ルイス・ロペスとは…
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ルイス・ロペス(Luis Antonio Lopez)とは、元プロ野球選手である。
概要
OB | |
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ルイス・ロペス Luis Lopez |
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基本情報 | |
国籍 | アメリカ合衆国 |
出身地 | ニューヨーク州 |
生年月日 | 1964年9月1日 |
身長 体重 |
185cm 86kg |
選手情報 | |
投球・打撃 | 右投右打 |
守備位置 | 内野手 |
プロ入り | 1983年 |
引退 | 2004年 |
経歴 | |
選手歴
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プロ野球選手テンプレート |
1964年9月1日生まれ。アメリカ合衆国ニューヨーク州出身。
ラファイエット高校卒業後、1983年MLBドラフト会議にて、ロサンゼルス・ドジャースから2巡目で指名を受けて契約。
長らくマイナーリーグ生活を続けた後、1990年にドジャースからメジャーデビューを果たす。同年は6試合に出場したが、無安打に終わっている。翌1991年はクリーブランド・インディアンスへ移籍し、35試合に出場して、打率.220、7打点を記録したが、レギュラー定着とはいかなかった。その後はメジャー昇格できず、再びマイナー暮らしが続いた。
来日直後のキャンプでは打球がほとんど飛ばず、期待外れかと思われたが、山本一義コーチから指導を受けてスイング改造したところ快打を連発し打撃開眼。開幕から広島打線の中軸を担うと、本塁打と打点を荒稼ぎし、打率.312、25本塁打、109打点と好成績を残し、打点王のタイトルを獲得。ベストナインにも選ばれた。
1997年、打率.320、32本塁打、112打点と前年以上に打ちまくり、2年連続の打点王に加え、170安打を放ち最多安打のタイトルを獲得。ベストナインにも2年連続で選出された。広島打線の中心として活躍したロペスだったが、シーズンオフの契約交渉が不調に終わり自由契約となった。その後、小久保裕紀が不祥事のため出場停止処分を受けたことから代役となる選手を求めていた福岡ダイエーホークスへ移籍することが決まった。
1998年、本拠地が広い福岡ドームに変わったことで、本塁打は17本と半分程度に減ったが、打率は.297を記録するなど代役としての役割は果たした。ただ、小久保が復帰したこともあり、シーズン後に自由契約となった。
2000年シーズン途中、江藤智の抜けた穴を埋められなかった広島からオファーを受け、同球団に復帰。93試合で打率.313、20本塁打、88打点を記録し、長打力不足にあえいだチームを救う活躍を見せた。
2001年、138試合で打率.308、32本塁打、100打点を記録。
2002年、開幕から好調だったものの、中日ドラゴンズ戦で前田智徳の走塁を見て激しく詰め寄るという一幕が見られた。足に爆弾を抱えてのプレーする前田に詰め寄ったことを首脳陣が問題視し、ロペスに対し二軍降格を命じた。その後、前田とは和解したが、一軍復帰後は本来の持ち味が消えスランプ状態となってしまい、シーズン途中に退団することになった。
広島退団後はアメリカ独立リーグでプレーし、2004年に現役を引退。
引退後、2006年に東北楽天ゴールデンイーグルスの駐米スカウトに就任。2010年には同球団の二軍打撃コーチを務めた。
2012年からは横浜DeNAベイスターズの国際スカウトを担当している。
人物・エピソード
真面目な性格であり、チームプレーを重視する姿勢から、日本野球にもすんなりとフィットした。
通算成績
打撃成績
通算:8年 | 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 出塁率 |
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MLB:2年 | 41 | 95 | 88 | 7 | 18 | 0 | 7 | 0 | 1 | 1 | 4 | 1 | 9 | 0 | .205 | .245 |
NPB:6年 | 709 | 2866 | 2624 | 312 | 795 | 129 | 510 | 3 | 4 | 31 | 177 | 30 | 235 | 94 | .303 | .350 |
獲得タイトル・表彰・記録
関連動画
関連項目
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