その他利益剰余金とは、企業の財務に関する言葉の1つである。
概要
定義
その他利益剰余金とは、貸借対照表の「純資産の部」の利益剰余金にある項目の1つである。
その他利益剰余金は、「損益取引で発生した利益によって生まれているという性質と、株主に支払う可能性が比較的に高くて事業を運営するときの基礎としにくいという性質と、会社法により積み立てることを強制されていないという性質を併せ持つ企業保有資産を合計した数値」と定義できる。
利益準備金と共通する性質
その他利益剰余金は、過去において行われた企業の損益取引で発生した利益によって生まれている。損益取引を簡単に言うと、資本を元手に作り出した財・サービスの販売のことである。
その他利益剰余金を株主への配当にするためには株主総会の普通決議を1回行うだけでよい[1]。そのためその他利益剰余金は株主から「配当にせよ」と要求される可能性が資本金よりも高い。ゆえに、その他利益剰余金の見合いとなる資産は銀行預金や現金といった流動資産の形態にしておくことが望ましい。
以上のことは利益準備金と共通する性質であり、利益剰余金のすべてに共通する性質である。
利益準備金と共通しない性質
①その他利益剰余金を配当に応じて積み立てることは会社法で強制されていない。
②その他利益剰余金を減少させるときに債権者保護手続きを行う必要がない。
これらの性質は利益準備金とは共通しない性質である。
①と②から、その他利益剰余金が利益準備金よりも株主への配当にしやすいという性質を持っていることが分かる。
その他資本剰余金とその他利益剰余金の合計額は0以上である必要がある
その他利益剰余金を減らすとき、「その他資本剰余金の減少額とその他利益剰余金の減少額の合計額」を「その他資本剰余金とその他利益剰余金の合計額」以下に抑える必要がある(会社法第450条第3項、第451条第3項、第461条)。つまり、「その他資本剰余金とその他利益剰余金の合計額」は0になるまで減らすことができるがマイナス数値になるまで減らすことができない。
任意積立金と繰越利益剰余金
その他利益剰余金は、任意積立金と繰越利益剰余金に分かれる。
任意積立金は、その他利益剰余金のなかで会社が独自の判断で積み立てているものである。会社によって様々だが、特定の目的に限定する任意積立金として「修繕積立金」「圧縮積立金」「役員退職積立金」「配当積立金」などがあり、目的を限定しない任意積立金として「別途積立金」というものがある。
繰越利益剰余金は、その他利益剰余金の中で会社が何も意思を行使せず放置しているものである。
黒字になるとその他利益剰余金が増え、赤字になるとその他利益剰余金が減る
企業が黒字になって税引後当期純利益をプラスの数値にすると、期末の貸借対照表において資産の部の数字がA円増えたり負債の部の数字がB円減ったりして、A+Bで得られる数値がプラスになり、A+Bで得られる数値だけその他利益剰余金が増える。
企業が赤字になって税引後当期純利益をマイナスの数値にすると、期末の貸借対照表において資産の部の数字がA円増えたり負債の部の数字がB円減ったりして、A+Bで得られる数値がマイナスになり、A+Bで得られる数値だけその他利益剰余金が減る。
「我が社は今期において赤字になり、来期も赤字になりそうだが、しかし、その他利益剰余金が巨額なので数年の赤字なら十分に持ちこたえられる」と企業経営者がいうことがある。その他利益剰余金が巨額であってそれが減っていくペースが緩やかなら、企業経営を続けることができる。
赤字になってその他利益剰余金がマイナスになりそうになったら減資する
企業が赤字になって税引後当期純利益をマイナスの数値にすると、期末の貸借対照表においてその他利益剰余金が減る。その他利益剰余金がマイナスになりそうなときは、減資をして資本金をその他利益剰余金に振り替える必要がある。つまり減資による欠損補填をする必要がある。詳しくは減資の記事を参照のこと。
税引後当期純利益がその他利益剰余金に変化する
税引後当期純利益はその他利益剰余金に変化する
企業が損益取引をして税引後当期純利益を稼ぎ出したとする。
期末の貸借対照表において、資産がA円増加し、負債がB円減少し、A+Bの金額だけその他利益剰余金が増える。そしてA+Bは税引後当期純利益と同じ金額になる。
このため「税引後当期純利益はその他利益剰余金に変化する」と憶えておいてよい。
損益取引を繰り返し、収益が費用を上回るようにして資産を蓄積させる
企業が損益取引をして、5000円を人件費として払った。このときの仕訳は次のようになる。
借方 | 貸方 |
給与手当5000円(費用) | 銀行預金5000円(資産) |
企業が損益取引をして、10000円を売り上げた。このときの仕訳は次のようになる。
借方 | 貸方 |
銀行預金10000円(資産) | 売上10000円(収益) |
期末の損益計算書
期末になった。法人税などは全く掛からないとする。損益計算書は次のようになる。
借方 | 貸方 |
給与手当5000円(費用) | 売上10000円(収益) |
税引後当期純利益5000円 |
期末の「貸借対照表の追加分の表」
期末における「貸借対照表の追加分の表」は次のようになる。
借方 | 貸方 |
銀行預金5000円(資産) | その他利益剰余金5000円(純資産) |
損益計算書の税引後当期純利益と、「貸借対照表の追加分の表」のその他利益剰余金は、必ず同じ金額になる。このため「税引後当期純利益の金額が期末になって『その他利益剰余金』に追加される」と憶えておいてよい。
その他利益剰余金を配当にする
株主総会の普通決議を経てその他利益剰余金の見合いとなる銀行預金を配当にする
企業が株主に配当を出す時は、「その他利益剰余金の見合いとなる資産」や「その他資本剰余金の見合いとなる資産」を原資とする(会社法第453条)。そして、多くの企業において、「その他利益剰余金の見合いとなる資産」を配当の原資とすることが恒例である。
その他利益剰余金やその他資本剰余金を配当にするには株主総会の普通決議が必要である(会社法第454条)。
株主に支払う配当は、企業の商品(流動資産)や企業が保有する土地(固定資産)にすることが可能である。こういう配当を現物配当という。ただし、企業が保有する銀行預金(流動資産)を株主に支払う配当にすることが極めて一般的である。
仕訳の例 その1
企業が株主総会を開いて「その他利益剰余金の見合いとなる銀行預金を原資として、株主100人に1万円ずつ配当する。その効力を生ずる日は翌日である」という普通決議をしたとする。その株主総会の日において、次のように仕訳する。
借方 | 貸方 |
その他利益剰余金100万円(純資産) | 未払配当金100万円(負債) |
株主総会の翌日になって、100人の株主達に配当金が銀行預金で振り込まれていった。その日において、次のように仕訳する。
借方 | 貸方 |
未払配当金100万円(負債) | 銀行預金100万円(資産) |
仕訳の例 その2
企業が株主総会を開いて「その他利益剰余金の見合いとなる銀行預金を原資として、株主100人に1万円ずつ配当する。その効力を生ずる日は今日である」という普通決議をして、その日のうちに100人の株主達に配当金が銀行預金で振り込まれていった。その場合は次のように仕訳する。
借方 | 貸方 |
その他利益剰余金100万円(純資産) | 銀行預金100万円(資産) |
ただし、このようにすることは非常に慌ただしいので一般的ではない。
その他利益剰余金を元金の返済にあてる
元金の返済には「その他利益剰余金の見合いとなる銀行預金」を使う
企業が銀行などからお金を借りたら、元金と利子を支払って返済する。
元金の返済に使われる銀行預金は「その他利益剰余金の見合いとなる銀行預金」であることが非常に多い。
段階その1 銀行預金を借り入れて固定資産を買う
2000年5月1日に企業が「1年後に元金1億円と利子365万円を支払う」と約束して銀行から1億円を借りたとする。そのときの仕訳は次のようになる。
借方 | 貸方 |
銀行預金1億円(資産) | 短期借入金1億円(負債) |
銀行から借りた1億円で同額の土地を購入して、企業の事業の基礎にした。そのときの仕訳は次のようになる。
借方 | 貸方 |
土地1億円(資産) | 銀行預金1億円(資産) |
段階その2 期末において銀行預金と「その他利益剰余金」を増やす
2000年4月1日から2001年3月31日までの期において、企業は(2000年5月2日から2001年3月31日まで334日が経過したので)334万円の利子を費用として計上する。実際は支払っていないので未払利息(負債)の勘定科目を使う。仕訳は次のようになる。
借方 | 貸方 |
支払利息334万円(費用) | 未払利息334万円(負債) |
同じ期において、企業は1億円の税引後当期純利益を稼ぎ、2001年3月31日の貸借対照表において1億334万円の銀行預金(資産)と334万円の未払利息(負債)と1億円のその他利益剰余金(純資産)を追加したとする。そのときの「貸借対照表の追加分の表」は次のようになる。
借方 | 貸方 |
銀行預金1億334万円(資産) | 未払利息334万円(負債) その他利益剰余金1億円(純資産) |
段階その3 元金と利子を返済する
2001年5月1日において、(2001年3月31日から2001年5月1日まで31日が経過したので)31万円の利子を費用として計上する。企業は銀行に対して1億円の元金と365万円の利子を支払う。そのときの仕訳は次のようになる。
借方 | 貸方 |
短期借入金1億円(負債) 未払利息334万円(負債) 支払利息31万円(費用) |
銀行預金1億365万円(資産) |
支払利息31万円(費用)を払うための銀行預金31万円(資産)は、2001年4月1日から2002年3月31日までの期における収益で得られる銀行預金が原資となっている。
段階その1の最後と、段階その3の最後の比較
段階その1の最後は次のような状態だった。短期借入金1億円(負債)の見合いとして土地1億円(資産)を企業が保有していた。
借方 | 貸方 |
土地1億円(資産) | 短期借入金1億円(負債) |
段階その3を終えた後は、短期借入金が消え、それと入れ替わりに「その他利益剰余金」が入りこむ形となる。その他利益剰余金1億円(純資産)の見合いとして土地1億円(資産)を企業が保有することになる。
借方 | 貸方 |
土地1億円(資産) | その他利益剰余金1億円(純資産) |
その他利益剰余金の見合いとなる銀行預金で元金を返済すると、その他利益剰余金の見合いとなる資産は「元金で購入した資産」に変化する。
ちなみに、その他利益剰余金というのは株主総会の普通決議で配当にされてしまうので、企業が安心して事業の基礎とするためには、その他利益剰余金を資本金に振り替える有償増資をしておいた方が良い。有償増資をした後の貸借対照表の一部は次のようになる。
借方 | 貸方 |
土地1億円(資産) | 資本金1億円(純資産) |
剰余金の増加や減少における手続き
その他利益剰余金の増加や減少には、株主総会の普通決議・特別決議が必要になることがあるし、取締役会の決議だけで済むこともある。
このことについてはその他資本剰余金の記事の『剰余金の増加における手続き』『剰余金の減少における手続き』の項目で解説されている。
関連項目
脚注
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