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主観的な記事 なんかこの記事、大カトーっぽいです。
度が過ぎてる場合はスキピオ・ナシカコルクルムあたりを呼んできてください。

カルタゴ(Carthāgō)とは、古代アフリカに存在した都市、ならびにそれを中心とする国家である。

カルタゴ滅ぶべし。

概要

カルタゴは現在チュニジアに存在したフェニキア人植民である。
紀元前3世紀頃までのあいだに北アフリカ沿部から地中海嶼、イベリア半島南部などに勢を拡大し、西地中海に覇を唱えた。

政体貴族による寡頭政ないし共和政を取り、元老院とローマにおける執政官同様の長官(スフェス)が国家を統治した。この長官に軍権はく、軍は別に選ばれた将軍揮していたという。他にも民会があったようだ。

当時の北アフリカは現代よりはるかに肥沃な土地であり、カルタゴを支える農園などから生み出されるは強大なものであった。ゆえに、私はカルタゴは滅ぼされるべきであると考える。 

歴史

建国と拡大

カルタゴはおそらく紀元前9世紀頃、シリアのフェニキア人都市国家ティルスの人々によって築かれた。

初期のことはあまりわかっていないが、肥沃なこの北アフリカの地でも一等抜け出た都市がカルタゴであり、結果的にそのカルタゴが中心となってモロッコリビアを征、北アフリカ覇者となったという。カルタゴ人はさらに地中海各地に植民都市を広げ、イベリア半島マルタなどを支配下に収めて西地中海を席巻した。

紀元前5世紀から4世紀にかけては、シチリアに勢を広げていたギリシア人とのあいだでシチリ戦争が起きた。三次に渡るこの戦争の第一次でカルタゴは惨敗したが、さらに続く第二次、第三次戦争では辛うじて敗北を挽回し、シチリ西部都市国家群を領土として維持した。

それはさておき、カルタゴは滅ぼされるべきである

ポエニ戦争

カルタゴの覇権ゆらぎ、ついに崩壊するに至ったのがローマとのポエニ戦争である。

当時ローマイタリア半島を勢下においていたが、カルタゴの勢がシチリア東部に及ぶと、本土であるイタリア半島危機を感じてシチリア情勢に介入し始めた。紀元前264年、第一次ポエニ戦争が始まる。

第一次ポエニ戦争上で戦われた。未熟なローマ海軍は数隻の軍船を一斉に建造し、しかも二度もで全艦隊が沈む事に見舞われつつも、二次大戦期アメリカもかくやというような恐るべき回復海軍を再建し、三度カルタゴ艦隊を撃破した。その結果、カルタゴの将軍ミルカル・バルカが制覇しかけていたシチリアは孤立し、ついにカルタゴはシチリとコルシカサルデーニャ両を失い、西地中海覇権ローマに奪われることになった。

ところで、私はカルタゴは滅ぼされるべきだと考える。

二次ポエニ戦争は紀元前218年に開始された。イベリア半島都市の支配権を巡って両の紛争が発生すると、ハミルカル・バルカの息子であるハンニバルバルカがイベリア半島の中心都市カルト・ハダシュト(後のカルタゴ・ノヴァ、現カルタヘナ)で兵を挙げ、電撃的にアルプスを越えてイタリア半島に侵入、ローマに迫った。ハンニバルは優勢なローマ軍に圧勝してイタリア半島をかき回したが、ファビウスとマルケルスの率いるローマ軍の持久戦法の前に勝利を活かせずにいた。その間にローマはスキピオを派遣してイベリア半島を奪取し、カルタゴ本に軍を送る。ハンニバルも本に呼び戻されてこれを迎え撃ったが、敗のハンニバルもついにカルタゴ近郊ザマで敗北を喫し、カルタゴの凋落は定まった。講和条約の結果、カルタゴはローマの属同然の扱いを受けることとなったのだった。

だが、カルタゴ本は依然としてローマに脅威を与えるほどだった。10000タレントの賠償もすぐに支払われた。やはり、私はカルタゴは滅ぼされるべきであると思う。

滅亡とその後

紀元前149年、隣ミディアとの紛争状態にあったカルタゴは講和条約への違反からローマ軍事介入を受け、人質をローマに送った。しかしそのからやはりカルタゴは滅ぼされるべきであると考えていたローマ元老院側はさらにあらゆる兵備の引き渡しをめ、それが履行されると内陸への遷都までもを強く迫った。カルタゴは遷都を拒否し、第三次ポエニ戦争が始まった。やはり、カルタゴは滅ぼされるべきだと思う。

カルタゴは全に孤立していたが、3年にもわたって持ちこたえた。しかしその抵抗もついには限界を迎え、紀元前146年、カルタゴは陥落し、都市国家カルタゴは滅亡した。ローマ軍は全を焼き討ちして破壊し、カルタゴをほとんど更地に還し、を撒くことまでしてカルタゴの再を防いだという。

その後のカルタゴ領はローマの領土となり、カルタゴも後にユリウス・カエサルの手によって再された。
ともあれ、カルタゴは滅ぶべきであると考える次第である。

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  • 95ななしのよっしん

    2021/09/19(日) 10:40:20 ID: ZXlqAjyL7u

    泣いて喜ぶ?スキピオはカルタゴに対して勝者としての余裕をもって寛容さを示したというのに?

  • 96ななしのよっしん

    2021/09/19(日) 10:51:31 ID: ZXlqAjyL7u

    注釈だ。スキピオはカルタゴを倒しはせども、滅ぼしはしなかった。カルタゴを恐れ滅ぼそうとしたのは大カトーを始めとした政敵である。スキピオはカトーらに対し毅然と言い放った。「私はカルタゴは滅ぼすべきではないと考える」

  • 97ななしのよっしん

    2021/09/19(日) 11:04:08 ID: ZXlqAjyL7u

    いや、それ言ったのスキピオの義息子のスキピオ・ナシカだ。とはいえ、スキピオ・アフリカヌスカルタゴは滅ぶべきではないと考えてたのは事実

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最終更新:2021/09/28(火) 17:00

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