お気持ち表明(平成の天皇)とは、2016年(平成28年)に天皇が自らの高齢を理由に譲位を表明した「おことば」である。
概要
2016年7月13日、NHKニュースで第一報が流され、翌月8月8日の午後3時から天皇本人がテレビ出演し、「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」を10分あまりにわたって読み上げた。マスコミはこれを「お気持ち」と題して一斉に報道し、特例法の制定を経て、2019年4月30日をもって平成の天皇の退位が実現した。江戸時代の光格天皇以来200年ぶりの生前退位である。
天皇が皇太子に皇位をあっさり譲っただけの出来事のように見えるが、天皇自ら超法規的な処置を望む発言は違憲の可能性もあった。また天皇の口から象徴天皇についての在り方が言語化されたことで皇室の存在意義を再度捉え直す事件となった。この件をきっかけに自分の意見や感想をSNSに投稿することを不敬にも「お気持ち表明」と呼ぶネットスラングも誕生した。
ちなみに天皇の仕事はなかなかに激務である。法で定められた国事行為や宗教人としての宮中祭祀の仕事量もなかなかだが、平成の天皇は国民に寄り添いたいとの想いから行幸啓(天皇と皇后が二人で遠征すること)を数多く行うようになっていた。天皇の一挙手一投足に周囲からの厳しい視線と重たい責任が伴い、プレッシャーも計り知れない。70代の高齢でこの質、量の仕事をこなしていたのは驚嘆に値する。
全文
戦後70年という大きな節目を過ぎ、二年後には平成30年を迎えます。私も80を超え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩みを振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇という立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来たことを話したいと思います。
即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置付けられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たなる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。
そのような中、何年か前のことになりますが、二度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚えるようになった頃から、これから先、従来のように重い勤めを果たすことが困難になった場合、どのように身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるかにつき、考えるようになりました。既に80を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰えを考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の勤めを果たしていくことが、難しくなるのではないかと案じています。
私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした。
天皇の高齢化に伴う対処の方法が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくなった場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分にその立場に求められる責務を果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりはありません。天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ二ヶ月にわたって続き、その後葬儀に関連する行事が一年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避ける事はできないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。
始めにも述べましたように、憲法の下、天皇は国政に関する権能を有しません。こうした中で、このたび我が国の長い天皇の歴史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり、相たずさえてこの国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的に続いていくことをひとえに念じ、私のお気持ちをお話しいたしました。国民の理解が得られることを、切に願っています。
特例法の制定と国民世論
現在の皇室典範の第四条には「天皇が崩じたときは、皇嗣が、ただちに即位する」とある。天皇は終身在位でなければならず、生前退位は認められない。健康上の理由で政務が摂れない場合は摂政を置くと定めている。実際に昭和天皇は父の大正天皇に代わって天皇の仕事をこなしていた。
天皇の退位にいかに道理があろうが、生前退位を認めてしまうと天皇が越権行為を政府が後追いで是認するというあからさまな憲法違反になってしまう。そのため2016年9月、政府は「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」を立ち上げた。議論の方向性としては①皇室典範を改訂して生前退位を書き加える、②特例法を制定し、今回のみに限り生前退位を認可する、③生前退位は認めないの3択に絞られた。結局、①に考慮しつつの②の案がとられ、翌年に「天皇の退位等に関する皇室典範特例法」が国会で成立した。特例法により「上皇」の称号が久方ぶりに復活する。一方、皇后が退位後に就く「上皇后」という称号は史上初めてのものであった。
2017年12月に朝日新聞が行った世論調査によると、天皇陛下の退位に「賛成」が91%、「反対」が4%。退位日が決まったことについて「よかった」が89%、「よくなかった」が3%と圧倒的支持を受けている。また「今の天皇陛下だけが退位できるようにするのがよいと思いますか。今後のすべての天皇も退位できるようにするのがよいと思いますか」という質問には一代のみを意味する「今の天皇陛下」と答えたのはわずか15%で、「今後のすべての天皇」と答えたのは69%に上った。また翌年に行われた世論調査では特例法に対する賛否は「賛成」が63%、「反対」が27%となった。
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