コナミ矩形波倶楽部とは、ゲーム製作会社コナミに存在していたサウンドチームである。
グラディウスや悪魔城ドラキュラなどの音楽を担当していた。
※「短形波」ではなく、矩形波(くけいは)である。
概要
コナミのサウンドチームは初期から音に対するこだわりに定評があり、例えば矩形波の扱いに富んでいた。ファミコン音楽において矩形波の周波数をアタック部のみ切り替えることで音色を変えたり、2チャンネル使用してディチューンした波形を重ねるなどといった特殊なテクニックを初期から使用しており、他社と一線を画していた。
そうした背景のなか、他社で次々にゲーム音楽作曲部門のバンド結成が相次いだ頃、その流れの中に乗る形で結成されたのがバンドとしての『コナミ矩形波倶楽部』であった。1990年頃にはサウンドチームの名前自体にもなり、バンド名は場合に応じて「矩形波倶楽部」と呼び分けられたりすることとなったらしい。
こだわりの一端がわかるエピソードとして、コナミ矩形波倶楽部のあった頃のチーム内においては評価会というチェック体制が敷かれており、完成した楽曲を何度も聴いてもらい意見を集めるという流れがあった、というものがある。
また、前述のような音色のこだわりの一環の中で、一部のソフトに拡張音源と呼ばれる独自の特殊なチップを開発・搭載していたことでも知られる。
アーケードゲーム用基盤やMSX向けソフトでは、1986年ごろより波形メモリ音源5音を拡張する「SCC」という拡張音源を制作し使用していた(アーケード『悪魔城ドラキュラ』(1988年2月稼働開始)、MSX『グラディウス2』(1987年8月22日発売)など)。
また、基本的に矩形波2音と三角波1音の3和音+ノイズ+DPCMという限られた音数しか出すことができなかったファミリーコンピュータでは、DPCMをドラムに回して音圧を上げる一方で、『悪魔城伝説』(1989年12月22日発売)・『魍魎戦記MADARA』(1990年3月30日発売)・『エスパードリーム2 新たなる戦い』(1992年6月26日発売)などでは同時発音数を3音(矩形波2音+のこぎり波1音)拡張した「VRC6」を使用、『ラグランジュポイント』(1991年4月26日発売)ではファミコン史上で唯一、FM音源を搭載した「VRC7」を搭載するなど、文字通りファミコンの限界を突破するサウンドも展開していた。
ただ、その楽曲群が魅力的であるのは、拡張されたその圧倒的なサウンドもさることながら、元来の高等な技術や力、丁寧で途方もないこだわりがあったために他ならない。先述したように拡張音源を使用しない場面でも音の出し方にこだわりを持っており、現に、拡張音源が仕組み上搭載できないNES(海外版ファミコン)版の同じソフトの音楽を聴き比べても、大きな聴き劣りはしないのである。
舞台をPCエンジンやスーパーファミコン、X6800ほか次世代機に移して以降もなおそうしたサウンドへのこだわりは続き、「ときめきメモリアル」などにもクレジットされていたコナミ矩形波倶楽部だが、ゲーム音楽を取り巻く環境の変化や、メンバーの退社などによって次第に活動を縮小。
今でも権利上の都合から稀にクレジット表記がされることはあるが、サウンドチームとしてのコナミ矩形波倶楽部は最後のメンバーであるミッシェル古川(古川もとあき)の2003年の退社をもって完全に終了している。
メンバー
- ミッシェル古川(古川もとあき)
- エンゾニック前田/NAOKI(前田尚紀)
- ルーズベルト泉(泉陸奥彦)
- MIKI-CHANG(東野美紀)
- プロフェット深見(深見誠一)
- むちむちぷりん聡子(宮脇聡子)
- テクノウチ/Technouchi(竹ノ内裕治)
- メタルユーキ(斎藤幹雄)
- J_KANE(兼田潤一郎)
- その筋森本(森本ゆきえ)
- 船橋淳
- なぞなぞ鈴木
- あといっぱいいる
解散後は同社のbeatmaniaシリーズにてプロデューサーやコンポーザーとして活躍しているメンバーも多く、伝説のサウンドチームとして名を残している。
関連動画
サウンドテスト
『コナミのピコカキコ一覧』も参照。
関連項目
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