長州単語

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長州とは、以下のことを表す。

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長州

59 ななしのよっしん
2020/01/25(土) 11:56:01 ID: YNvWq0oheg
周知の通り、田中義一は作霖爆殺事件の責任を問われて辞任、後病死(自害説もあり)
但し、この時の寺内寿一のポストが、朝鮮軍参謀長であり、同事件においては工兵隊を派遣したところである。
余談ではあるが、関東大震災時の近衛師団参謀長も寺内寿一。
この辺りから終戦までの間で盛んに言われている「参謀の独断先行」というのは一体のことをすのか。もう一度いちから再検討する必要はある。

田中義一の政策はともかく、個人的な性格はわりと褒められるエピソードが多い。その一つとして、部下への鉄拳制裁はやったらイカン、と言った内容も含まれる。
寺内正毅もまた、厳しいなりにも「正」にはこだわりある逸話は多い。
田中義一の死後、長州閥という組みはしばらくぱっとしなかったにせよ、消滅したわけでもく、「親の心を知らぬ子」寺内寿一が台頭して、松岡洋右などと共に、ファッショ化とドイツ追従の外交を推進という流れ。
この辺の流れは「軍部の暴走」「陸軍の暴走」を、「寺内寿一の意向」と書き換えて全体を見つめ直すと良い。

(省略しています。全て読むにはこのリンクをクリック!)
60 ななしのよっしん
2020/03/11(水) 18:38:34 ID: pcMw5fI2Un
田中義一首相退から寺内寿一陸相就任までの間、「何故か集中的に」首相政府要人が撃されており、行政への致命的なは言うまでもない。
>寺内寿一が台頭して、松岡洋右などと共に、ファッショ化とドイツ追従の外交を推進という流れ。

キバヤシ並の飛躍的理論ですね
逆賊の日本史長州閥をメチャクチャ批判してる半一利ですら、そんな陰謀論じみた事は書いてないわ

>「軍部の暴走」「陸軍の暴走」を、「寺内寿一の意向」と書き換えて全体を見つめ直すと良い。
>「寺内寿一という名前を出して批判殺される」、という世相下で、ギリギリな表現で事実ヒント)を書き残してくださった先人たちには、ただ頭が下がるのみである。
という前に、そんな聞いたことのないを載せてる資料を探してくるのが先では?あるのかは知らんが
61 ななしのよっしん
2020/04/13(月) 12:14:23 ID: YNvWq0oheg
>>60
直接的な資料は見つけるのは困難だが、関連資料から割り出すのはある程度可
軍三羽米内光政山本五十六井上成美)が、日独伊防共協定の強化(あるいは三同盟の締結)に猛反対した経緯と、どう考えても軍政向きの山本井上が艦隊勤務に移った理由。
あと、1939年加藤建夫(戦闘隊の人)が随行した訪独団がどういうものだったのか。
この辺をよーく見れば気づくと思うんだがね?
62 ななしのよっしん
2020/04/24(金) 12:29:08 ID: pcMw5fI2Un
へえ直接的な資料もければ、歴史学者ですらしな・・・気づかない歴史真実(笑)があるのか

それは凄い発見ですね
63 ななしのよっしん
2020/05/05(火) 21:59:16 ID: YNvWq0oheg
>>62
君は意外と良いこと言った。

歴史学者がしない」

その辺の理由は、東京大学における「平賀粛学」に代表される、軍部による学問への介入という観点が必要。
もっと単純な理屈として、御用学者が人の批判をするとか普通いし、やろうと思ったら相当なセンスめられる(司馬遷みたいに)
64 ななしのよっしん
2020/05/05(火) 22:04:42 ID: LFBM5WuTgY
平賀譲はたしかに軍軍人ではあるけど東京大工学部出の技術士官であって、
総長として軍部批判までしている以上、平賀粛学を「軍部による」介入というのはちょっと理がある
65 ななしのよっしん
2020/07/15(水) 14:12:48 ID: YNvWq0oheg
>>64
平賀譲自身は別段「軍部」の片棒を担いでいたわけでもなく、「両成敗」とい意味合いで河合栄治郎と土方成美の2名を免職したに過ぎない。
ただ、河合が免職後は訴訟に苦心したのに反し、土方は別の大学での再就職があっさり決まった辺り、「両成敗」といっても非常に闇の深いところ。

似たような例では、多田駿(そのまま予備役)と東條英機(後の陸相や首相)が、日中戦争の和に絡み「両成敗」として双方罷免された件がある。
66 ななしのよっしん
2020/07/21(火) 17:18:20 ID: pcMw5fI2Un
そりゃ「闇が深い」という陰謀論レベルの推測を、まともな歴史学者が取り扱うわけないわな
自分のを受けれない学者を、御用学者よばわりするのも陰謀論者そっくり
67 ななしのよっしん
2020/07/24(金) 01:17:18 ID: YNvWq0oheg
資料が不足している理由が、終戦に際して陸軍が資料の大量破却を行ったため、というのが致命的な問題。
陰謀論を笑う前に隠蔽体質を反省しろという話。

1939年7月11月の寺内寿一によるドイツイタリア訪問。
コレの扱い一つ取ってみても、寺内寿一本人の記録からはごっそり省かれているが、随行した加藤武夫の記事や、訪問に反対した山本五十六の記事ではシッカリ書かれているというギャップがあるから、既存の情報みにせず、いくつか視点を変えて読みべるのは必要。

因みに、第二次世界大戦勃発(ポーランド侵攻戦)は1939年9月1日。このタイミングで陸軍のトップヒトラーに会っていることの意味とかは、十分に考察する必要がある。
68 ななしのよっしん
2020/08/03(月) 12:47:24 ID: pcMw5fI2Un
あのな、日本の学界には歴史学研究会のように、当時の資料がなくても戦前の軍部を研究して批判している歴史学者たちもいるんだよ
そういう人たちの論文や戦史研究があれば、当時の資料がなかろうと歴史学としては十分な根拠になるんだよ
それを探せばいいだけの話なんだから、別にアンタが当時の資料を調べる必要はないんだよ
もし、それすら見つからないなら、そういうことだろ

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2020/08/14(金)06時更新

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