200勝とは、日本プロ野球名球会の入会条件のひとつ。先発投手の入会条件。
概要
2000本安打、250セーブと同様、日米通算でも名球会入りは認められる。2024年現在の達成者は27人。
野手の入会条件である2000本安打がコンスタントに達成者が出ているのに対し、200勝は現在、達成者が滅多に出ない記録となっており(90年代以降では北別府学、工藤公康、野茂英雄、山本昌、黒田博樹、ダルビッシュ有の6人だけ)、その達成難易度の差がしばしば議論の対象となっている。
かつては投手分業制が確立されておらず(エース級投手は先発とリリーフを兼任するのが当たり前で、年間300イニング投球も珍しくなかった)、シーズン20勝投手も多く出ていたが、現在は投手分業制の浸透でシーズン20勝は稀となった。このため現状では200勝の達成は著しく困難となっている。90年代以降は特に顕著で、90年代を代表する大投手である斎藤雅樹(通算180勝)や、11年連続2桁勝利の記録を持つ星野伸之(通算176勝)、長年西武のエースとして活躍した西口文也(通算182勝)といった名投手たちも到達できていない。
具体的に言えば年間15勝で14年かかるのである。野手でシーズン150安打は年間にリーグごとに10人前後の達成者が出るのに対し、投手の年間15勝は最多勝争いをするレベルの数字であることを考えれば、その難易度の差が解る。また安打は個人の力だけで放てるが、勝利投手になれるかは打線の援護やリリーフ投手にも左右されるという点も大きい。
もっとも、名球会の設立時点に限れば、200勝投手は15人、2000本安打達成者は11人で、当時は200勝投手の方が多かったのであるが。2024年現在は200勝27人、2000本安打61人となっている。
余談だが、最も200勝に惜しくも届かなかった選手は「小さな大投手」と呼ばれた元広島カープの長谷川良平(197勝)である。
200勝投手(達成順)
太字は現役選手。数字は2024年シーズン終了時点。2024年の達成者はシーズン終了まで(2**勝)表記。
斜体は名球会員でない選手。
- ヴィクトル・スタルヒン (303勝) - 名球会設立時点で故人(大正生まれのため入会資格なし)。
- 若林忠志 (237勝) - 名球会設立時点で故人(大正生まれのため入会資格なし)。
- 野口二郎 (237勝) - 故人。大正生まれのため入会資格なし。
- 別所毅彦 (310勝) - 故人。大正生まれのため入会資格なし。
- 中尾碩志 (209勝) - 名球会設立時点で故人(大正生まれのため入会資格なし)。氏の葬式があまりにも寂しいものだったことから、金田氏が名球会の設立を決意したと言われている。
- 藤本英雄 (200勝) - 故人。大正生まれのため入会資格なし。
- 杉下茂 (215勝) - 故人。大正生まれのため入会資格なし。
- 金田正一 (400勝) - 故人。名球会の設立者だが一般社団法人名球会に参加せず退会。通算最多勝。また24歳での200勝達成は最年少記録。
- 稲尾和久 (276勝) - 故人。
- 小山正明 (320勝)
- 米田哲也 (350勝)
- 梶本隆夫 (254勝) - 故人。また200勝投手では唯一通算で負け越している(255敗)。
- 皆川睦雄 (221勝) - 故人。また、最後のシーズン30勝投手。
- 村山実 (222勝) - 故人。
- 鈴木啓示 (317勝) - 現在、最後の300勝投手。
- 堀内恒夫 (203勝) - 会員であったが退会した。
- 山田久志 (284勝) - アンダースロー投手の最多勝利数記録。
- 江夏豊 (206勝)
- 平松政次 (201勝)
- 東尾修 (251勝) - 現在、最後の250勝投手。
- 村田兆治 (215勝) - 故人。
- 北別府学 (213勝) - 故人。
- 工藤公康 (224勝)
- 野茂英雄 (201勝) - 日米通算(NPB78勝/MLB123勝)。
- 山本昌 (219勝) - 42歳11ヶ月での達成は最年長記録。
- 黒田博樹 (203勝) - 日米通算(NPB124勝/MLB79勝)。
- ダルビッシュ有(203勝) - 日米通算(NPB93勝/MLB110勝)、先発勝利のみで200勝を達成したのは史上初。
通算150勝以上の現役選手(2024年シーズン終了時点)
- 田中将大 (197勝) - 日米通算(NPB119勝/MLB78勝)
- 石川雅規 (186勝)
- 前田健太 (165勝) - 日米通算(NPB97勝/MLB68勝)
- 岸孝之(164勝)
- 涌井秀章 (162勝)
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