概要
関東一の規模を誇る極道組織で、傘下組織は東京の神室町を拠点とした組が多い。実際の暴力団がどのような構成なのかはここに記すには余白が狭すぎるので割愛するが、東城会は会長をトップに据えて下部に「東城会系」と呼ばれる直系の組織が控え、さらに直系組織の三次団体が無数に存在する。例として「堂島組」は東城会系の直系組織であり、組内の組織として「風間組」などが存在する。
下部組織は総じて立場が弱い(いわゆる下請け)場合であることが多く、「上納金」というアガリを納めるのにも苦労する描写がされたりする。そのためにきわどい商売に手を出したり、金貸しから借金をしたりなどやりくりをする組も存在する。中小企業が苦労するのはどこも同じですね。
歴史
東城会は東城真を初代会長に据えて誕生。初代会長の素性は作中では多くは語られていないが、ケンカの様子が映像に残っていることから武闘派であったらしいことが伺える。
二代目は現状不明、1988年には仁井原隆が二代目代行として東城会を運営していた。当時は神室町再開発計画を進めるために必要な「カラの一坪」の権利を手に入れるために堂島組会長の堂島宗兵が積極的に動いていたが、とある龍と狂犬に阻まれて堂島組は弱体化。カラの一坪の権利は日侠連の世良勝が手に入れ、本部若頭(東城会ナンバー2)に就任、その後三代目会長になる。神室町の再開発は進行し、東城会の手によってミレニアムタワーが完成した。(0)
2005年には東城会の金100億円が盗まれ、その混乱の最中に世良が死亡。東城会は100億の行方探しと跡目争いが勃発するが、世良の遺言と風間真太郎の手により四代目会長に桐生一馬が指名される。桐生は即座に会長を辞任し五代目に近江連合でありながら桐生に味方していた寺田行雄を指名、自らはカタギに戻る道を選んだ。ついでにミレニアムタワーも爆発した。(1)
寺田は古参幹部からはいい目で見られておらず、真島吾朗は組ごと東城会を抜けて堅気となる。そんな中巻き起こった抗争の最中で寺田は死亡。堂島宗兵の妻だった堂島弥生が代行の座に就いたが、その息子である堂島大吾に跡を継がせるために桐生は拳で説得する。最終的には息子である堂島大吾が六代目会長に就任した。ミレニアムタワーはまた爆破した。(2)
大吾が六代目会長に就任し、桐生の拳の説得により真島も組に復帰する。しかし大吾が凶弾で重傷を負ったことで柏木修が代行で指揮をとるが、そんな柏木も凶弾で重傷を負う。浜崎豪も終盤で全てを失ったことで桐生を恨んで刺したことで東城会を破門され、弱体化した。(3)
浜崎が18人殺しで伝説を残していた冴島大河と刑務所で会うことになり、冴島と共に脱獄しようとしたが、浜崎は刑務官と交戦したことで重傷を負い、桐生を頼れと言い残し、冴島はアサガオに流れ着く。同時期に新井弘明が上野誠和会の構成員を殺したことで上野誠和会によって立場が危ぶまれることになる。大吾は形勢逆転のために警視庁副総監の宗像征四郎と結託し、真島を逮捕させては、宗像と共に葛城を処分した。騒動が解決した後は真島は釈放されて組に復帰し、殺人が無罪となった冴島が直系冴島組を旗揚げする。(4)
大吾と真島、近江連合の勝矢直樹が黒澤翼の計画に気付いたことで結託し、大吾は行方不明という形で九州地方、真島は北海道に出向き、その間は青山稔が会長代行に就く。しかし青山は黒澤一派の一人で、九州で鈴木太一として過ごしていた桐生と全国の極道組織を巻き込んだ抗争が起こる。(5)
冴島は前作の抗争で網走刑務所から脱獄したことで再逮捕される。亜細亜街で一般人にまで被害が出る火災が発生し、その責任を取らされる形で大吾と真島らが逮捕され、菅井克己が会長代行に就く。陽銘連合会と海外マフィア組織と抗争する。騒動が解決した後は大吾と真島、網走刑務所での刑期を終えた冴島が東城会に復帰した。(6)
大吾は近江連合の渡瀬同様、極道の将来を憂いて東城会と近江連合の同時解散を計画していたが、渡瀬は大阪で刑務所に入り、東京都知事の青木遼と警視庁が展開した神室町3K作戦の実行により東城会は壊滅状態に追い込まれる。大吾、真島、冴島も長らく行方不明とされていたが、神室町の資産家であるニック・尾形の元に身を寄せていた。そして渡瀬が出所した日に計画通りに二大極道組織は解散となり、堂島と渡瀬は組織を突如失った元ヤクザのために大阪で民間警備会社を立ち上げた。(7)
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