一般路線バスは、都市周辺地域でも終バスが22時台であり、日付を跨いで24~25時台まで運行が続く鉄道との間にギャップが存在した。多摩ニュータウンなどの郊外型団地は最寄駅から距離がある立地の場合が多く、団地住民からバス事業者や自治体へ対応を求める陳情等が多く寄せられていた。
1970年、東京都町田市の小田急電鉄鶴川駅→鶴川団地行き【鶴11】の終バス後の追加運行として、23時台に2便が設定されたのが深夜バスの起源とされている。貸切扱いで通常運賃の3倍、定期券・回数券使用不可というレギュレーションではあるが、当時はタクシーも不足しており待たされる上料金も高いこと、丘陵の上の団地へは徒歩が現実的ではなかったことから受け入れられた。但し、このレギュレーションを「ぼったくり」と考え反発、会員制バスの運行を行った住民有志もいたそうである。
その後、バス協会や自治体によりあらたにさだめられたのが、特定輸送扱いで通常運賃の2倍、定期券所持者は通常運賃徴収という現在まで続くレギュレーションである。基本的には、深夜でも集客が期待できる住宅団地フィーダー路線が選ばれ、昼行の路線をそのままなぞるルート設定が多いが、集客のため独自の複数の住宅団地を経由するような独自ルートを設定する事例もある。運行エリア・事業者は首都圏のみならず近畿圏・中京圏・福岡市などにも拡大し、地方都市によっては金曜日の深夜のみ深夜便を設定する事例もみられる。
深夜時間帯に行動する人は、ライフスタイルの多様化から飲食・遊興の人が増加する一方で、バブル崩壊や働き方改革により勤め人が減少しており、深夜バスでも郊外の団地帰宅者向け路線などで限定的な縮小や統合が行われた。さらに2020年の新型コロナウィルス感染拡大に伴う行動自粛は影響が大きく、多くの深夜バスが休止となった。自粛ムードが緩んだ後も復活しない事例が多く、前述の【鶴11】鶴川団地行きも現存していない。
飲酒の機会が増える年末や歓送迎会などの時期のみ、「最終バス出発後に運転」という純然たる臨時バス方式で運行する事業者もあった。この時、バス会社および親会社である鉄道会社がグループにタクシー会社も抱えている場合は、その会社が営む事業や所属するタクシー連合・無線配車組織などに配慮し、深夜バスの運行に消極的な姿勢を取る例もあった。
都心のターミナル駅や繁華街から、直接郊外地域へ向かう路線である。終電すら無くなる24時以降に出発し、終点には遅くとも午前3時前後に到着するダイヤ設定である。目的地までは高速道路を走行するが、ごく少数一般道路のみを走行する路線もある。事業者によっては愛称を付与(「ミッドナイトアロー」国際興業・「はんな号」奈良交通 など)して呼ぶことがある。1の事例と異なるのは、「昼行の路線バスが存在しないこと」「起点以外の乗車は行わないこと」「1ドアの長距離路線用車でバリアフリーに対応しないこと」などが挙げられる。曲がりなりにも高速道路を経由するため立席の無い車両を充当する必要があるためである。
これら深夜急行バスにおいては、タクシー料金よりは低いものの、類似区間を鉄道で行く場合の3倍~7倍、路線によってはタクシーよりはちょっと安くて済む程度といった、かなり高額な運賃が設定されている。また、交通系ICカード対応車両が配車され、それにより運賃を決済することで割引がなされたり、はたまた運賃支払いは現金に限り、カード類での支払いを一切受け付けない(旧式の現金単能運賃箱のみ取り付けられた車両が配車される)など、対応はまちまちである。
前述の新型コロナ問題は、深夜急行系のバスには特に致命的であり、2020年にほぼすべての路線が休止された。その後の自粛ムード緩和を待たず事実上撤退した事業者が多い。
地方民が国鉄(JR)を「汽車」と呼ぶように、今や夜行バス(夜行高速バス)を「深夜バス」と呼ぶのが定着している。実際、ニコニコ動画タグで39件、キーワードでは214件がヒットしたが、ほとんどが夜行バス(加えて水どう系旅動画)である…。
2013年の年末から2014年11月1日未明までは、都営バスの渋谷駅前~六本木駅前間を結ぶ【深夜01】の終夜運転が試行された。運転日は暦日で記すと休日を除いた火曜から土曜、午前1時~午前5時までの便で、警備員も警乗していた。運賃は1乗車につき通常運賃の倍額・400円。このような、利用客(受益者)から割増運賃を徴収することにより深夜・早朝の交通手段を安全・低廉に提供するシステムは、他国の大都市においては、ある程度の居住者数・後背人口を抱える地域であれば恒常的に幅広く見られるバスサービス(同様に割増運賃を徴収して、地下鉄や路面電車の終夜運転区間も設定がある都市・路線・地域・暦日がある。例:ニューヨーク地下鉄・プラハ市電など多数)である。
猪瀬直樹東京都知事(当時)が「ニューヨークと同じように、都バスを24時間運行にしようと思っています」との肝煎りで始まった試行事業であったが、その後の舛添要一都政における方針転換により同日付けで中止となった。奇しくも最終運行日はハロウィーンにあたり、その日に最高輸送人員を記録して終了となったというのは、まさに皮肉というべきほかに言葉が見当たらない。
一方、空港アクセスにおいては片道のみ・1時間に1本程度の間隔ではあるものの終夜運転されている路線もあり、一種の終夜運転バスと捉えることも出来る。
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最終更新:2025/12/23(火) 07:00
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