ゲーメストとは、かつて存在したアーケードゲーム専門の雑誌である。
概要
1986年4月創刊。1999年9月30日号をもって廃刊。
名前の由来は「ゲーマー(gamer)」を比較級と掛けて最上級をあらわした造語である。
非常に濃厚な攻略記事が掲載されていたのが特徴で、当時のアーケードゲーマーのバイブルになっていた。
「ストリートファイターII」の大ヒットに伴い(厳密に言うと、ゲーメストがヒットの仕掛け人でもある)、発行部数が激増した。一時は全盛期のファミ通に迫るほどの数字を記録したという。
末期でも黒字をキープしていたのだが、発売元の新声社があえなく倒産し、廃刊に追い込まれた(本社ビル建設のための借入金が返済出来なくなったのが理由だという)。
廃刊後は一部のスタッフがエンターブレインへ移り、「月刊アルカディア」を創刊した。そのため、事実上月刊アルカディアはゲーメストの後継雑誌である。
攻略記事
他のゲーム雑誌が新作ゲームの紹介や基本的な攻略法の紹介に留まっていた中、ゲーメストに掲載される攻略記事は一線を画しており、もはや研究発表と言ってもいいほどの濃厚な内容だった。
これは、巷のゲームセンターのハイレベルなプレイヤーが引き抜かれてゲーメストのライターになっていたからである。そのため記事内容もゲーマー目線で読者との距離感が近く、現在のゲームセンターの最先端の情報が得られる雑誌になっていた。
本誌の存在から「めくり」などの新語も生まれ、現在でも広く用いられている。
ライターがやり込めば記事内容も増えるため同じゲームでもキャラクターごとに記述量が違ったり、ライターの愛着のあるゲームやキャラクターの攻略が細々と続くようなこともあった。
全盛期はページ数が増え過ぎて、中綴じの本が簡単に崩壊してしまうほどの厚みになっており、そのことも度々ネタにされた。
誤植
ゲーメストといえば、「インド人を右に」などの誤植がとにかく多いことで知られた雑誌でもある。このことについて、かつてゲーメストで編集者として働いていた松井ムネタツ氏が以下のように述懐している。
当時のゲーメストはライター全員が手書き原稿であり、しかも酷い悪筆だった。
原稿は写植オペレーターが入力して写植を作り版下に貼り付けていくのだが、オペレーターはゲームに詳しいわけではないので、解読不能だと適当な文字をとりあえず入れる。
編集部で校正出来れば良いのだがその時間もなく、結果的に誤植が増えてしまう。
そこで松井氏は、編集部で手書き原稿をPC入力することにした(読めない文字をライターに直接聞けるメリットもあった)。その一方でライターにもPCでの原稿作成を依頼し、ゲーメストのデジタル化は急速に進んだ。
ところが、変換ミスが多発し、しかもデジタル入稿なら締切が延ばせるとライターが(悪い意味で)学習してしまい、編集部が校正する時間が相変わらず確保出来なくなってしまったのだそうだ。
関連動画
関連商品
関連項目
- 新声社
- 月刊アルカディア
- 誤植
- 気合避け
- コミックゲーメスト
- 氏賀Y太 - 当時のPNは「古葉美一」。「アンダーカバーコップス」「豪血寺一族2」を連載。
- 伊藤真美 - 「ウォーザード」を連載。
- 中平正彦 - 確かみてみろ!「ストリートファイターZERO」「さくらがんばる!」を連載。
- 吉崎観音 - 「出たな!!ツインビー」を連載。
- 雑君保プ - 「ワールドヒーローズ2」を連載。狂人枠その1
- G=ヒコロウ - エッセイ漫画「みんなはどぅ?」を連載。狂人枠その2
- 車田正美 - 「サムライスピリッツ」連載予定だったが企画のみで終了してしまった。
- 荒川弘 - 当時のPNは「エドモンド荒川」。「ゲーパロ4コマグランプリ」などにたびたび投稿していた。
- 墓ギース - 正式名「ギース・ボヒョー・ハワード」。作者は奥村春夫。「ゲーパロ4コマグランプリ」で人気を博した。
関蓮リンク
- ゲーメスト - Wikipedia (「ゲーメストと誤植」の節は要チェック)
- ゲーメスト誤植テソプレ
- 17
- 0pt