伊勢貞知(?~1610)とは、戦国時代の武将である。
概要
伊勢貞助の息子で、政所伊勢氏のうち、因幡守家に養子入りした。しかし、父親に引きずられた影響で幕府を去り、近衛氏に仕えていった。
幕臣時代
『雑々聞検書』によると、永禄4年(1561年)に足利義輝に仕えていた伊勢貞知であったが、『言継卿記』にも足利義輝の御供衆、申次などを務めていく。ところが、永禄の変で足利義輝は死んでしまい、以降ややこしいことになっていく。
永禄11年(1568年)の『幕府供衆参勤触廻文案』と『永禄十一年日記』によると、2月8日の足利義栄征夷大将軍就任を受け、本家の伊勢貞為から「諸家御礼」のために来いと呼びつけられ、25日に富田に下向。26日に職務を果たし、27日に京都に戻っている。つまり、本人の意識はどうあれ、足利義栄派として行動してしまったのである。
ここで、父親の伊勢貞助が、積極的足利義栄派だったことは記しておきたい。ただし、息子の伊勢貞知は、富田に一時的に向かう程度の存在であり、関係は希薄だったとは思われる。
この結果、足利義昭の上洛に伴い、父親の伊勢貞助は蟄居させられてしまった。一方、明確な証拠はないものの、『永禄六年諸役人附』の後半部に伊勢貞知がいないこと、『言継卿記』に全く出てこなくなること、おそらく近衛前久の没落に同道していたことから、伊勢貞知も幕府を離れる結果になってしまった可能性が高い。
近衛家家司時代
この後の伊勢貞知であるが、古典的な理解では、橋本政宣や谷口克広に、織田信長に仕えた可能性を想定されていた。一方、ここで、「近衛家文書」12号の『浅井長政書状』が登場する。この文書も、染谷光広の古典的な理解では、足利義昭に宛てた文書とされており、近年でも、おそらくこれのみを参考に久野雅司が踏襲してしまっている。
去年以来不致言上候、背水意存候、仍東国之儀、遠江・参河悉(武田)信玄被属存分、近日尾濃江可被進馬之由候、当表之儀堅固ニ申付候、(朝倉)義景当月中可有進発候間、弥可申談候、将又(近江国)志賀郡之儀、此方令加袒(担)候、京衆合手、志賀之在所穴太放火候、都鄙之一途不可有時日候、此等之趣宜預御披露之候、恐惶謹言、
ただし、水野哲雄、黒嶋敏、二木謙一、平野成美、木下聡、堺有宏等が主張するように、この『浅井長政書状』は近衛前久に宛てたものであり、伊勢貞知は近衛氏に仕えていた、というのがおおむね一般的な見解となっている。
この理由として、そもそも近衛家に伝来している事、この書状以外に足利義昭に仕えたという証拠がないことがあげられる。ただし、近衛家にはもっと以前から伊勢氏が仕えており、彼らと伊勢貞知との関係は不明である。
とりあえず本筋に戻ると、近衛前久は永禄11年(1568年)9月に京都を追われた。少なくとも『言継卿記』に8月22日の伊勢貞助の法楽連歌に参加したところまで伊勢貞知が京都にいたことはわかるが、以後『言継卿記』に全く出てこなくなること、これ以後も近衛前久の帰洛以前に彼のそばにいたこと、などから、近衛前久に同道した可能性が想定されている。
つまり、室町幕府からつまはじかれた存在が、かつての縁故で共に行動した、というのが想定されるのである。
以後、天正3年(1575年)に近衛前久は織田信長によって京都に戻ることができ、同じ年に島津義久のいる薩摩に向かった。これにも同道したのが、伊勢貞知である。この時、織田信長家臣だった説が唱えられているのは前述したが、史料は織田信長の家臣だった根拠は乏しく、一部が近衛前久の家司だったことを補強するので、おそらく伊勢貞知の立場は全く変わっていなかったのであろう。
なお、近衛前久の薩摩下向は、帰洛してからも一向に家領を渡されず、困窮していた不満を口にする近衛前久の書状もあるため、島津氏の支援を彼が期待したのが大きい。つまり、実務担当者を伴うことは、十分意味があったのである。
そして、この縁故が使われたのが、天正8年(1580年)~天正9年(1581年)の豊薩和睦である。つまり、近衛前久の家司で九州に直接縁があった伊勢貞知が、織田信長の命令によって上使として派遣されたのである。こうして、対毛利輝元の後背地にいる大友宗麟と島津義久の和睦は成立し、伊勢貞知は無事に帰ってきた。
豊臣期の伊勢貞知
この後、本能寺の変で織田信長が倒れて以降も、伊勢貞知は近衛家に仕えていた。とはいえ、近衛前久の息子・近衛信尹にも及んではいたのだが、どちらかというと近衛前久の弟・聖護院道澄の方が近しい存在であった。つまり、近衛家の家司であると同時に、出家した門跡・聖護院道澄の側近という、両属関係を結んだのである。
この結果、聖護院道澄の死後、近衛家と全く関係ない後任・興意法親王に付き従い、皇室との関係を持っていった。そして慶長15年(1610年)閏2月20日、息を引き取った。『伊勢系図』によれば、80代だったという。
関連項目
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