四十口径八九式十二糎七高角砲とは、大日本帝国海軍が運用していた対空砲(高射砲・艦砲)である。
四十口径八九式十二糎七高角砲は、1929年に設計を開始し、1932年に正式採用され大型艦を中心に幅広く装備・運用された。本砲ははじめて対空戦闘を最初から意識して作られた専用の対空砲である[1]。
本砲の最大の特徴として挙げられるのが、機械式装填装置と時限信管の自動調定装置であり、装填装置は発射速度を大とし、信管調定装置は「連合国が大戦末期の使用した近接信管を除けば」という前置きが必要であるが時限信管を使っての対空戦闘においては当時最良と言える手段であった。後の大戦中の日独の技術交流の際、ドイツ空軍が上記二種類の技術を詳細を希望したのである。性能としては悪くなく以後就役する駆逐艦の主砲にという動きもあったが、軍艦の設計を担当した平賀譲造船官が極めて保守的、無理解であり、駆逐艦の主砲として採用されなかったとも言い伝えられているが真偽は不明である。とはいえ当時の航空機の性能を考えると評価が分かれるとも言える。制式化以降は重巡洋艦、戦艦、空母に主力対空砲として装備されたが『信頼性は良いが旋回速度が遅く、艦載機の高速化に対応できない』といった不評も報告されている。
なお、大和型戦艦(主砲爆風防御[2])、一部の航空母艦(湾曲煙突から出る煤煙防御)、一部の重巡洋艦、松型駆逐艦(波浪避け)に装備された本砲には盾がつけられているが本砲は基本、発射機構、操作人員は剥き出しで運用されていた。
口径127mm
砲身5080mm(40口径)
砲身重量3050kg
砲架重量20トン(A1型)
俯仰角-7~90度
弾薬筒重量34.32kg
砲口初速720m/s
毎分8-14発
俯仰速度: 12度/秒
旋回速度: 6~7度/秒
最大射程14900m
最大射高9400m
有効射高7520m
砲身命数800-1500発
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最終更新:2025/12/06(土) 01:00
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