花燃ゆとは、2015年1月4日から12月13日まで放送された、第54作目の大河ドラマである。全50回。
概要
主演は連続テレビ小説「おひさま」のヒロインを演じた井上真央。幕末の大河で長州が主役になるのは、1977年に放送された「花神」以来となる。吉田松陰の妹・杉文の生涯を通して、吉田松陰とその門下である松下村塾の志士たち、そして維新後は初代群馬県知事として活躍する夫・楫取素彦を中心に、激動の幕末を駆け抜けた長州藩の人々が描かれる「はず」だった・・・。
無名の主人公・楫取美和
本作の主人公である杉文(楫取美和)は、吉田松陰の末妹にして、松陰の弟子・久坂玄瑞および、初代群馬県知事を務めた楫取素彦の妻である。が、ただそれだけの人物であって、近年の幕末大河の女性主人公である篤姫や新島八重と異なり、歴史的業績もなければ、これといった逸話もなく(母の滝は松蔭に関わる逸話が多く、姉の寿は幕末から県令時代まで楫取を支えた賢婦として知られるが、美和個人のエピソードはほぼ皆無)、身内が偉人というだけで本人は全く無名の一般人である。むしろ近年の連続テレビ小説「花子とアン」「マッサン」の主人公のモデルとなった、村岡花子や竹鶴政孝のほうがよほど歴史上の人物と言えるだろう。
そのため、「花燃ゆ」の制作が発表された時は、「誰だこいつ?」という声でネット上は騒然となった(なお、この当時Wikipediaには楫取美和の記事もまだ無かった)。
しかし、視聴者の中には「花神」や「八重の桜」の前例から、美和が主人公というよりもいわゆる「狂言回し」「語り部」的な役割で、彼女の周りの人物(吉田松陰、久坂玄瑞、高杉晋作、楫取素彦など)が物語を牽引する群像劇になると予想したり、また1980年に放送された大河ドラマ「獅子の時代」は、主人公が架空の人物ながら、オリジナルストーリーを歴史上の出来事に違和感なく馴染ませた傑作であったという例もあるため、脚本次第では良い作品になるのではと期待する人もいた。が、こうした希望的観測は、見事なまでに裏切られることとなる。
迷走する本編
問題となったのは、当初は脚本が大島・宮村・金子の3人による複数体制(金子は中盤から参加)による齟齬を生んだこと、近年の大河によく見られる、登場人物の思考が完全に現代人そのものであること、そして何よりもストーリーが主人公・美和の周辺に限定されたホームドラマばかりに偏り、長州藩をはじめとする歴史の流れがほとんど描かれなかった点である。NHK側は政治ドラマは主に視聴率の要となる主婦などに受けないと判断したのであろうが、視聴率だけはそれなりに高かったが大河史上に残る駄作と悪名高い「天地人」や、同様の作風で視聴率すら低かった「江〜姫たちの戦国〜」という負の遺産があるにも関わらず、制作側は視聴者のニーズを全く理解していなかったようである。
それでも序盤は、美和の兄・吉田松陰が物語を牽引していたのでまだ良かったのだが、松陰が「安政の大獄」で処刑され退場してからのドラマ本編は、惨憺たる内容へと変貌していく。井伊直弼役に数多くの大河ドラマに出演した名優・高橋英樹を据えたにも関わらず、その最大の見せ場といえる「桜田門外の変」が丸々カットされたのを皮切りに、イギリス公使館焼き討ち、長州ファイブの密航、高杉晋作の古事記演説など、かつて「花神」で描かれた長州藩の歴史的なイベントはことごとくナレーションだけで済まされ、ほとんど描かれることはなかった。
それでは、「花燃ゆ」では何が描かれたかというと、その大半が「義兄・楫取への美和の片想い」「久坂との新婚生活や夫の浮気への嫉妬」「長州版大奥」と、大河ドラマや歴史ドラマのファンにとっては、はっきり言ってすこぶるどうでもいい誰得な内容ばかりであった。
以前ならこうした薄っぺらい内容でも女性視聴者に媚びればそれなりの視聴率を稼げたのだろうが、時勢が変わった今ではこうしたスイーツ(笑)的なものなど誰も望まなくなっており、視聴率は序盤から低空飛行のままほとんど変化しなかった。
この低視聴率と本作への激しい批判に対して、NHKの制作陣が取った行動は、第一次長州征討後の長州藩三家老切腹の如く、3人の脚本家に責任を押しつけて更迭、そして高視聴率を取れると判断したのか、「どんど晴れ」「天地人」のシナリオを手掛けた小松江里子を新たな脚本担当に任命した。しかしこの小松江里子は、主人公のメアリー・スー化や、主人公の言動に沿わないキャラクターをことごとく矮小な悪役に貶めるなど、稚拙で質の低い脚本に定評があり、ネット界隈においては「粗末先生」と揶揄されるなどその評判は極めて悪い。こんな曰く付きの人物が良い作品を作れるはずも無く、一時視聴率は持ち直したもののすぐ元の低視聴率に戻り、ドラマの内容もさらに酷いものに悪化していった。
特に脚本が小松に代わった群馬編になってからは、「未開で野蛮なグンマーの原住民に、美和と楫取が文明をありがたく教えてやる」的な上から目線で描かれており、下村善太郎などの実際に楫取を支えた人物達を排除して、阿久沢という楫取に敵対するオリキャラを出したり、実際は東大で講師を務めた地元の名士で俳句の才にも長けた風流人であった老農・船津伝次平[1]を、まるで原始人のようにみすぼらしい姿で徹底的に田舎者として描くなど、悪意を感じるほどに貶めていた。当初は地元に大河ドラマを誘致できたことを歓迎していた群馬県民も、ドラマ本編でのあまりの扱いに、徐々に怒りの声すら湧き上がるようになっていった。こうした現状は、小松が脚本を手掛けた「天地人」放送後の長岡市と同様であり、群馬県内でも本作の存在は黒歴史になりつつある。
花燃ゆの悪評に更に輪を掛けたのは、同年10月から放送が始まった連続テレビ小説「あさが来た」の存在である。朝ドラながら幕末から物語が始まる本作は、時代設定がちょうど「花燃ゆ」と重なるが、シナリオの質の差もさることながら、こちらは登場人物が当時の価値観に基づいた言動をちゃんと取っている点で、時代錯誤甚だしく異様なまでに現代人感覚丸出しの「花燃ゆ」と大きく異なっていた。「あさが来た」の主人公であるあさのモデル・広岡浅子は、歴史的功績の全くない一般人にすぎない美和と違い、歴史上の偉人に相応しい業績を残した人物であり、「今年の大河と朝ドラは『あさが来た』だ。『花燃ゆ』?『まれ』?なにそれおいしいの?」という声すらあがる程であった。視聴率も圧倒的に大差が付き(「平清盛」のように視聴率と評判が一致しない作品も近年は増えつつあるが)、「あさが来た」と比較されることで「花燃ゆ」の失敗がさらに強調されることとなった。
こうして後述の音楽とナレーションを除き、ほとんど良い評判を耳にすることもないまま本編は終了したが、主演の井上真央はクランクアップ時に自分を責めて号泣するなど、井上にとってもキャリアに傷が付く、黒歴史同然のものとなってしまった。その一方、制作統括者の土屋勝裕は公式サイトや公式ガイドブックのインタビューで「今までにない良い作品が作れた」など、終始自画自賛を続けて作品の不出来や悪評を省みることが一切無かった。
さらに、これまで幕末大河は人間関係の複雑さなどから低視聴率が多いものの、駄作と言うべき作品は存在しなかったのだが(戦国大河は「武蔵」「天地人」「江」などが救いようのない駄作と評される)、遂に幕末モノの大河で失敗作が生まれることとなってしまったのである。奇しくも、大河ドラマファンの間では同じ長州が舞台の「花神」を幕末大河最高傑作に挙げる人も多く、皮肉を感じざるを得ない。
見せてもらおうか!花燃ゆのオープニングとやらを!
散々な内容たるドラマ本編に対して、音楽とナレーションは概ね好評であった。
音楽は連続テレビ小説「梅ちゃん先生」やアニメ「攻殻機動隊」「機動戦士ガンダム00」などを手掛けた川井憲次が満を持して大河ドラマに初参加。今作も川井節は健在であり、オープニングテーマは男声合唱に加えて、志方あきこがソロを歌い上げた。その歌詞も、吉田松陰が処刑される前にしたためた遺書「留魂録」を引用しており、他の大河ドラマに劣らぬ名曲である。
そしてナレーションは、機動戦士ガンダムシリーズのシャア・アズナブルをはじめ多くの人気アニメキャラの声を務めた池田秀一が担当する。実は、声優として活躍する以前、大河ドラマにも何作か俳優として出演しており、「花神」では本作にも登場する寺島忠三郎を演じた経歴を持つ(大河の参加は、この「花神」から実に38年ぶり)。女性が主人公のホームドラマ系大河ということで、ネットでの反応が薄かった今作において、池田の抜擢は今作最大のサプライズとして反響も凄まじいものであった。実際、彼のナレーション目当てで視聴する人も少なくなかったらしい・・・
が、オープニングテーマは後半から雷の余計なSEが付けられたり、本来描くべき歴史の出来事も池田のナレーションだけで済ませて「シャア無双」と揶揄されるなど、ドラマ本編の内容の酷さによって、本作の数少ない長所や魅力も削がれてしまう結果となってしまったのが残念でならない。
スタッフ
- テーマ音楽演奏:NHK交響楽団
- テーマ音楽指揮:下野竜也
- 演奏:コンセール・レニエ
- テーマ音楽独唱:志方あきこ
- テーマ音楽合唱:
GN合唱団TEAM.n - 題字:國重友美
- タイトル映像:猪子寿之、寺尾実
- 時代考証:大石学、海原徹、三宅紹宣、小山良昌、手島仁
- 建築考証:平井聖
- 衣装考証:小泉清子
- 殺陣武術指導:林邦史朗
- 所作指導:西川箕乃助
- 芸能指導:友吉鶴心
- 医事指導:酒井シヅ
- 制作統括:土屋勝裕、小松昌代
- 演出:渡邊良雄、末永創、安達もじり
キャスト
- 伊藤博文(利助):劇団ひとり
- 前原一誠:佐藤隆太
- 吉田稔麿:瀬戸康史
- 入江九一:要潤
- 野村靖:大野拓朗
- 品川弥二郎:音尾琢真
- 赤禰武人:阿部亮平
- 寺島忠三郎:鈴木伸之
- 松浦亀太郎:内野謙太
- 金子重輔:泉澤祐希
- 福川犀之助:田中要次
- 周布政之助:石丸幹二
- 椋梨藤太:内藤剛志
- 来島又兵衛:山下真司
- 富永有隣:本田博太郎
- 白石正一郎:山本譲二
- 毛利元徳:三浦貴大
- 高杉小忠太:北見敏之
- 松島剛蔵:津田寛治
- 長井雅楽:羽場裕一
- 井上馨(聞多):石井正則
- 山県有朋(狂介):永岡佑
- 坂本龍馬:伊原剛志
- 西郷隆盛(吉之助):宅間孝行
- 三条実美:上杉祥三
- 宮部鼎蔵:ビビる大木
- 梅田雲浜:きたろう
- 間部詮勝:堀部圭亮
- 中原復亮:堀井新太
- 星野長太郎:大東駿介
- 鈴木栄太郎:相島一之
- 船津伝次平:石原良純
関連動画
関連項目
脚注
- *群馬地誌の基礎教養である「上毛かるた」で取り上げられているため、現代群馬県民における知名度は楫取夫妻よりはるかに高い(かるたの絵札に描かれた肖像と、ドラマでボロを着ている姿とのギャップも大きい)。演じた石原良純は出演にあたって伝次平について調べたといい、「楫取と出会わなくても世に出ただろう優秀な人」と真っ当な人物評をインタビューで述べる一方、劇中の衣装については、NHKを通じてのコメントですら「帯もないというので驚いた」「ミノムシみたいな恰好」と、冗談めかしつつも不満げなものになっている。
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