まもなく最後の扉が開く!
私が開く!
……とは、扉おじさんの誕生……
もとい、世界に絶望した男が抱える心の闇である。
概要
『機動戦士ガンダムSEED』第45話(HDリマスター版43話)『開く扉』における、ラウ・ル・クルーゼのセリフ。とかく名・迷セリフに事欠かないラウだが、この台詞はその中でもだいぶ有名な方だろう。
物語全体のクライマックスに入る同話では、ラウが自分を追ってきたムウ・ラ・フラガとキラ・ヤマトに「それぞれの父親の秘密」を暴露した後、自身の過去と真の目的を吐露するというお話が展開される。
コーディネイター技術の普及に伴う、社会における生命倫理の荒廃(目の色が違うわ!)を前振りとして語られるのは、ラウの壮絶な出生と、ムウとの思いもよらぬ因縁。そして彼が抱えた心の闇が、最早修復不可能なまでにどす黒くなってしまっている事実であった。
同話のもう一つの名台詞『私にはあるのだよ!この宇宙でただ一人!全ての人類を裁く権利がな!』と合わせて、関俊彦の鬼気迫る名演と俊逸なカットの切り替え演出、そして明らかに場面によってグネグネ変形しているラウのマスクによって、多くの視聴者の印象に残る名シーンである(というかこの回は名台詞と名シーンしか存在しないが…)。
クルーゼはおもちゃじゃないんだぞ!
しかしこの台詞が有名になった元凶は、対戦アクションゲーム『機動戦士ガンダム EXTREME VS. FULL BOOST』だろう。
同作のラウ=プロヴィデンスガンダムは、一人用モード第1ステージのボスとして登場する(プレイヤーの行動によってはアンドリュー・バルトフェルドに変わる)のだが、撃墜時の断末魔が
という、自身の野望が絶たれたぶっちゃけ原作展開まったく関係ない嘆きであった。
第一ステージのボスは「AO勢」と呼ばれるEXVSタイムアタック勢のおもちゃ標的とされるのが常だが、プロヴィデンスもやはりそうなり、この台詞をいかに早く聞くか&華麗なコンボフィニッシュを決められるかを競う「扉チャレンジ」が行われることになる。おかげでラウに付いたあだ名が「扉おじさん」。
作中の流れ
この節は、『ガンダムSEED』第45/43話を 鑑賞後に閲覧することを推奨します。 |
知りたがり……欲しがり……
やがてそれが何の為だったかも忘れ、
命を「大事」と言いながら弄び殺し合う!――コーディネイターの癖に、馴れ馴れしくしないでっ!
――奴らがいるから世界が混乱するのだよ!
――我らは最早、ナチュラルとは違う、新たな一つの種なのです!
かつてこのコロニー・メンデルで行われていた「最高のコーディネイター」を求める実験と、それを妬み強硬手段に出たブルーコスモスらを揶揄しつつ、ムウとキラが隠れる机に向かって歩くラウ。自分がその実験によって生み出されたと知ったキラは放心状態で、ムウの呼びかけにも答えない。
キラの虚ろな表情の後、フレイ・アルスター、ウィリアム・サザーランド、パトリック・ザラの偏見・憎悪・傲慢に満ちたセリフがSEEDお馴染みのバンク回想シーンに合わせて挿入される。
ほざくな!
何を知ったとて!何を手にしたとて変わらない!
……最高だな人は
注意を引き付けるべく、牽制射を行って飛び出すムウに、ラウは応射しつつ叫ぶ。銃声に合わせてお馴染みのバンク回想シーンが切り替わり、ザフトと地球連合、双方の戦争指導者たちの宣言が挿入される。
――この作戦により、戦争が早期終結に向かわんことを切に願う
真の自由と……正義が示されんことをそして妬み!
憎み!
殺し合うのさ!――この犠牲により、戦争が早期終結に向かわんことを切に願う
――青き清浄なる世界の為に
ならば存分に殺し合うがいい!
それが望みなら!何を! キサマごときが偉そーにっ!
コーディネイターとナチュラル、双方とも同じことを言っている有様を嘲笑するラウ。ムウの銃弾が右の額を掠めた際には流石に冷や汗をかいたものの、直後にムウの頭上の釣り照明を撃ち抜いて時間を稼ぎ、拳銃の弾倉を棄てて高らかに言い放つ。
私にはあるのだよ!
この宇宙でただ一人!
全ての人類を裁く権利がな!――クローンは違法です!
――法など変わる。所詮は人の定めたものだ
――しかし…
――苦労の末手にした技術、使わんでどうする
欲しいのだろ? 研究資金が
覚えてないかなムウ? 私と君は遠い過去、
まだ戦場で出会う前、一度だけ会ったことがある……
……なんだと?
――本当に「これ」が私かね? まあいい
ともかく跡は「これ」に継がせる
あんな女の子供になど……
――しっかり管理して教育しろ
あの馬鹿の二の舞にはするなよ
唐突に挿入されるバンクじゃない回想。
キラの生みの親・ヒビキ博士と謎の紳士の取引。
幼き日のムウの前に現れた謎の少年。
メイドに居丈高に指図する紳士を盗み見るムウ。
炎上する屋敷と、メイドに縋り付いて泣くムウを、遠巻きに眺める少年――
ふふふふふふ……
私は、己の死すら、金で買えると思い上がった愚か者――
貴様の父、アル・ダ・フラガの
出来損ないのクローンなのだからな……
負傷が響き、立つのもやっとになってきたムウ。先ほどから明らかに呼吸が速まり、大量の汗をかいているラウ。いっぱいいっぱいの両者だが、ここにきてキラは俄かに正気を取り戻し、周囲を窺い始める。
まもなく最後の扉が開く!
私が開く……!
そしてこの世界は終わる。この果てしなき欲望の世界は
そこで足掻く思い上がった者達!その望みのままにな!ムウさん!
そんなこと……させるもんか!
飛び出したキラが投げた破片が、ラウの仮面をはぎ取った。年の割に皴の深いラウの素顔が露になる。 体の限界を超えてまくし立てていたラウは、捨て台詞を吐いて脱兎のごとく逃亡するのだった。
お話の補足
この話だけだと「最後の扉」が何を意味するのか分からないが、それは次話『たましいの場所』で明らかにされる。
ラウは偶然から手に入れた「扉の鍵」=「核兵器を使用可能にするニュートロンジャマーキャンセラーの設計図」を戦場に放り出し、地球軍艦に回収させるよう仕向けた。ブルーコスモスに汚染された地球軍にそれが渡れば、過激派たちは躊躇いなく核ミサイルを使用するだろう。そうなればザフトも黙っていられない。
その先に待つのは核兵器が大量投入される「最終戦争」である。
『たましいの場所』では、これまで度々ラウが発作を起こしていた理由もわずかながら補足される。
ラウが持つテロメア=人の寿命を司る遺伝子情報(※放送当時の学説)は、ラウが作られた時点でクローン元のアル(当時40~50代)と同じ量しか存在せず、ラウの寿命は精々20~30数年程度しかなかったのである。発作もそこに関係していたのだ。
アルのクローンであるラウは、必然的にアルと限りなく同一の存在と言える。だがアルは、ラウが「自分と同じ年月しか生きられない失敗作」と判明した時点で捨て、実子のムウを呼び戻した。ラウは自分自身に見捨てられ、自分の息子に社会的地位を奪われたような境遇なのだ。
その上、不完全な自分を作るために支払われた金によって、自分とは何もかもが違う、全てが完璧な「最高のコーディネイター」が生み出されていたのである。その事実を知ったラウの心がぐちゃぐちゃになったことは想像に難しくない。
俺の親父ってさ。傲慢で、横暴で、疑り深くてさ
俺がガキの頃死んだけど、そんな印象しかなくてけど、信じられるか? こんなの。なんで、こんな……
おまけに失敗作? テロメアが短くて、老化が早いって。なんだよそりゃ……!
奴には、過去も未来も……もしかしたら「自分」すらないんだ
人々が「より良いものを」貪欲に求め続け、その為にいがみ合い、殺し合いすら厭わぬようになっていったコズミック・イラ世界。その闇を凝縮したような「モノ」であるラウ・ラ・フラガ少年は、いつしか自分を生む土壌となった世界全てを道連れにすることを望み、ザフトのラウ・ル・クルーゼとして暗躍するようになったのである。
余談
- 本放送版ではラウの素顔は映されず、キラとムウの反応から推察するしかなかった。小説版では「もはや老人のそれ」と記されてしまっている。一方、スペシャルエディション版とそれを基にしたHDリマスター版では、後のレイ・ザ・バレルに似た、そこまで老けてはいない表情で描かれている。
- 放送では語られなかった部分として、ラウの薬の効能が挙げられる。この薬は細胞分裂を抑制してテロメアを延長させる=老化を遅らせるかわり、薬効が切れると激しい苦痛に襲われる副作用があるものだった(つまり発作を抑えるために服薬しているのではなく、薬のせいで発作を起こしていた)。さらに長期の服用で癌の発症リスクも高まるらしい。
- この薬を作ったのは遺伝子情報の権威であるギルバート・デュランダルである。
- 「私が開く」と断言したラウではあるが、その実、彼は鍵を解放しただけで、実際に鍵を拾って扉を開いたのは地球軍(と、少し無理やりだが、ひいては鍵を開発したザフト)である。場合によっては鍵がスルーされ、宇宙のごみと化す恐れもあった。ラウがこんな不確定な賭けに出たのも、人類が愚かであることはゆるぎない事実としながら、扉が開かれなければそれはそれで仕方がないと、心のどこかで思っていたのかもしれない。
関連動画
関連項目
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