マツダ787Bとは、マツダが1991年ル・マン24時間レースに参戦するために、グループCカテゴリー2という規定に沿って開発したロータリーエンジン搭載のレーシングカーである。
概要
91年のル・マン24時間レースにマツダは2台の787B(55号車と18号車)と前年型の787(56号車)1台が参戦し、その3台のうちの1台55号車(レナウン・チャージカラー)がフォルカー・バイドラー、ジョニー・ハーバート、ベルトラン・ガジョーの3人のドライバーにより、362週(4923.2km)を走り切り、日本メーカーでは初となる総合優勝を見事に成し遂げた。(18号車は6位、56号車は8位であった)
しかもこの91年の大会はレースのレギュレーションの変更でロータリーエンジンを搭載して参戦できる最後の年でもあった。(後にまたロータリーエンジン搭載でも参戦可能となる) そしてル・マン優勝後、787Bは広島にあるマツダ本社で動態保存されている。
なお、レース優勝後マツダには関係各位から展示とデモ走行の依頼が殺到した時期があり、既存のマシンや予備パーツを組んで新たに起こしたマシンなどで一時は何台もの55号車レプリカを作ることになった。
レプリカと本物の見分けるポイントは、フロントのエアインテーク部で緑のカラーがインテーク内部まで回り込んでいるかである。これは、本物はデカールで作られたリバリーなのに対し、レプリカは塗装されているためである。
エンジン
R26Bという型式で、4ローター、総排気量2616ccの自然吸気エンジンである。開発の計画上、800ps/10000rpmというものであったが、10000回転を24時間耐えきれるギアボックスがなかったため、700ps/9000rpmという仕様になった。リニア可変吸気システム、1ローター3プラグ、ペリフェラルポートインジェクション、セラミック・アペックスシール等の当時の最新技術が盛り込まれていた。
なお、700psというのは予選セッティングでの話であり、本選では燃費向上のため空燃比14.1:1に固定され、約1割減の630ps程度であったという。
その他の仕様
基本的に、前年型の787の改良版でカーボンディスクブレーキの採用、冷却性能の向上、光学式車高センサの搭載、タイヤ径を18インチ化する等の、この他にも約200に及ぶ改善が成された。
サスペンションは前後ともダブルウィッシュボーンで、駆動方式はMRである。変速機は5速MT、全長4782mm、全幅1994mm、全高1003mm、総重量830kgで最高速度は372km/hに達した。
上記の通りマツダレースエンジン最大のパワーを手に入れたものの、ここまでやってもまだ遅く、純粋なタイムなら燃料節約走行を行っているメルセデスよりも遅かった。また当時の国内レース(JSPC)では常にドン尻をひた走っており、市販レースカーのポルシェのケツを眺めることも少くないほど、哀れなまでに遅かった。もっとも視野が完全にル・マンに向いていたことも原因だが。それを見ていたのか見ていなかったのかはわからないが、FISA(現FIA)はマツダワークスへの重量ハンデを830kgとした。そして、耐久レースに置いてはパワーの無さを常に全開走行を行うことで補い、その「常に全開走行」はル・マンレース関係者に異常なまでのロータリーエンジンの耐久性とシャシー・ボディーのバランスの良さを見せしめた。そして1000馬力は出ているものの重量ハンデは1000kgとされたメルセデスやジャガーは787B以上にマシンに負担をかけていた。
カラーリング
優勝した55号車のチャージカラーと呼ばれる緑とオレンジを対照的に使った、派手なカラーリングの由来は、スポンサーのレナウン(洋服店)の人がマツダの過去の戦績を見て、これは勝てるわけがない、せめて目立とうと判断したため、あのカラーリングになったらしい。
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関連項目
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