長州単語

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長州とは、以下のことを表す。

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長州

48 ななしのよっしん
2019/06/23(日) 00:10:30 ID: u4Qy/T5D7/
そもそも長州閥という言葉が長州出身者の事なのか、山閥関係者の事なのかで意味がまったく異なってしまう。
たとえば、山とは何もかもが正反対の存在だった伊藤博文や、山とは終始敵対していた三浦梧楼や山田顕義も長州の出身ということだけを考えれば長州閥になるし、
賊軍出身でありながら山の側近になった米沢平田東助や、岡山出身の垣一成(軍縮で有名な人)も広義で見ると長州閥にということになる。
長州閥とはこれぐらい基準がハッキリしない曖昧な言葉なんで、どういう意図で使ってるのかをいちいち説明しないと理解が得られない面倒な言葉でもある。

最近、東条英機板垣征四郎、石原莞爾を、本人たちの関係を差し置いて東北ルーツを持つからという理由で、
全員一緒くたにして「東北閥」と曖昧に呼んでるバカがいるけど、長州閥という言葉も同じで当時の人間関係や関係者の知識がないと矛盾を突かれる漠然とした言葉なんだよねえ
実際のところ長州閥に対する研究は、戦後軍事史学でかなり重要視されてて、その研究本にしても明治から昭和初期にかけての軍事
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49 ななしのよっしん
2019/06/25(火) 03:22:10 ID: YNvWq0oheg
長州閥という概念については、特にことわりがければ=山閥関係者と解釈して差し支えないと思う。
伊藤博文に関しては「子分を作らなかったし、それを誇りに思った」というくらいだから、逆に「閥」で括る方が不自然かも。

軍事外交への功績に関しては、当方としても同意。
日露戦争までの政治、外交、軍事の整合性が非常にあったし、ポーツマス条約の仕掛けがは絶妙だったのは疑う余地もない。
あとは、長州と因縁のあった保鞏や、未だに因縁吹っかけてくる立見尚文をしっかり起用したり、個人的なこだわりを捨てて大山元帥に采配を委ねた辺りは、の私利私欲の人ではない、という評価の裏付けにはなるだろうね。
50 ななしのよっしん
2019/06/25(火) 04:09:26 ID: YNvWq0oheg
で、ある程度持ち上げたら今度は落とす番。

・「民本義」という考え方に乏しかった
日露戦争以降の「戦略」が欠けており、朝鮮権益や第一次世界大戦戦争特需に浮かれるあまり、立ち回りに色々難が生じた。
閥の維持には執心したが後継者の育成には失敗し、「総力戦」について真剣に考えるべき時期に、これといった在り方を明示する前に(山が)没してしまった。

一番と三番は、山葬儀の論調にも関係あり
二番バブルの弊にも類似、ビリケンに関係深い
51 ななしのよっしん
2019/07/04(木) 12:05:31 ID: u4Qy/T5D7/
民本義に乏しいと言うより、理解する気さえなかった感じがする。
パリコミューンで暴走する市民撃して不安を感じたから、とか言われてるけど、
実際のところ日本の民権運動政党運動って、維新初期の政局で下野した人たちや戊辰戦争の因縁が大きく絡んでるから、山は民本義を「過去の亡霊による復権手段」ぐらいにしか考えてなかったんじゃないかと思う
それでもロベスピエールスターリンのように革命政権に見られる政敵の一掃・粛清が行われなかったのは、やっぱり対極の存在に伊藤博文がいたからかな
伊藤は方向性こそ違うけど知己だから、政治と民権運動の対立が高まると、トップ会談で交渉しあって互いに妥協を繰り返してるし
52 ななしのよっしん
2019/07/04(木) 12:12:16 ID: u4Qy/T5D7/
の戦略、というか方針は、日露戦争以降も底して「欧と外交摩擦を起こさない」だから一貫はしてた
内閣中国に突き付けた対21ヶ条要についても世論が万々歳してたのに対して、山は欧との関係悪化を恐れて反対に回ったから、外野の右翼団体から罵られてる
原敬が「山がいるかぎり日戦争は起きない」と言ったように、山は終始、欧協調路線だった
問題は太郎独立して以降、明らかに影に陰りが見え始めており、元老として総理推薦・擁立までは行えても、その内閣コントロールすることが出来なくなっていた
ビリケンによる連合軍撤退後のシベリア駐留も、山は「欧に疑念を持たれる」として反対だったが、ビリケンと軍部に視された)

そして一番誤算だったと思うのが陸軍大学校の設立
元々は、摘されてるように後継者の育成や、刻々と変化する軍事学に対応できる人材を輩出するために作られたけど、結果的に学閥・縦割り行政が陸軍内やそれ以外にも横行するようになってしまった
まあこれは山のせいと言うより、今の日本世界
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53 ななしのよっしん
2019/07/11(木) 23:34:49 ID: YNvWq0oheg
確か、日露戦争時に大規模な借款と増税を行い、ポーツマス条約で賠償取れなかったから、民への増税はなし崩し的に継続していた
も血も出した民に対して何ら恩恵を施す所がく、欧協調は大いに結構だけれども、それだけでは「成長戦略」が全く立てられなかった。

植民地をどう拡大するのか、植民地でどういう統治をするのか、どうやってけるのか、内の不満に対してどう向き合うのか、その辺の施策が日露以降だいぶ「雑」になったと言わざるを得ない。

伊藤博文といえば、政友会創設者でもありましたね?
伊藤博文と原敬が暗殺という形で失われたのは、政党政治の成熟を考えるうえで、大きな痛手、誤算と言わざるを得ない。

官僚義については仰る通り。
近年も「後藤田氏が生きていれば…」と思うことは多々ある。
54 ななしのよっしん
2019/07/21(日) 22:19:53 ID: u+mCeK32sB
安倍と結びつけて絶対悪みたいにられるのが最近増えててきっつい
55 ななしのよっしん
2019/07/23(火) 14:06:29 ID: u4Qy/T5D7/
>>53
そもそも日露戦争的は、ロシア帝国による不凍港獲得および、ロシア軍の太平洋進出の阻止だから「成長戦略」なんてものは初めから度外視だよ。結果的にロシアは南下政策を放棄して、最終的に日露協定まで締結してくれたから日本政府としては当初の的を果たせたと言える。
とはいえ日清戦争のような圧勝でもないので、賠償は取れなかったけど、そもそも日清戦争で巨額の賠償を得られたこと事態が奇跡的なものだから「2匹ドジョウを狙え」という発想自体が間違ってるとも言える。
なお立憲政友会も、内閣による日露戦争とポーツマス条約には賛成・協の立場で、ここらへんの話になると、山個人というより日本政府全体の話になってくると思う。

ちなみに日本政府が本当に利益を見込めるとして欲しがったのは、植民地ではなく南満州鉄道の各方面への独占的権益で、大陸方面(というか朝鮮)はあくまで緩衝地帯ぐらいの役割しかなかったらしく、植民地にするかどうかは本当に迷ったらしい(「戦争日本近現代史」)。
逆に、政府とは関係のない民間の方が、戦国
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56 ななしのよっしん
2019/07/27(土) 14:39:21 ID: YNvWq0oheg
>>55
色々問題あるのは日露戦争後。
(1)戦没者、戦傷者への補償、救済
(2)借款や戦時増税への対応
(3)上2項による新たな利対立と、その不満への対処

まず、(1)については、兵院制度、医療制度の整備は戦後飛躍的に進み、政府も相当優先してテコ入れした形跡あり。
後は、息子全員戦死してしまった木希典や、敬礼すら困難な後遺症を抱えた寺内正毅ら「当事者」による尽は、色々な逸話と共に広く伝わっているところか。

問題は、そういう恩恵が正に施されているかどうか。
利権、不正受給、欠格があれば、当然揉める。
57 ななしのよっしん
2019/07/27(土) 16:31:07 ID: YNvWq0oheg
(2)については、借款の返済に加えて、(1)の原資も賄わなくてはならなかったので、台所事情は下手すれば日露戦争中よりも苦しい。
その流れで、第一次世界大戦シベリア出兵で「二匹ドジョウ」を狙おうとする愚を犯した。

(3)については、顕著なのが社会主義者、共産主義者への弾圧。自由民権運動期の暴動や、ロシア革命を念頭に置くと、重視せざるを得なかった政策ではあったが、幸徳事件、甘粕事件など、明らかに「やりすぎ」な面も多々あり。

社会主義者なら迫しても良い」「権威があれば意にそぐわない人間いて良い」こういうテンプレを山らがハッキリと示してしまった形になり、「(日本における)ファシズム」という形式もその最適化に過ぎない。

あと、「民間の方」という概念も複雑怪奇で、「一人一殺」を実践したり、法廷の席で東条英機の頭をいたり、果ては洋上カジノにするとういう名で5万トン級重航空巡洋艦を購入するような人も、民間人の範疇ではある。
民間人だから政府と関係ないというのは理。全に関係者と断言するのもまた
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