MotoGPにおいてマップ(map)とかマッピング(mapping)という言葉は、以下のものを指す。
- エンジン主軸の回転をコンピュータ制御する技術が持つ諸機能の設定。「トラクションコントロールのマップ(マッピング)を決める」などという文章で使われる。
- エンジン主軸の回転をコンピュータ制御する技術が持つ諸機能の設定をひとまとめにしたもの。通常、3種類のマップ(マッピング)がチームによって作成され、それらの中から最適なものをライダーが決勝レース走行中に選択する。
2.の概要
定義
MotoGP界隈では、エンジン主軸の回転をコンピュータ制御する技術のことを「電子制御」と呼ぶ。
電子制御の諸機能の設定をひとまとめにしてライダーが走行中に選択しやすいようにしたものは、マップ(map)とかマッピング(mapping)と呼ばれている。
走行中にマッピングを選ぶ
2016年から最大排気量クラスは電子制御ソフトが統一された。2016年以降における最大排気量クラスの各チームは、決勝レースが始まるまでに3つほどのマッピングを作成している[1][2]。
ライダーが跨がるマシンの左ハンドルには、色んなボタンがついている(画像)。決勝レース中に、左手親指でボタンを押して、3つのマッピングから最適なものを選び、そのマッピングに変える。
2017年から、ライダーが跨がるマシンのダッシュボード(インパネ。こういう画面)にチームからのメッセージが表示されるようになった。チームからのメッセージの中には「このマッピングを選択せよ」というものがある。この動画の1分20秒頃や2分20秒頃に、走行中のライダーに向かって「MAPPING 3」というメッセージが出たシーンが紹介されている。
エンジンパワーが強いマッピングと、エンジンパワーが弱いマッピング
MotoGP最大排気量クラスの各チームが作成するマッピングは3種類あるというが、どのような差異があるのだろうか。
もっともありがちなのが、「エンジンパワーが強いマッピング」と「エンジンパワーが強くもなく弱くもないマッピング」と「エンジンパワーが弱いマッピング」にする、というものである。
エンジンパワーが強いとコーナー立ち上がりや直線で速くなる。しかし、リアタイヤを多くスピン(空回り)させてリアタイヤを痛めつけるという欠点もあるし、ガソリンを激しく消費するという欠点もある。
エンジンパワーが弱いとコーナー立ち上がりや直線で遅くなり、ライバルに置いていかれる。しかし、リアタイヤのスピン(空回り)が減ってリアタイヤを長持ちさせるという長所もあるし、ガソリンの無駄遣いを抑えるという長所もある。
※この項の資料・・・記事1
マッピングの切り替え
「エンジンパワーが強いマッピング」を強マップ、「エンジンパワーが強くもなく弱くもないマッピング」を中マップ、「エンジンパワーが弱いマッピング」を弱マップと呼ぶことにする。
そうしたマップをどのように切り替えるのか、いくつか例を挙げてみよう。
強マップから始め、中マップに切り替え、弱マップに切り替える
もっともありがちとされるのが、強マップでレースを始めるというものである。
スタート直後からレース序盤はゴチャゴチャしているので、強マップにして力強いエンジンパワーで他車を抜いていく。
レース中盤になってリアタイヤが消耗し、リアタイヤのスピンが増えてくる。近頃のMotoGP最大排気量クラスのマシンのダッシュボードにはリアタイヤのスピンがどれくらいか表示される。そうなったら中マップに切り替える。さらにリアタイヤが消耗してスピンするようになったら、弱マップに切り替える。
ダンロップタイヤの残存が気になる場合は、弱マップから始める
2018年ごろから2020年現在に至るまで、MotoGP最大排気量クラスでしばしば語られていることは、ダンロップタイヤゴム残存問題である。
レース決勝日の日曜日は、Moto2クラスの決勝が行われてから最大排気量クラスの決勝が行われる。ダンロップタイヤを履いたMoto2クラスのマシンが路面に残したゴムと、最大排気量クラスの各マシンが装着するミシュランタイヤの相性が非常に悪く、最大排気量クラス決勝の最初はグリップが悪いのだという。
Moto2クラスのマシンが路面に残したダンロップタイヤゴムの影響を気にするライダーは、弱マップでレースを始める。決勝の序盤が終わって、路面上にミシュランタイヤのゴムが乗り始めたら、中マップや強マップに切り替える。
燃費の厳しいサーキットは、弱マップから始める
2016年以降の最大排気量クラスの燃料は22リットルであり、燃料にさほどの余裕があるわけではない。燃費に厳しいサーキットでは、燃費を考慮した走りをしなければならない。
MotoGPが開催されるサーキットの中で燃費に厳しいとされるのは、ツインリンクもてぎ、レッドブルリンク、ロサイル・インターナショナルサーキットの3つである。
燃費に優しい走りというと、誰かの後ろについてスリップストリームの恩恵を受けながら走る、トラクションコントロールを効かせてリアタイヤのスピンを抑える、というものがある。もちろん、弱マップを選択するというのも効果的な方法である。
燃費に厳しいサーキットでは、レース序盤に弱マップを選択し、ペースを落としてひたすら我慢する。レース中盤になって中マップや強マップを選択し、一気に勝負を賭ける。
ガス欠が近づいてきたら弱マップに切り替える
燃費の厳しいサーキットでリアタイヤを多くスピンさせてガソリンを無駄遣いしてしまった場合、ガソリン残量が厳しくなってくる。
そうなるとダッシュボードに「このままではガス欠します」という表示が出る。そういう場合、ライダーは、再び弱マップに切り替える必要がある。ただし、レースの終盤で他ライダーと競り合っているときは、弱マップに切り替えたくないという気持ちも強くなるだろう。
2019年日本GPは燃費に厳しいツインリンクもてぎで開催された。マルク・マルケスは絶好調で決勝レースも一人旅していたが、残り1.5周でダッシュボードに「あと3周でガス欠する」という警告表示が出た(記事)。レース後のマルクはやっぱりガス欠し、ハフィズ・シャリーンに押してもらってピットに帰っている(画像1、画像2)
2015年以前の最大排気量クラスでは、各メーカーが独自の電子制御ソフトを作っていた。どこのメーカーのソフトも高性能で、残りの距離とガソリン残量から最適なマッピングを自動的に選択していた。ちなみに、こういう自動変更を適応戦略(adaptive strategies)という。
2016年以降の最大排気量クラスは統一電子制御ソフトで、マッピングは3つだけだし、「残りの距離とガソリン残量から最適なマッピングを自動選択する」ということが許されず、マップの切り替えはライダーがボタンを押して自分で行わねばならない。
マップを切り替えないこともある
レースを通じて、同じマップで走り続けることもある。
カル・クラッチローは、2018年8月9日のCrash.net記事で、「今年はすでに10戦を消化したが、全くボタンを押さずに同じマップで走り続けたレースがいくつかある」と語っている。
ダニ・ペドロサも、2018年8月9日のCrash.net記事で、「金曜日や土曜日の練習走行でマップを洗練する。日曜日の決勝は、タイヤのグリップが予想以上に落ちたときのみ、マップを変更する」と語っている。「最善のマップ」を作り上げて、それだけで戦い抜くのが好みのようである。
資料
2018年8月9日Crash.net記事(マップ切り替えについてのインタビュー)、2016年2月16日Crash.net記事(コラード・チェッキネリインタビュー、統一電子制御ソフトには適応戦略がなく手動でボタンを押す)
2017年ホルヘ・ロレンソMAPPING8事件
2017年のシーズン最終盤となるマレーシアGPとバレンシアGPで、ドゥカティワークス所属のホルヘ・ロレンソが乗るマシンのダッシュボードに、MAPPING 8 という表示が出て、大いに話題となった。
マレーシアGP
2017年の第17戦マレーシアGPの前の状況は、ランキング1位にレプソルホンダのマルク・マルケスがいて、33ポイント差のランキング2位にドゥカティワークスのアンドレア・ドヴィツィオーゾがつけていた。
マレーシアGPを終えると残り1戦となるので、マレーシアGPを終えた時点でポイント差が26ポイント以上だとマルク・マルケスのチャンピオンが決まってしまう。
そんな状況でレースが始まり、雨天のコンディションのなかマルク・マルケスは13ポイントを獲得できる4番手を慎重に走行していた。一方、アンドレア・ドヴィツィオーゾは20ポイントを獲得できる2番手を走っていた。そのままレースが終わるとポイント差は26ポイント差になり、マルク・マルケスのチャンピオンが決まってしまう。
アンドレア・ドヴィツィオーゾの前を走っていたのは、ドヴィと同じドゥカティワークスに所属するホルヘ・ロレンソだった。レースが残り6周となるとき、ホルヘのマシンのダッシュボードに「SUGGESTED MAPPING:MAPPING 8」という不思議な表示が現れ、ダッシュボードの様子を把握している運営のドルナはテレビ画面にその様子を映した。
これは「お奨めのマッピング:マッピング8番」という意味である。普通のチームなら3種類のマッピングしか用意しないはずなのに、妙に多い数字であった。
そして残り5周の最終15コーナーで、ホルヘ・ロレンソがマシンを滑らせた(動画1、動画2、動画3)。この様子を見たG+解説の宮城光さんは「いまの滑りっぷりは、意図的にできない」と発言しており、ホルヘはわざと譲ろうとしたのではなく本当にミスをしたとの見解を示していた。
このホルヘのミスでドヴィが首位に立ち、そのままゴールして、25ポイントを獲得した。マルク・マルケスは4位で13ポイントを獲得し、2人のポイント差は21ポイント差に縮まって、そして最終戦を迎えることになった。
バレンシアGP
バレンシアGPにおいて、アンドレア・ドヴィツィオーゾは優勝して25ポイントを獲得しなければならない。2位になって20ポイント獲得では、その時点でチャンピオン争いが終わってしまう。
30周で行われる決勝が始まるとドヴィは今ひとつのペースで、5番手を走行していた。その1つ前の4番手にホルヘ・ロレンソがまたしても走っており、ホルヘとドヴィの距離差はわずかだった(画像)。その体制になったのはレースが始まって2周目(残り29周)という時である。
その状態がず~っと続いた。
13周目(残り18周)になって、ついに、というか、やっぱり、というか、ホルヘのダッシュボードに「SUGGESTED MAPPING:MAPPING 8」が出た(画像)。
しかし、ホルヘは一切譲ろうとしない。4番手ホルヘ、5番手ドヴィのランデブー走行が続いている。
15周目(残り16周)では、ドゥカティワークスの首脳であるダヴィデ・タルドッツィの姿が映し出された。ダヴィデは「ダメだこりゃ」という感じで苦笑いを浮かべている。
20周目(残り11周)で、とうとう、ホルヘ向けのサインボードに「-1 ↓」の文字が貼られ、ホルヘに提示された(画像1、画像2、画像3、画像4)。
しかし、ホルヘは一切譲ろうとしない。4番手ホルヘ、5番手ドヴィのランデブー走行がまだ続いている。
25周目(残り6周)、先頭集団に近づいてきたホルヘ・ロレンソが5コーナーで痛恨の転倒をした(画像)。
直後の8コーナーでドヴィがオーバーランし、そのまま転倒して、すべてが終わった(画像1、画像2)。
このレースの順位変動は、このページで確認できる。「99 4」がず~っと続いていて、面白い。
ホルヘの発言
バレンシアGPの後のホルヘ・ロレンソは、「I helped Dovi to improve this one or two tenths of pace to be closer to the first group」「自分はアンドレア・ドヴィツィオーゾを助け、ドヴィのペースが(1周あたりで)0.1~0.2秒改善するようにして、ドヴィが先頭集団に近づくようにしました」という発言をした(記事1、記事2)。
チームオーダーをガン無視して、自分の信じることを行ったホルヘの姿を見て「チャンピオンを取るようなライダーは、精神力が凄いなあ」と思った人も多いだろう。
批判と擁護
ホルヘの行動は有識者の間でも評価が分かれていた。
名物記者のマット・オクスリーは、カンカンに怒っていた。この記事で「私は、日曜日にホルヘ・ロレンソが間違った行動をしたと思います」「私は、日曜日のホルヘ・ロレンソの行動は、自己中心的な悪ガキ(solipsistic brat)の行動だったと思います」と述べている。
solipsisticは、難しい学術用語で「自己中心的」という意味。bratは、俗語・スラングであり、「生意気な悪ガキ」という意味。
2017年振り返りG+座談会が行われ、当然のようにこの事件が話題となった。
青木拓磨さんはホルヘを批判する立場で「なぜ、ドヴィを先に行かせなかったのか」と語っていた。
原田哲也さんと坂田和人さんはホルヘを擁護する立場で、「ホルヘはドヴィを引っ張ってあげていた、助けてあげていた」という意味のことを語っていた。
有識者の間でも意見が分かれていて、面白い。
ちなみに、この4人の中で青木拓磨さんとマット・オクスリーは現役レーサー時代にバレンシアサーキットを走ったことがない。バレンシアサーキットを走ったことがあるのが原田哲也さんと坂田和人さんであり、この2人は「バレンシアサーキットは難しく、苦手で、大嫌いなサーキットだ」と言ったことがある[3][4] 。
関連項目
脚注
- *future-access.comにおける2017年10月30日の青木宣篤さんの投稿に「エンジンマップのセッティングはだいたい3種類が用意されている」との記述がある。ちなみに青木宣篤さんはスズキのテストライダーを務めている
- *2017年振り返りG+座談会において辻本聡さんが「ちなみにホンダはマップ3つしかないらしい」と発言している
- *2019年バレンシアGP予選のとき原田哲也さんが「現役時代はバレンシアサーキットが大っ嫌いでした」と発言している
- *2016年振り返りG+座談会の最後の方に坂田和人さんは「バレンシアサーキットが大っ嫌い」と発言している
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