トゲアリトゲナシトゲトゲはコウチュウ目ハムシ科の昆虫。
トゲハムシ亜科に分類されると思われる。
概要
トゲトゲ(トゲハムシ)
トゲトゲ(トゲハムシ)はコウチュウ目ハムシ科の一種で、体全体にトゲが生えた種類である。
かつてトゲトゲという和名で呼ばれていたが、現在はトゲハムシとされるほうが多いようである。
トゲナシトゲトゲ
そのトゲトゲ(トゲハムシ)の仲間、すなわちトゲハムシ亜科の中にはトゲのない種類も存在する。これらをトゲナシトゲトゲ(トゲナシトゲハムシ)と呼ぶ。
個々の種はホソヒラタハムシなど普通の和名でも知られる。
この程度の名前なら、ほかの甲虫でもコブナシコブスジコガネのようなものもいるので、さほど珍しくないのかもしれない。
トゲトゲと違い、葉の隙間に潜り込む習性の種類が多いと言われる。だが国内では非常に珍しい種類とされており、専門的な文献でないとまず載ってない。
トゲアリトゲナシトゲトゲ
国内では珍しいトゲナシトゲトゲだが、たとえば東南アジアでは非常に豊富な種類が知られている。その国外のトゲナシトゲトゲの中にはやっぱりトゲがある種類のものがおり、これをトゲアリトゲナシトゲトゲと呼ぶ人がいるという。
名前からトゲがあるのかないのかはっきりしない感じだが、要するにトゲはある。
ハムシ屋として有名だった小宮義璋先生(2006年没)が東南アジアで見つけた際に命名したと伝えられているが、他の地域にもいる模様。
かつて伝わっていた情報がいい加減だったため、それって普通のトゲトゲなんじゃ?と誤解している人もいたようなのであるが、普通のトゲトゲのように全身トゲトゲのものではない。これはあくまでもトゲナシトゲトゲの仲間であり、羽根の後ろ側についたトゲは葉に潜る邪魔にならないような構造になっている。その姿は「トゲのあるトゲナシトゲトゲ」なのである。
進化の順番は定かでないという。
最初にトゲトゲがいて、トゲが減っていったのか。
トゲナシトゲトゲが先にいて、トゲのある種類へと進化していったのか。
トゲのある種類からトゲのない種類が生まれ、それがトゲを取り戻していったのか。
どれかはわからない。確かなのは日本ではトゲトゲが先に見つかった結果こうなったということである。
こんな名前など虫たちにとっては預かり知らぬところだろう。
具体的な情報
国内の文献、テレビ番組で紹介されているのは「ベニモントゲホソヒラタハムシ」(chalepus sp.)という種である。
この個体は昆虫写真で知られる小檜山賢二の著書『葉虫』(いろんなハムシの精細な写真集)にラテン語表記(sp.なのでこの個体の学名は特定されていないのだろう)も掲載されており、本書の情報によると1981年ブラジルで採取された標本らしい。
別の文献やテレビ番組で取り上げられている個体も同一標本の写真を使いまわしており、この種の標本を入手するのが難しいのだと想像されるが、少なくともこの一種がトゲアリトゲナシトゲトゲであることを疑う余地はない。
本書はこれを俗称としながらも紹介していた。
2018年、国立科学博物館で開催された特別展「昆虫」で別のトゲアリトゲナシトゲトゲ(Oncocephala sp.)の展示が確認されている。
ここでもトゲアリトゲナシトゲトゲは俗称であり、また決まった種類の名前ではないと説明が添えられていた。
上位分類から見ていく概要
ニコニコ大百科には本種の上位分類についての記事がないため、せっかくなので軽くここに記述しておく。
コウチュウ目
コウチュウ目(甲虫目、鞘翅目)は、周知のとおり昆虫類の中でも特に種類の多い巨大グループである。
その数は昆虫の範囲だけでなく地球上の動物でも最大だと言われ、カブトムシ、カナブン、テントウムシのような人気のある昆虫も多数含まれている。
ハムシ科
ハムシ(葉虫)はコウチュウ目の一種で、その名の通り主に植物の葉っぱを食べる種類が多いと言われる。ハムシ科はコウチュウ目の中でもかなり大きいグループのひとつだと言われる。
体長はだいたい10mmに満たない小型のものが多いが、海外産の大きい種類だと40mmを越えるものもいるという。国内にも20mm近いフェモラータオオモモブトハムシという種が流入してきている。
食草によっては害虫とされる種も多いが、多くは人間とあまり関わりを持たない種であり、豊富な種類が身近に見られるに関わらず、ハムシ科全体の注目度は高くない。
トゲハムシ亜科
ハムシ科のさらに下位の分類。トゲハムシ(トゲトゲ)というトゲのある種類で知られる。国内で知られるトゲハムシ亜科はわずか14種で、そのうち10種類がトゲトゲで、4種がトゲナシトゲトゲである。
カメノコハムシ亜科と近縁とされていたが、21世紀以降に分類の見直しがあり、文献によってはカメノコハムシ亜科と完全に統合している。「トゲハムシ亜科」は伝統的分類としてはまだ使われているらしいが、現在分類が見直されている最中のグループであることは頭に留めておきたい。
トゲナシトゲトゲ
するとトゲナシトゲトゲはトゲハムシ亜科の中でトゲのない種類だが、厳密には過去にトゲハムシ亜科とされていたグループの中でトゲのないもの、だろうか。
しかしハムシ自体があまり話題にならない中で、さらに国内産のトゲナシトゲトゲはトゲハムシ亜科の中でも非常に珍しい種類であり、掲載している文献は稀である。
国外に目を向けるとトゲのないものも多いというのだが、国内のトゲナシトゲトゲでさえ普通の図鑑に載っていない中で国外のトゲナシトゲトゲを載せている文献は極めて限られる。
ただし外来種でヤシの害虫として知られるキムネクロナガハムシ(ナガヒラタハムシ)という種だけは比較的掲載されていることが多い。しかし、ネット上の愛好者でこれをトゲナシトゲトゲとして扱う者があまり多くないことも述べておく。
トゲアリトゲナシトゲトゲ
トゲナシトゲトゲの中でトゲのある種類ということで、名前はややこしいが、実際のところ生態や形態に何かすごい特徴が知られているわけでなく、写真を見る限り別にどうということはない虫である。
よって、その存在に何も疑わしい要素はないのだが、ただ少しトゲが少し生えただけの細い虫を素人がどう思うかは別と言える。
以前は「素人には普通のトゲトゲと区別がつかない」という誤情報が広まっていたのだが、実際は普通のトゲナシトゲトゲとの区別のほうが難しいと思われる。もちろん発見時のエピソード、わざわざややこしい命名をしたことから考えて、ハムシの専門家・愛好家にとっては興味深い昆虫なのだろうが。
国内では見つかっていないが、国外でこれが珍しい種類なのかどうかは、あまり伝わってこない。
ややこしいのは和名だけであり、国外でややこしい名前で話題になったという話もない。
和名とは
実は「和名」にちゃんとした定義がない。
一般には図鑑や論文等で使われて定着したものが和名として認められるという説明がされることがあり、これはトゲアリトゲナシトゲトゲを紹介したNHK「日本人のおなまえっ」でも別の生物についてこのように説明をしていた。
だがこの定着することの線引きはちゃんとしていないし、学者によって意見が異なり論争になることもあるようだ。
トゲアリトゲナシトゲトゲが図鑑的な文献で紹介された例は『葉虫』くらいであり、これもベニモントゲホソヒラタハムシの俗称として紹介しているので、ちゃんとした和名ではなく俗称なんだろうと考えられる。
また2007年にこの虫について質問されたハムシ専門家も「そのような和名の虫はいない」と答えており、俗称としての定着度もそれほど高くない(高くなかった)と思われる。
なお、この虫を何度か紹介している池田清彦は和名と呼ばれるものも全て地方名・俗称であるという立場を取っている。
少なくともこの名を使用している昆虫愛好家は複数名確認されており、この立場を取れば俗称であると同時に、ちゃんとした和名であるともいえる。
実在しないというのがデマだとして
インターネット上では、なぜかトゲアリトゲナシトゲトゲは実在しないという情報が広まっていたが、これは2007年にWikipediaに書かれた情報が間違っていたことが大きい。
古い文献には東南アジアで見つかったトゲナシトゲトゲの仲間だと書かれていたのだが、ネット上では「国内に産する」「トゲトゲと外見で区別がつかない」という完全なデマを基に「空想上の生物」という説をでっちあげていた。こんな情報では専門家が調べても見つかりはしないだろう。
これが長いこと放置されていたためか、写真を紹介した文献があってもなおも信じない人も存在している一方で、信じている側にもなぜか外見がトゲトゲと同じだと思い込んでいる人もおり、もはや収拾がつかない状態になっている。
間違いなく名前だけが無駄に有名になっているせいだろう。もともとそんなに知名度のない普通のトゲトゲ・トゲハムシについて調べてもトゲアリトゲナシトゲトゲの話題がひっかかるありさまである。
トゲアリトゲナシトゲトゲについてネットに頼らず文献で調べてもベニモントゲホソヒラタハムシなる全くなじみのない種の情報しか見つからず、さっぱりわからないのは確かなのだが、そもそも国内でもほとんど知られていないトゲナシトゲトゲの、しかも海外にしかいない仲間の話題だと考えると情報は多すぎるくらいである。
海外で珍しい虫なのかどうか判断しかねるが、実在していること自体は疑いようがないものであり、熱帯・亜熱帯地域に虫取りに行かれる方は探してみるのもいいのではないだろうか。
外来種の存在を考えると、国内でもまだ見つかっていないだけで、永久に見つからないとは言い切れない。
しかし、これは一部でしか使われていない俗称に過ぎない可能性もまた考慮しておく必要がある。ハムシ専門図鑑で、国外のトゲナシトゲトゲも一部紹介している文献『ハムシハンドブック』でもトゲアリトゲナシトゲトゲは存在しているという「情報がある」と紹介したのみである。
画像を探す場合
下記参考文献のひとつ「不思議な生き物 生命38億年の歴史と謎」には、トゲアリトゲナシトゲトゲ(ベニモントゲホソヒラタハムシ)の写真が載っている。これは電子書籍化されており、Kindleの無料サンプルでも問題の写真は参照できるため、確認は難しくないだろう。
イメージ検索では普通のトゲトゲや、間違った想像図がよく見つかっていたが、文献から転載された画像も出てくるようになってきている。
海外サイトで画像を探す場合、トゲハムシ亜科の学名のHispinaeや英語名のHispine beetleで検索しても普通のトゲトゲ・トゲナシトゲトゲだけでなく、トゲアリトゲナシトゲトゲっぽい虫も(2018年現時点では)結構出てくる。
ベニモントゲホソヒラタハムシの属名chalepusについてはよく似たトゲナシトゲトゲはよく見つかるが、トゲがないか、あるっぽいけど不明瞭な個体の写真が多いようだ。
日本語で「トゲアリトゲナシトゲトゲ」で出てくる想像図についてはデタラメ。
ぐぐって出てくるベニモントゲホソヒラタハムシの写真以外は信用しないほうがいい。
参考文献
本来の元ネタとして考えるべき参考文献は2002年に発刊されたこれである。写真や種名までは書いてないのだが、東南アジアへ行った愛好家の話題であること、トゲアリトゲナシトゲトゲがトゲナシトゲトゲの仲間であることは書いてあった。
情報は少なくても、疑う要素は何もなかった。
この本が名前だけを面白がって取り上げておきながら、具体的なことを何も書いていなかったのが問題の発端のようだ。
いい加減に触れられたせいで、かえって実在を疑われることになったのは明らかである。
この本の参考文献の中に上の「虫の名、貝の名、魚の名」が含まれているのだが、そこに書いてあったわずかな情報を本書では全く省略しており、しかも参考文献は羅列しているだけで、参照できる形での引用も行っていなかった。
これで名前だけが無意味に広まったところにネット上でいい加減な誤情報が追加されてデマ化していったと思われる。
上記の通り、こちらの葉虫専門の本には、しっかり写真と説明、具体的な属名まで載っている。
そしてネットで話題になっていたことにも触れており、俗称としては実在しているとも明記している。
こちらにも写真掲載(掲載されている写真は上記写真集と同じ)。この本は帯にまでトゲトゲの話が書かれており、著者が小宮義璋先生といっしょにトゲアリトゲナシトゲトゲを見つけたエピソードも紹介しているが、本全体を見ると進化論に関する話などであり、トゲトゲに関する話題は無関係ではないが、やや浮いている印象を受けた。
ちなみにこの本にはトゲアリトゲナシトゲトゲのトゲのないもの、すなわちトゲナシトゲアリトゲナシトゲトゲが見つかったらしいという情報も載っているが、これはニューギニアで見つかったという情報くらいで具体的な種名までは上げていない。
こちらはトゲアリトゲナシトゲトゲについての話はほとんど載ってないが、国産ハムシの専門図鑑として紹介しておく。携帯しやすい版で、普通のトゲトゲについて調べるならたぶん最適。
関連項目
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