるこのレースは快速を活かしぶっ飛ばしたボールドルーラーが逃げ切る。ギャラントマンは2着、ラウンドテーブルは苦手のぬかるんだ馬場で遅れに遅れ8馬身差の3着に敗れる。ラウンドテーブルとの対戦はこれが最後となった。
古馬になったあとも現役を続ける。7ハロンの始動戦こそ距離が短すぎたかボールドルーラーの3着に敗れたがその後はボールドルーラーとの最後の対決となったメトロポリタンハンデ・ハリウッド金杯というビッグタイトルを含めて3連勝を飾る。
連勝の3つ目となったサンセットハンデには遠征を始めたばかりのハクチカラと鞍上保田隆芳も出走していたがまあそりゃ相手にならなかった。
しかし秋になって出走したレースで134ポンド(約61kg)のハンデを課されたのが祟ったのか、あるいは当時のアメリカの出走数だとこうなってしまうのか、惨敗した上左前脚を痛めて引退となった。通算成績は26戦14勝。
鮮烈な末脚と豊かなスタミナで大活躍したが、年間表彰ではボールドルーラーやラウンドテーブルが多数のタイトルを獲得した中、彼だけは一つも取れず無冠の帝王となってしまった。
元から脚が強くないこともあってか並外れて頑丈なラウンドテーブルはともかく、ボールドルーラーより出走数が少なかったのが痛かったか。
引退後は多大な期待を持たれて種牡馬入りした。ムムタズマハルの血を濃く持つため期待は大きかったが、その期待通りの種牡馬生活とは行かなかった。
北米の競馬を変えたボールドルーラー、リーディングに輝き日本でも孫世代にレッツゴーターキンやキョウエイプロミスのいるラウンドテーブルに比べると霞んでしまう成績に終わった。
まあそれでもステークスウイナー52頭を輩出し、シュヴィーやゲイムリーにも勝利した歴史的名牝ギャラントブルームなどの名馬も出して頑張った方である。
後継種牡馬としてもギャラントロメオがエロキューショニストを出し、さらにエロキューショニストからデーモンズビゴーンやレシテイションが出たが此処から先がイマイチだった。
日本にも一時期ちょっとしたブームだったのかギャラントダンサー(朝日杯3歳ステークス)や1200だとむちゃくちゃな勝ち方を連発した韋駄天娘メイワキミコ(スプリンターズステークス)が活躍。メイワキミコの牝系は今でも地味に続いている。近年だと10年以上前の馬だがキングジョイ(中山大障害)なんかがいるし、2020年に函館2歳ステークスを勝ったリンゴアメはメイワキミコの曾孫である。
他にも2001年の帝王賞を制したマキバスナイパーの父であるペキンリュウエンは条件馬止まりだったギャラントマン産駒の○外である。
しかし日本には他にもエロキューショニスト産駒のレシテイションが輸入されるなどしたが、ギャラントマンは遡るとボワルセル、つまりヒンドスタンと同じラインにいるため、シンザンの子らが滅んでいく時代に日本で父系が残ることは難しかった。2002年になってマキバスナイパーが浦和記念を勝っただけ奇跡的とさえ言える。
しかしまだデーモンズビゴーンの子でワシントン州年度代表馬というマイナーすぎなタイトルを取ったデーモンウォーロックが短距離で勝ち上がり率が高い種牡馬として生き残っている。ちなみにクォーターホースにも付けたりしているのでサラよりそっちで生き残る可能性はある。
アメリカの端っこも端っこ、ステークス競走を複数勝ったら偉い、重賞出たら大快挙くらいまでなってしまっているが今となっては超貴重なボワルセルの生き残りであり、セントサイモン直系の存在を残すことが出来ている。やはりギャラントマンは偉大な種牡馬であった。
そりゃボールドルーラーやラウンドテーブルに比べりゃ期待外れかもしれないが比較対象が悪すぎる。
母父としては牡馬三冠を皆勤しケンタッキーダービーを勝利、他二冠も両方2着と連対を果たしたという未だに空前絶後の記録を持つ女傑ジェニュインリスクらを輩出したが、ここでもボールドルーラーやラウンドテーブルにはやや及ばない成果となった。
これまた余談になるが、コタシャーンの母父は孫のエロキューショニストである。ギャラントマンの血はゴール板誤認に巻き込まれやすいのだろうか……。
27歳まで種牡馬を続けて引退。引退して7年の後、1988年に34歳で永眠した。ガンで早世したボールドルーラーはもちろん、現役時代さながらのタフさで33歳まで生きたラウンドテーブルすら凌駕してみせ、長生き競争では決定的な勝利を収める事ができたのであった。
Migoli 1944 芦毛 |
Bois Roussel 1935 黒鹿毛 |
Vatout | Prince Chimay |
Vasthi | |||
Plucky Liege | Spearmint | ||
Concertina | |||
Mah Iran 1939 鹿毛 |
Bahram | Blandford | |
Friar's Daughter | |||
Mah Mahal | Gainsborough | ||
Mumtaz Mahal | |||
Majideh 1939 栗毛 FNo.5-e |
Mahmoud 1933 芦毛 |
Blenheim | Blandford |
Malva | |||
Mah Mahal | Gainsborough | ||
Mumtaz Mahal | |||
Qurrat-al-Ain 1927 鹿毛 |
Buchan | Sunstar | |
Hamoaze | |||
Harpsichord | Louvois | ||
Golden Harp | |||
競走馬の4代血統表 |
クロス:Mah Mahal 3×3(25%)、Blandford 4×4(12.5%)
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最終更新:2024/05/03(金) 03:00
最終更新:2024/05/03(金) 03:00
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