愛国行進曲とは、昭和12年(1937年)に発表された行進曲である。
曲調(特に第二番)から軍歌とも言われやすいが、実際は(国威発揚の狙いはあるものの)軍歌ではなく、特にその区別をよく分かってない者が多い現代ではよく混同されるが、全くの別物である。また、発案時の意図から「第二国歌」「国民歌謡」と呼ばれることもある。
1937年といえば支那事変(日中戦争)が起こった年であり、これを受けて「国民精神総動員」というスローガンの下、日本が一丸になろうとした時代である。
本歌もこの国民精神総動員から発案された歌であり、「国民が永遠に愛唱すべき国民歌」として国民から歌詞と旋律を募って製作された。
そうしてこの曲のために全国から送られてきた6万点の歌詞を北原白秋や島崎藤村といった文豪人などが審査し、そして歌詞を補作し、これに全国から届いた1万点の旋律から瀬戸口藤吉(軍艦行進曲や艦隊勤務の作曲者)の旋律がつけられて発表された。
ただ、選ばれた歌詞は作詞者の若い歳と比べてあまりにも内容が立派であり、歌詞のほとんどは審査員の手によるものだという。
また瀬戸口は旋律を作った当時70歳にして病床にあり、「最期のご奉公」としてこの曲に旋律をつけ、その4年後に亡くなった。
発表された本曲は内閣情報部のお墨付きの元著作権フリーで公開されたため、コロムビアレコードを始め各社が様々な形態(独唱・斉唱・合唱etc)でレコードを販売し、日本全土で100万枚以上も売り上げられた。またその性質上軍民問わず歌われ、これが東南アジアを解放した日本軍によって現地にも広まったため、今でも東南アジアではこの旋律や歌詞を元にした曲が歌われることがあるという。
壱
見よ 東海の空明けて 旭日髙く輝けば 天地の正気溌溂と 希望は躍る大八洲
おお 晴朗の朝雲に 聳ゆる富士の姿こそ 金甌無欠揺るぎなき 我が日本の誇りなれ
※大八洲(おおやしま):大八洲国とも書き、日本全土のこと。なお「八」は概数であり、「多くの~」と同義である。
※正気(せいき):物事の根本をなすといわれる気、もしくは正しい気風のこと。それが溌溂(活き活きと)しているのである。
※金甌無欠(きんおうむけつ):甌とは液体などを入れる瓶(かめ)のこと。欠けがなく完全なさま。また他国から一度も侵略を受けたことのない強国の意。事実日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦では負けておらず、国連の常任理事国を務めるなど金甌無欠だった。
弐
起て 一系の大君を 光と永久に戴きて 臣民我等皆共に 御稜威に添わん大使命
往け 八紘を宇となし 四海の人を導きて 正しき平和打ち立てん 理想は花と咲き薫る
※御稜威(みいつ):天皇家が持つ威光。この頃の軍事作戦は天皇の勅令(大使命)を大本営が発表するという方式を取っていた。
※八紘を宇となし:「八紘一宇」の字で有名。八紘とは八方の世界を示し、これを一つの宇とするという考え方。元々は神代に神武天皇が発した令であり、この意味においての八紘は古代日本の地方豪族を示すが、色々あって大東亜共栄圏の標語になった。
参
いま 幾度か我が上に 試練の嵐哮るとも 断乎と守れその正義 進まん道は一つのみ
嗚呼 悠遠の神代より 轟く歩調受け継ぎて 大行進の行く彼方 皇國常に榮えあれ
※試練の嵐:実際、この曲以前に関東大震災や世界恐慌が起きて日本経済はかなり危うくなっていた。また日露戦争によって南下政策を強めたロシアや、アジアの植民地化を進める西洋諸国など多くの試練に見舞われていた。
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最終更新:2025/12/16(火) 17:00
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