『オオカミと七匹の子ヤギ』とは、グリム童話の一編である。
概要
グリム兄弟が編纂して1812年に出版された童話集『子供と家庭のメルヘン』(原題:『Kinder- und Hausmärchen』)内、第5編目として収録されたお話。原題は『Der Wolf und die sieben jungen Geißlein』で、『オオカミと七匹の子ヤギ』とはその直訳である。
この話は『子供と家庭のメルヘン』の初版から存在した。ただし後年の版では少しバージョンが異なるという。
グリム童話の中には研究者によって取材源が判明しているものも多く、『赤ずきん』『いばら姫』『白雪姫』などの複数の話は「マリー・ハッセンプフルーク」「ジャネット・ハッセンプフルーク」「アマーリエ・ハッセンプフルーク」の三姉妹に取材したものであると考えられている。そしてこの『オオカミと七匹の子ヤギ』も、少なくとも初版のバージョンはこのハッセンプフルーク三姉妹の誰かに取材したものだったと推定されている。
グリム童話には少々残酷な印象を与える話が少なくないが、この『オオカミと七匹の子ヤギ』もそのひとつ。この話の「オオカミが被害者の肉親であるかのように振る舞って欺き、それに騙された被害者はオオカミに食べられてしまうが、オオカミの腹を裂いて救出される。そしてオオカミは腹の中に石を詰められる」という筋書きは、同じグリム童話の中の『赤ずきん』と酷似している。
また『動物の兄弟たちがオオカミに食べられるが、末っ子だけは助かり、オオカミはやっつけられる』というストーリーは民話の『三匹の子ブタ』に類似しているという声もある。
そういった有名な話の他にも、イソップ童話の中にはおそらく原型となった話が存在している。例えば『Haedus et lupus』(子ヤギとオオカミ)というイソップ童話(大量に存在しているイソップ童話にはベン・エドウィン・ペリーという古典学者が付けた索引番号「ペリー・インデックス」が付けられているが、そのペリーインデックスでは572番が割り当てられている)。これは「母ヤギは子ヤギに、誰にもドアを開けないようにと警告して出かけた。するとオオカミがやってきて、母ヤギの声を真似てドアを開けてくれと頼んだ。しかし子ヤギは騙されず、ドアを開けなかった」というストーリーであり、グリム童話版よりも平和に終わっている。
ストーリー
昔々あるところに、老いたヤギと七匹の子ヤギが暮らしておりました。母が子を愛するように、老ヤギもまた子ヤギたちを愛していました。
あるとき、老ヤギは森に食べ物を探しに行くことにしました。そこで、家に残される子ヤギたちに「悪者が変装してやってくるかもしれないけれど、がらがら声と黒い足ですぐにわかるわよ」と教えました。
老ヤギが出かけた後、誰かが家のドアをノックしました。「子どもたち、開けてちょうだい。お母さんが帰ってきましたよ」という声も聴こえますが、がらがら声だったので子ヤギたちはその正体がオオカミだと見破り、「お母さんの声はもっときれいだもん」と扉を開けませんでした。
オオカミは大きなチョークを買ってきて食べてきれいな声になり、もう一度同じことを試してみました。しかし黒い前足が窓から見えていたので、子ヤギたちは「お母さんの足は黒くないもん」と扉を開けませんでした。
そこでオオカミはパン屋に行き、「足を打って痛めたので、前足の上にパン生地をなすりつけてくれ」とお願いしました。パン屋はオオカミの言う通りにしましたが、オオカミが続いて「その上から小麦粉をまぶして」と言うので「誰かをだまそうとしているな」と怪しみ、断りました。しかしオオカミが「やらなきゃお前を食い殺すぞ」と脅したので、パン屋は仕方なく言う通りにしました。
それからオオカミはヤギたちの家の前に戻り、きれいな声で話しかけ、白い前足を窓から見せました。子ヤギたちは老ヤギが帰ってきたと信じて、ドアを開けてしまいました。
オオカミに驚いた子ヤギたちはあわてて家のあちこちに隠れました。しかしオオカミは次々に子ヤギたちを見つけ出しては、丸のみにしてしまいました。見つからなかったのは、柱時計の中に隠れた末っ子一匹だけでした。
オオカミが去った後、老ヤギが森から帰ってきましたが、家のドアは開け放たれ、家の中も荒らされています。うろたえながら老ヤギは子ヤギたち一人一人の名前を呼んでいきますが、全く返事がありません。しかし末っ子の名前を呼んだ時、柱時計の中からやっと声が返ってきました。
見つけ出した末っ子から事情をきいた老ヤギは泣き叫びながら外を探し回りました。すると、満腹になったオオカミがいびきをかいて寝ているのを見つけました。そして、オオカミの腹は何やらうごめいています。
「うちの子たちはまだ生きているのかも!」と思った老ヤギは急いで家からハサミと針と糸を持ってきました。そしてオオカミの腹をハサミでジョキジョキ切ると、六匹すべての子ヤギが生きてお腹から出てきたのでした。子ヤギたちは愛する母を抱きしめて大喜びです。
しかし、老ヤギは言いました。
「さあ、石を探してきなさい。この邪悪なけだものが寝ているうちに、お腹を満たしてあげましょう」
子ヤギたちは大急ぎで石を集め、老ヤギはそれをオオカミの腹につめて、ハサミで切ったところは針と糸で縫い合わせました。素早い仕事だったので、オオカミはその間に目を覚ますことはありませんでした。
そしてオオカミがやっと目を覚ますと、のどが渇いていたので井戸に行って水を飲もうとしました。しかしお腹の中で石がぶつかり合っています。
「お腹の中でガラガラゴロゴロ 六匹子ヤギと思っていたが こいつはみんな石ころだ」
などとわめきながら井戸にやってきたオオカミは水を飲もうとかがみましたが、お腹の中の石の重みでバランスを崩して井戸に落ち、おぼれてしまいました。
それを見ていた子ヤギたちは駆け寄って、「オオカミは死んだ!オオカミは死んだ!」と喜びの声をあげながら、お母さんといっしょに井戸の周りを踊りまわるのでした。
チョーク?
上のストーリーを読んで、「なんでチョークを食べて声がきれいになるんだよ」と疑問に思った人も居るかもしれない。その疑問は正しい。実際にはチョークを食べても声はきれいにはならないものね。おそらく体に悪いので、手元にチョークがあっても試さないようにしようね。
和訳版では「チョーク」と訳されていることが多いが、グリム童話の原文では、この「チョーク」は「Stück Kreide」となっている。「Stück」は「破片、一片、欠片」という意味で、「Kreide」は「白亜(石灰岩)」を意味する。そして「Stück Kreide」と連なるとチョーク(白墨)を意味するのだ。
チョークの主成分は炭酸カルシウムや硫酸カルシウムだが、グリム兄弟の同時代のホメオパシー医療の資料において、炭酸カルシウムや硫酸カルシウムが「のどの炎症、声のかれ」に対する治療薬として載っていたという。
つまり、グリム童話が編纂された時代には「チョークは声のかれを治すのによい」という俗説が存在しており、それを反映してこのような描写がなされたものと思われる。
なお、ホメオパシー医療は現代ではその科学的な有効性は否定されているため、繰り返しになるがチョークをかじって声を良くしようなどと愚かな真似は、しないようにしようね!
パン生地?
オオカミがパン屋で「足を打って痛めたので、前足の上にパン生地をなすりつけてくれ」と言う場面。
一応の説明が付いた「チョーク」と違って、こちらはなぜ「足を痛めた」ことが「パン生地をなすりつける」ことになるのかどうもはっきりしない。
ちなみに原文では「Ich habe mich an den Fuß gestoßen, streich mir Teig darüber.」と言っている。
この文章については、とあるドイツ語話者のFacebookにて
“Ich habe mich an den Fuß gestoßen, streich mir Teig darüber.” Aus welchem beliebten Märchen stammt dieser fragwürdige medizinische Maßnahme?
(和訳:「足を打って痛めたので、前足の上にパン生地をなすりつけてくれ」 このうさんくさい医療処置は、何という有名な童話に由来するものでしょう?)
といった投稿も見つかった。こちらも当時の民間医療行為か何かなのかもしれない。
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- 著作権切れの名著をインターネット上で公開しているサイト「プロジェクト・グーテンベルク」内、『Kinder- und Hausmärchen』の第5編『Der Wolf und die sieben jungen Geißlein』のページ

- 著作権切れの名著をインターネット上で公開しているサイト「青空文庫」内、1949年発行の楠山正雄訳『おおかみと七ひきのこどもやぎ』のページ

関連項目
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