菅井きんとは、長年、数々の名脇役を演じてきた個性派女優である。
東京府東京市牛込区(現:東京都新宿区)早稲田町出身。女優になる前は東京帝国大学(後の東京大学)学生課で事務職員として勤務していた。しかし、芝居への情熱が抑えられず、劇団俳優座に入団。このとき、当時の本名であった須斎キミ子をもじった現在の芸名を脚本家の久保栄に付けてもらった。女優業への専念について父に相談したが、「女優とは美しい女性がなるものだ」と反対される。その父は娘の舞台を見ることなく、息を引き取った。
新劇時代に映画監督に映画女優としてスカウトされ、1951年に『風にそよぐ葦』で映画デビュー。以降は様々な作品で場を盛り上げる名脇役を演じ、2010年まで精力的に活動。主に「必殺」シリーズでは婿いびりでお馴染みの中村せん役、『太陽にほえろ!』では柴田純(ジーパン)の母・タキ役で松田優作と共に理想的な母子像を演じきった。一方で『家なき子』では優しさを隠して鬼ババアとして冷徹に接する田端光江役にて強烈なインパクトを残した。その実力は国にも認められ、1990年には紫綬褒章を、1996年には勲四等宝冠章を受賞している。
しかし、2010年に自宅で転倒し大腿骨を骨折してしまい、それをきっかけに自分の足では歩けなくなってしまう。その為、女優業を休まざるを得なかったがインタビュー以外は女優として仕事ができなかったため、事実上の引退となった。一時は認知症の噂もあったが2014年10月2日放送の『ノンストップ!』にて元気な姿を見せ、認知症であることを否定した。人生のカーテンコールは2018年8月10日14時、東京都内の自宅にて行われた。心不全が幕を下ろすキューだった。戒名は藝凛院慈雲公錦大姉。女優として最後となった作品は『瞬 またたき』であった(テレビドラマだと『龍馬伝』が最後の出演作品)。
プライベートでは映画プロデューサーの佐藤正之と結婚し、流産を経て一人娘を設けた。しかし…代表作である必殺シリーズで演じてきた中村せんのイメージが強烈すぎるゆえに娘の結婚が破綻してしまうのではという危機感を募らせてしまい、よりによって出演者クレジットで藤田とスタッフが揉めている最中で降板を希望してしまったため、あわや必殺シリーズは存続の危機に立たされてしまった。スタッフは菅井を引き止めるため、『必殺からくり人』を延長、『必殺からくり人・血風編』を制作し、『新・仕置人』のクランクインを遅らせることに。これにより、娘は無事に嫁に行くことが出来、菅井はせん役を継続することにした。夫が亡くなった後は娘夫婦と生活しており、曽孫もいたという。また、亡くなる2ヶ月前まで喫煙していたほどの愛煙家でもあった。
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最終更新:2024/11/15(金) 15:00
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