人間の文化的営みのうち、生活上の実利よりもむしろ美や趣きといった内的価値によって人の心を動かしてきた諸分野(美術、音楽、文芸、演劇、舞踊などなど)を、通常芸術と呼んでいる。
いかに人の心へはたらきかけるかというものである以上、あまりに人々の感覚からして異端であったりシュールな手法や作品に対しては辛辣・否定的な意見が投げつけられることが多いが、作者の死後に「世に出るにはウン十年早すぎたのだ…(合掌)」などとして高く評価されるパターンも意外とあったりするので、もしかしたら数百年後には思いもしないものが芸術作品として認知されているかもしれない。
そのため、自らの理解を超えるものに対して、とりあえず「ああ、芸術的だね・・・」と皮肉っておく人もいる。
なお、ネットや各種雑誌などで各種作品に対するレビューの蓄積が進む昨今では、自分で観たこともないのにこれは名作だの駄作だの分かったふりをしてランキングをつけて煽る人が増えている。恥ずかしいからやめよう。
社会哲学や文化論の世界では、人間社会で共有され継承される価値を技術(実利)的価値、芸術的価値、学術的価値、思想的価値などに分けてみたりする。
しかし、人間の行為がもつ価値は一重ではないので、本質的なことを言ってしまえばあらゆる営みはある程度芸術であって、ある程度芸術ではないのだということもできる。
例えば、料理を美味しく作ろうとする行為一つをとっても、技術的追求も芸術的追求も含まれる(もちろん通常料理人を芸術家とは言わないのだが)。栄養学などの知的(学術的)追求とも不可分である。
大衆娯楽と呼ばれて発達したもの(お笑い、スポーツイベント、映画、ゲーム、ニコニコ動画など)は芸術分野に分けることもできるが、実際現在の私たちのイメージ上では芸術的価値(美、趣き)と娯楽的価値(楽しさ、ユーモア)とを何となく区別している。だがもちろん、特定の作品をとってきてこれは芸術作品でありこれは娯楽作品であるとちゃんと線引きすることは不可能である。伝統的な手法にこだわる芸術家もいれば、そんなことに囚われず各種製作に携わる作者さん達もおり、芸術に対する考え方は千差万別と言える。
「東京藝術大学」や「文藝春秋」など、現在の日本においても敢えて略字「芸」ではなく旧字にこだわる個人・団体も多い。
これは、元々「藝」のほかに「芸」という字があり、「藝」のほうが草木を植えることや熟練の技、「芸」のほうが草を刈ることや人前で演技することを指したという事情に由来している。
現在、略字が同一になってしまったため、二つの字の意味は一緒くたになって使われている。
絵画(描画・影絵・コラージュ等)、版画、彫刻、書道、生け花など。
土着音楽、クラシック音楽、ジャズ、ポップス、フォーク、合唱音楽、劇伴音楽など。
ダンス、雑技ショー、能・歌舞伎、オペラ、人形劇、近代劇、コント、講談・落語など。
伝統工芸、創作料理、茶道、建築、造園、インテリアデザインなど。
写真作品、コンピュータグラフィック、映画・ドラマ、アニメーション、そのほか複合的映像コンテンツ(ショートフィルム・TV番組やCM作品・ゲームソフト等)など。
掲示板
277 ななしのよっしん
2024/10/17(木) 17:40:40 ID: N6pyIX6+mD
そこになにかしらの「美」ってもんを感じたなら芸術なんじゃないですかね
知らんけど
278 ななしのよっしん
2024/11/30(土) 22:54:18 ID: GppU0NFay1
9億円以上で落札された「壁にバナナをガムテープで貼り付けただけ」のアートはなぜ芸術的に価値があるのか?
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279 ななしのよっしん
2024/12/02(月) 21:22:00 ID: M8aG63mj2q
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最終更新:2025/01/02(木) 20:00
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