間接適用説とは私人間効力論の1つで、私人と私人の間の争いにおいて私人に対し法律の適用を通じて憲法が間接的に適用されるという考え方である。間接効力説ともいう。
日本国憲法には私人と私人の間の争いにおいて私人に対し直接的に適用される条文があり、第15条第4項と第18条と第24条第1項と第26条第2項と第27条第3項と第28条の6つがそれに該当する。
それら以外の条文の中で人権を保障する条文のことを仮に「憲法の一般的人権保障条文」と呼ぶとする。
憲法の一般的人権保障条文の精神を受け継いだ法律が制定されることがある。例えば労働基準法第3条で、憲法第14条第1項や憲法第19条や憲法第20条第1項の精神を受け継いだ法律である。そうした法律がある場合は、私人と私人の争いが起こったときに私人に対してその法律を適用すればよい。しかし、国会は1年に7ヶ月ほどしか開かれておらず、国会が法律を制定するときには熟議を行わねばならないので、国会が制定できる法律には限りがある。
「憲法の一般的人権保障条文」の精神を受け継いだ法律が制定されていない状況で、私人と私人の間の争いにおいて私人に対し法律の適用を通じて「憲法の一般的人権保障条文」を適用することを間接適用説という。
「憲法の一般的人権保障条文」は本来なら政府と私人の間の紛争で政府に対して適用されるものであり、政府の行動を制限するものである。間接適用説は、そうした「憲法の一般的人権保障条文」を私人に対して適用することにより私人の人権の保護を強化するものである。
20世紀以降になって、国家の中の私的な大規模組織(政党・民営企業・労働組合・私立学校・宗教団体など)が増えてきて、社会的権力を持った強大な私人が出現してきた。そうした存在が行う人権侵害に対して憲法が対処するべきではないか、という声が増えてきた。間接適用説はそうした声に応えるものである。
日本国民の人権意識に関する国や地方公共団体の様々な調査によると、人権侵害としてまず意識されているのは隣人という私人のものである[1]。そうした実態があるため、間接適用説によって私人の人権侵害を防止するのは国民の要請に応えるものといえる。
間接適用説における主な手法は、民法第90条の公序良俗規定の「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする」を適用しつつ、憲法の人権規定を適用することである。
裁判所に対して私人が企業という私人に対して「男性の定年は55歳、女性の定年は50歳」と定めた就業規則を不服とした訴えを起こしたら、まずは民法第90条を適用し、その際に「憲法の一般的人権保障条文」の精神を理由とする。そうやって「憲法第14条の法の下の平等に反していて民法第90条の公序良俗に反しているので就業規則は無効である」という判決を出すことができる。
私人と私人の間の争いは原則として私的自治にゆだねられるべきであるが、私人が私人に対して「憲法の一般的人権保障条文」の精神を社会的に許容できる範囲を超えて侵害する場合は、民法第90条を適用する形式を採用できる[2]。
間接適用説の欠点は、法律行為[3]ではなく純然たる事実行為[4]で人権侵害を行う案件では民法第90条を用いての間接適用が難しい、というものである。
私人Aが私人Bに対してのみ差別的に一切相手をせず無視を続けて私人Bに対して不利益を発生させたとする。私人Aの行為は法律行為ではなく事実行為なので民法第90条を適用することができない。私人Aの行為は民法第709条の「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う」を適用する道があるが、行為の違法性を証明することが困難な場合があるので、民法第709条を適用して憲法価値を実現できる例は、限られたものにならぎるを得ない。
1963年3月に大学を卒業した原告Aは、「3ヶ月の試用期間の後に雇用契約を解除できる権利を留保する」という条件で三菱樹脂株式会社に採用された。原告Aは「大学在学中に学生運動に参加したことがあるか」と採用試験の際に尋ねられており、その時点ではこれを否定していた。
その後の三菱樹脂側の調査で、原告Aがいわゆる60年安保闘争の学生運動に参加していたという事実が発覚した。このため三菱樹脂は「本件雇用契約は詐欺によるもの」として、試用期間満了に際し原告Aの本採用を拒否した。
これに対し、原告Aが雇用契約上の地位を保全する仮処分決定を得た上で、「三菱樹脂による本採用の拒否は被用者の思想・信条の自由を侵害するもの」として、雇用契約上の地位を確認する訴えを東京地方裁判所に起こした。
政府が思想や信教を理由として採用を拒否したり職員を解雇したりすることは、憲法第19条や憲法第20条で禁じられている。それと同じように企業という私人の行為を規制できるかどうかが焦点となった。
最高裁は「憲法の規定は、同法第三章のその他の自由権的基本権の保障規定と同じく、国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もっぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない」と述べて、私人間効力論の直接適用説を否定した。
続いて「私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに対する立法措置によつてその是正を図ることが可能であるし、また、場合によっては、私的自治に対する一般的制限規定である民法1条、90条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によって、一面で私的自治の原則を尊重しながら、他面で社会的許容性の限度を超える侵害に対し基本的な自由や平等の利益を保護し、その間の適切な調整を図る方途も存するのである」と述べて、間接適用説を支持した。
そして「労働基準法3条は労働者の信条によつて賃金その他の労働条件につき差別することを禁じているが、これは、雇入れ後における労働条件についての制限であって、雇入れそのものを制約する規定ではない。また、思想、信条を理由とする雇入れの拒否を直ちに民法上の不法行為とすることができない」と述べて、私人が採用試験の際に思想や信教を尋ねることや思想や信教を理由として採用を拒否することは、社会的許容性の限度を超えておらず、民法の適用を通じて違憲とするほどのものではない、と判断した。
さらに「留保解約権に基づく解雇は、これを通常の解雇と全く同一に論ずることはできず、前者については、後者の場合よりも広い範囲における解雇の自由が認められてしかるべきものといわなければならない」と述べて、原告Aが受けた「留保解約権に基づく解雇」に対して直ちに労働基準法第3条を適用しなかった。
「留保解約権の行使は、上述した解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許されるものと解するのが相当である」と述べ、「高等裁判所での判決はこの点に対する審理が十分に尽くされていない」として高等裁判所判決を破棄して高等裁判所に差し戻した。そして高等裁判所での審理中に原告と三菱樹脂が和解して決着した。
私立大学の昭和女子大学は「生活要録」という学生規則を定めていた。学生Aと学生Bが、無許可で国会に提出された法案に対する反対署名運動を行い、無許可で学校外の政治団体に加入申請したが、これは「生活要録」に反する行為だった。
大学側はこれらの行為を説得して制止しようとしたが、学生Aと学生Bは対決姿勢を示した。そのため、大学側は2人を退学処分にした。これに対して、2人は身分確認訴訟を起こし、大学の処分は憲法第19条に違反していて違憲であると主張した。
最高裁は「私立大学のなかでも、学生の勉学専念を特に重視しあるいは比較的保守的な校風を有する大学が、その教育方針に照らし学生の政治的活動はできるだけ制限するのが教育上適当であるとの見地から、学内及び学外における学生の政治的活動につきかなり広範な規律を及ぼすこととしても、これをもつて直ちに社会通念上学生の自由に対する不合理な制限であるということはできない」として、社会的許容性の限度を超えておらず、民法の適用を通じて違憲とするほどのものではない、と判断した。
女性であるAの勤務先の日産自動車では、定年を男性55歳、女性50歳とする就業規則が定められてた。50歳が近づいたAは、日産自動車から退職を命ずる予告がされたため、男性と女性の定年年齢が異なる就業規則は憲法第14条第1項の法の下の平等に違反するとして訴訟を提起した。
最高裁は「上告会社の就業規則中女子の定年年齢を男子より低く定めた部分は、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものであり、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法九〇条の規定により無効であると解するのが相当である(憲法一四条一項、民法一条ノ二参照)」と述べ、会社の就業規則が社会的許容性の限度を超えていて、民法第90条の適用を通じて違憲とするに値する、と判断した。
この最高裁判決から18年後の1999年になって男女雇用機会均等法が改正され、同法第6条で男女別定年制の禁止を定めたため、男女別定年制に関して間接適用説で憲法判断する必要がなくなった。
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最終更新:2025/12/05(金) 21:00
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