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レスリー・アンダーソン(Leslie Anderson, 1982年3月30日-)とは、キューバ出身のプロ野球選手(左翼手・一塁手)。
概要
ガナデロス・デ・カマグエイ | |
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レスリー・アンダーソン Leslie Anderson |
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基本情報 | |
国籍 | (メキシコへ亡命) |
出身地 | キューバ |
生年月日 | 1982年3月30日 |
身長 体重 |
185cm 93kg |
選手情報 | |
投球・打撃 | 左投左打 |
守備位置 | 左翼手、一塁手 |
プロ入り | 2010年アマチュアFA |
経歴 | |
国際大会 | |
代表チーム | キューバ |
WBC | 2006年、2009年 |
プロ野球選手テンプレート |
2000年からキューバの国内リーグで9年間プレー。9年間で通算打率.326、85本塁打をマークしている。2006年、2009年のWBCにもキューバ代表として参加したが、代表では控えに甘んじていた。
2009年にボートに乗ってメキシコに亡命し、2010年のアマチュアFAでタンパベイ・レイズと契約し入団。しかし4年間AAAでそれなりの成績を残すものの、一度もMLBに昇格することはできなかった。
2013年オフ、読売ジャイアンツに入団。背番号42。巨人史上初のキューバ出身選手となる。
巨人での2014年は、開幕戦に7番・レフトで出場すると、いきなり4打席目で来日第1号を放ち、開幕3試合目から3番打者に。4月26日の広島戦では4番に座り、巨人の第79代4番打者となる。一時は打率が4割を超え前半戦の巨人を支えた。8月に左肘関節炎で1ヶ月強戦線離脱したこともあり、最終的には87試合の出場で規定打席には届かなかったが、打率.319、15本塁打の好成績をマーク。
2015年は外国人枠の関係で開幕二軍スタート。4月下旬に不振のフレデリク・セペダと入れ替わりで昇格するも、前年ほどの活躍は見せられず、6月末に二軍落ち。8月に復帰後は閉幕まで一軍でプレーしたが、83試合で打率.252、7本塁打と前年より大きく成績を落とした。退団かとも思われたが、減俸のうえで残留。
2016年はキャンプ中に右肘を痛めて手術することになったのに加え、ポジションが丸被りするギャレット・ジョーンズの加入で一軍での立ち位置を失い、僅か3試合の出場に終わり、オフに退団となった。
2017年はメキシカンリーグのレオン・ブラボーズでプレー。2019年から故郷のキューバに戻り、古巣のガナデロス・デ・カマグエイに復帰している。
巨人時代、ヒーローインタビューでの第一声は、阿部慎之助の持ちネタ「最高です!」を使うことが多かった。
愛称
ファンからの愛称は「下村」(アンダー→下、ソン→村)。2014年4月1日の横浜DeNA戦のニコニコ生放送で実況の加藤暁アナウンサーは、コメントに書かれる「下村」が最初理解できず、5回表の第3打席でようやく理解し「でもアンダーは英語でソンは日本語ですよね。息子でもいいんじゃないですかね。下息子? ……ちょっとヤバイ話になりそうですよね」と発言(関連動画参照)。以降「下息子」という呼称も主にニコ生で見られた。
成績
- (2019年終了時点)
年度別打撃成績
年度 | 球団 | 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 出塁率 |
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2014年 | 巨人 | 87 | 325 | 295 | 32 | 94 | 11 | 1 | 15 | 50 | 1 | 0 | 0 | 25 | 5 | 44 | 4 | .319 | .382 |
2015年 | 83 | 260 | 234 | 20 | 59 | 14 | 0 | 7 | 31 | 1 | 0 | 0 | 21 | 5 | 37 | 5 | .252 | .327 | |
2016年 | 3 | 12 | 12 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | .250 | .250 | |
NPB:3年 | 173 | 597 | 541 | 52 | 156 | 25 | 1 | 22 | 82 | 2 | 0 | 0 | 46 | 10 | 85 | 9 | .288 | .355 |
関連動画
関連コミュニティ
関連項目
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