「関盛信」(せき・もりのぶ ? ~ 1593)とは、平盛国を祖として亀山城を本拠地とした伊勢の有力国人で、織田信長の伊勢侵攻時に降り、最後は蒲生氏郷の与力となった糸色望人生から生還することに定評のある苦労人。
概要
平盛国の子・平実忠が鈴鹿関谷の地頭に命じられた際に関氏を名のったのが始まりと言われる伊勢国・亀山城を領する有力国人で、長野氏と協力して六角氏を支援したり、神戸氏を攻めた六角氏を攻撃したりとnice暴徒な活躍をし、六角家臣・蒲生定秀の娘を娶った。
北畠氏や神戸氏が降る中で抵抗を続けていたものの抗いきれずに降伏し、織田信長の三男・織田信孝(神戸信孝)に属したが、織田信孝と上手くいかず、織田信長の機嫌を損ねて神戸具盛らとともに幽閉されてしまった。
しかし糸色望せずに蒲生賢秀の元で幽閉生活を送っていた関盛信は、出奔した樋口直房を討ち取った功と、織田信孝の四国遠征に助勢する為か許されて亀山城に戻る事が出来た。
次の人生サバイバルは、本能寺の変で織田信長が死に、不仲だった織田信孝の元を離れて羽柴秀吉についてからだった。
居城の亀山城を、内通者の協力もあって戦国時代のタッキーこと滝川一益に落とされてしまった。
しかしここでも糸色望しなかった関盛信は、内通者を抹殺してタッキーの手から亀山城を取り戻したのだった。
二度の人生サバイバルを生き抜いた関盛信は、蒲生氏郷の与力となり、秀吉軍として小牧・長久手の戦い等に従軍し、蒲生氏郷の会津移封に従って父祖の地を離れて奥州へと旅立った。
※その他「関盛信」の詳細についてはWikipediaの該当記事参照の事。
関連動画
▼長野家の忠臣として秀吉軍と戦い、やよいゾーンにはまって家臣となる「アイマス戦記「秀吉」」
補足
軍事能力 | 内政能力 | |||||||||||||
戦国群雄伝(S1) | 戦闘 | - | 政治 | - | 魅力 | - | 野望 | - | ||||||
武将風雲録(S1) | 戦闘 | 39 | 政治 | 31 | 魅力 | 48 | 野望 | 25 | 教養 | 42 | ||||
覇王伝 | 采配 | 58 | 戦闘 | 59 | 智謀 | 52 | 政治 | 41 | 野望 | 35 | ||||
天翔記 | 戦才 | 140(B) | 智才 | 104(B) | 政才 | 112(B) | 魅力 | 58 | 野望 | 41 | ||||
将星録 | 戦闘 | 67 | 智謀 | 59 | 政治 | 55 | ||||||||
烈風伝 | 采配 | 54 | 戦闘 | 56 | 智謀 | 61 | 政治 | 52 | ||||||
嵐世紀 | 采配 | 45 | 智謀 | 48 | 政治 | 44 | 野望 | 56 | ||||||
蒼天録 | 統率 | 47 | 知略 | 52 | 政治 | 56 | ||||||||
天下創世 | 統率 | 45 | 知略 | 49 | 政治 | 56 | 教養 | 43 | ||||||
革新 | 統率 | 55 | 武勇 | 53 | 知略 | 54 | 政治 | 63 | ||||||
天道 | 統率 | 55 | 武勇 | 53 | 知略 | 54 | 政治 | 63 | ||||||
創造 | 統率 | 52 | 武勇 | 56 | 知略 | 55 | 政治 | 63 |
関連コミュニティ
関連項目
- 蒲生氏郷
- 蒲生定秀
- 六角義賢
- 六角義治
- 北畠晴具
- 北畠具教
- 北畠具房
- 関盛忠
- 関一政
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- 鳥屋尾満栄
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- 滝川一益
- 戦国時代の人物の一覧
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