八九式中戦車

八九式中戦車とは、第二次世界大戦前の大日本帝国陸軍の戦車である。

概要

1929年10月に八九式軽戦車として制式化された車両だが、部隊配備後の改修等で日本陸軍の軽戦車の基準であった10トンを越えてしまい、1934年に八九式中戦車として再分類されたとされる。ただし、設計の段階で許容重量が当時の軽戦車の基準である10トンを超える「11トン以内」とする要求がされており、重量増が再分類の理由ではなかったという説もある。

(また、開発責任者だった原乙未生氏は、戦後に連合軍から受けた取り調べにて、八九式を開発する際に参謀本部から「輸送船に装備された補助クレーンでも簡単に積み下ろせるように12tにまとめて」といった指示を受けていたと当時を振り返っている。)

再分類の理由は置いといて、本兵器は制式化・実戦投入にこぎつけた初の国産戦車で満州事変から日中戦争・ノモンハン事件・そしてWW2緒戦までを戦った。後継戦車の配備に伴って後方警備に回されるようになったが、WW2末期の戦車不足の中、力及ばぬのを覚悟の上で再度戦場に送り込まれたりもしている。

開発経緯

WW1に並行して大日本帝国陸軍においても戦車部隊を保有すべしとの機運が高まり、10トン以下の軽戦車としてルノーFT17（仏）、10トンから20トンまでの中戦車としてマークA・ホイペット（英）を揃えた戦車隊が創設された。余談ながらこれは歩兵4個師団の削減と引換に決まったものであり、それだけ帝国陸軍は装備の機械化に熱心であったことの証でもある。さらに当時の日進月歩の戦車開発の流れを鑑み（この戦車部隊もアジア唯一の戦車部隊だったが、装備戦車はどちらもWW1終結後の余剰車両であり最新戦車は購入を拒否されている）、日本も自力でこれに追随すべきであるとの判断から戦車の国産化計画を推し進めることとなった。海外戦車も参考にしつつ官民あげてのオールジャパン体制で作り上げた試製一号戦車（1927）を経て、この八九式中戦車でいちおうの国産戦車配備を成し遂げることとなったのである。

設計と生産

大きく分けてガソリンエンジンを搭載した前期型である甲型とディーゼルエンジンを搭載した後期型である乙型に分類されるが、車体形状は甲型の中でも数パターンあり、その最後期型にディーゼルエンジンを搭載したのが乙型である。ここら辺のあまり統制とれてないツギハギ改修っぷりが平時の（そして、黎明期の）戦車を観る上での大きな魅力だと思うのは筆者だけだろうか。いずれにせよ10トン級の車体に100馬力ちょいのエンジンでアンダーパワーは否めず、路上でも最高速度は25km/h程度しか出せなかった。また故障もなにげに多く、日中戦争の際にはより設計が新しい九二式重装甲車（騎兵部隊が装備した軽戦車）に故障多発で置いていかれる屈辱も味わっている。

主砲は57ミリ戦車砲。前述の試製一号戦車の主砲のマイナーチェンジ版である。大元を辿れば、試製一号戦車の開発期間が短かく、新しく戦車砲を開発する時間もなかっため、当時所有していた輸入戦車の中で最も大きな火砲であった57ミリ戦車砲を元にしたことがこの砲の選定理由だった。

この時代の「戦車砲」とは「戦車を撃つ砲」のことではなく、「（機関銃陣地を破壊する役割の）戦車のための砲」のことであり、対装甲威力は殆ど無いに等しい。また初速も遅く弾道も曲射状態、「飛んでいく弾が見える」とまで言われたほどであり移動目標への攻撃も設計上想定されてなかった（が、ノモンハンでの日本戦車兵は名人芸を駆使して移動目標への部分狙い走行間射撃を実行していたりする）。副武装として6.5ミリ口径の機関銃を車体と砲塔後面に装備。この砲塔後面の機関銃装備は設計の参考にしたビッカースC型戦車（英）に倣ったもので、WW2前の日本戦車のお約束装備である。歩兵が来たときは砲塔ぐるっと回して機関銃を前に向けて撃つ、陣地を撃つときは砲を前に向けて撃つ、という塩梅。

装甲は全周17mm。なんでこの数字かというと、歩兵砲（歩兵部隊が保有する、最前線で陣地破壊等の直射射撃を行うための軽砲。この場合は日本陸軍が装備していた37ミリ砲のことである）に150メートル先から撃たれても大丈夫なように、ということで定められた数字なのだが、後の日中戦争の際には中華民国軍がチェコスロバキアから購入して装備していた7.92ミリ重機関銃の徹甲弾にバシバシ抜かれてかなりの損害を出している。

以下は中華民国軍から受けた損害の例である。
(弾着角は90度に近いほど垂直になり、0に近いと損害を与えにくくなる。侵徹量は弾がどれほど装甲板にめり込んだかの長さである。)

敵弾の種類	弾着角(度)	距離(ｍ)	侵徹量(㎜)	被弾部位	備考
7.92㎜機関銃(徹甲弾）	85	30	17	砲塔部に侵入	貫通との違いは不明
同上	35	30	16	車体正面
同上	55	30	15	砲塔銃眼部	砲塔後部の機銃周辺？
同上	45	30	15	側面燃料タンク部
同上	90	40	8	不明
同上	50	50	11	操縦手ハッチの継ぎ目
同上	35	50	8	不明
同上	25	50	4	不明
同上	80	70	14	不明
同上	86	70	13.5	不明
同上	85	70	12	不明
13㎜機関砲(徹甲弾)	90	200	貫通	不明	9発被弾、内1発が貫通。 その他傷跡
同上	30	200	8	不明
20㎜機関砲(徹甲弾)	90	250	貫通	不明	11発被弾、内４発貫通
37㎜対戦車砲(徹甲弾)	45	75	貫通	不明	300ｍ以内では角度に関係なく貫通
同上	30	500	弾痕は深さ3、幅18、長さ40	不明
37㎜対戦車砲(榴弾)	90	400	10	不明	へこんだ

生産は1930年代前半で終了、全タイプあわせて約400両ちょいである。

運用

初陣は満州事変。その後は上海事変・日中戦争に投入され、実戦で輸入戦車より優秀なことを証明した反面、中華民国軍が配備していた本格的な対装甲能力を持つ兵器の前にはかなりの損害を出している。対戦車兵器として設計された火砲への対処は元から想定されてなかった時代の車両なので仕方ないといえば仕方ないのだが、当初からアンダーパワー気味の車両にこれ以上の装甲強化を行うこともできず、適当な換装エンジンもなかったことから抜本的な対策はなされなかった。戦後の総括でも批判は機動力の欠如に偏り、総じて防御力の不足という問題を抱えたまま1939年に初の戦車戦となるノモンハン事件を迎えることとなる。

ノモンハン事件では1939年7月の第二次戦闘において、BT戦車・T-26軽戦車500両以上を擁するソ連軍相手に、4両の九七式中戦車・38両の八九式中戦車・35両の九五式軽戦車からなる日本戦車部隊が投入されている。上記の通り練度において圧倒的に上回り、また両軍の戦車の装甲も「どっちもどっち」レベルだったことからかなりの損害をソ連戦車部隊に与えているが、ソ連戦車の大半が装備している47ミリ砲の前には日本戦車の装甲はまったく用をなさず（ソ連戦車の装甲も薄かったが、57ミリ戦車砲ではよほど弱い所に当たらない限り致命傷は与えられなかった）、わずか4日で日本戦車隊はその半数を失って前線から引き下げられることとなってしまった。以後2ヶ月以上に渡って日本歩兵はソ連戦車部隊に対する苦闘を強いられることとなる。

第二次世界大戦でも一部の部隊で運用が続いており、序盤のフィリピン攻略戦でアメリカ軍のM3軽戦車と交戦している。制式化に10年の開きがあり、エンジン馬力で倍、機動力も正面装甲も倍、主砲の装甲貫徹力に至っては3倍から4倍以上の相手、もう何をか言わんや。そして大戦末期、このフィリピン戦の生き残り車両は上陸してきた米軍相手の戦闘に投入され……。

現在

現在において残存する八九式は、陸上自衛隊土浦駐屯地武器学校に保管されている乙型の1輌のみと言われている。この車両は自衛隊によってレストアされ、砲や機銃はダミーながら現在でも軽快な走行を目にすることが出来る。

さらに2012年、甲型がアニメ「ガールズ＆パンツァー」でアニメ化され、その萌える雄姿を余すところなく再現されている。

より知名度の高い九七式中戦車チハを差し置いて稼動車両が存在し、さらにアニメでは主人公たちの駆るⅣ号戦車までをも差し置いて萌え戦車No1の地位を不動のものにしており、チハの陰に隠れて知名度が低かった本車も、現在においてその存在感を放つようになった。

関連作品

動画

2:40～　八九式中戦車。上海事変等の報道でマスコミにつけられた渾名「鉄牛」がちらっと出てます。
戦前の子供たちにとって、「戦車」と言われて思い出す姿はこの八九式中戦車の姿でした。

エンジンと電装系は現代のモノに換装、砲塔はダミーですが他はホンモノです。
はるかなる後輩たちに囲まれてこれからも末永く元気であってほしいもの。

日本戦車の流れを解説してるシリーズの八九式軽戦車の回（左）八九式中戦車の回（右）

静画・MMDモデル

関連項目

• 軍事
• 大日本帝国 / 大日本帝国陸軍
• 第二次世界大戦/太平洋戦争
• 戦車 / 中戦車 / AFV / 軍用車両の一覧
• 九七式中戦車/一式中戦車/三式中戦車/四式中戦車/五式中戦車
• 八九式重擲弾筒/四十口径八九式十二糎七高角砲
• ガールズ＆パンツァー/アヒルさんチーム
• 西住小次郎