概要
1959年(昭和29年)日本社会党に所属していた社会党右派の西尾末広らが離党し、1960年(昭和30年)に作られた政党である。当初は民主社会党という名称であったが、1969年に民社党に改称された。民主社会主義・反共主義を標榜する国民政党を基調としていたおり、実質的に第二の保守政党的な立場になっていた。
年を経るごとにしだいにナショナリズムが強くなっていった。かつて民社党に所属していた西村眞吾曰く「自民党よりも右だった」、三島由紀夫曰く「自分が共に歩むことができるのは自民党と民社党だ」。旧同盟系の労働組合との繋がりからか、防衛力維持(軍需産業系の労組の影響)・原発推進(電力総連の影響)を訴えていた。立場上は一応野党であったため、日本社会党や公明党と同歩調を取るシーン (社公民路線) も数多く見られたが、 一時期自民党と公明党との連携を強めたことがある (自公民路線) 。
結党から5年以内に政権を奪取することを目的としていたが、一度も単独政権を取ることができなかった。1993年、非自民・非共産連立政権の細川内閣が発足した時、与党になり党委員長の大内啓吾が入閣。続けて羽田内閣でも与党になったが、こちらは2ヶ月ほどで崩壊。そして自社さ連立政権の村山内閣が発足すると再び野党に転落した。
そして1994年に新進党に合流する形で解党した(塚本三郎・大内啓吾ら反公明勢力はこれに反発して自民党に合流)。この時に結成された政治団体が民社協会である。新進党の壊党後は新党友愛を結成し、その後民主党に合流した。現在も民主党の一派(川端グループ・旧民社党グループ)として存続している。
ちなみに民主党には旧社会党議員も所属している。かつて敵対し袂を分かつこととなった者同士が同じ党に所属するのは何とも違和感を禁じ得ないが、排除の論理で中左派〜左派をばっさり切った上での合流なのでさほどアレルギーは無いのかもしれない (胸中は計り知れんが)。
結党時にCIAが関与していたことが後に発覚している。ちなみにCIAは日本社会党の分断工作(資金提供など)などを行っていた。
民社協会
前述した通り、1994年(平成6年)に結成された政治団体である。支持団体は主に旧同盟・反共系の労働組合(自動車総連・電力総連・UIゼンセン同盟)などである。民社党の理念・ネットワークの継承・発展、会員相互の連携を目的に作られた。ちなみに旧民社党議員でなくても入ることができる。後、旧民社党議員だけども入っていない人もいる。(例:西村眞悟・塚本三郎など) 会長は田中慶秋。
保守・右派的な会員もいれば、川端達夫理事長みたいな「なんで民社協会にいるの?」的な人達もいる。
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読み:ミンシャトウ
初版作成日: 12/02/12 06:49 ◆ 最終更新日: 12/03/17 13:30
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