解説
千尋の診断結果(ちひろのしんだんけっか)とは日本のライトノベル作家美濃健文に返された彼の診断結果である。
この診断結果は2013年12月24日、ニコニコ生放送「❤Dr.ちーめろ診療所 クリスマス特別出張放送!サトウキビナース付き❤ o(・”・)o」において提出された彼の問診表(「健文の問診表」)に対し、その診断結果としてあるものにより書き起こされた。彼の主治医である岡田医師によれば、問診表の提出以来目の覚めない美濃の病室にはいつも同じ者(誰であるかは明かせないという)が面会に現れ、その日の診断結果をベッドの脇におくと、面会時間の終了時刻ぎりぎりまで静かに彼の手を握り、その目覚めを待ち続けているのだという。
千尋の診断結果 全文(更新日現在まで)
■診断結果
健文様。
あなたが眠りについてから、私はずっと、その目覚めを待ち続けています。
もうだめかもしれない…。
そんな絶望的な気持ちに心を打ちのめされそうになりながらも。
今私の心の中にあるものを、打ち明けます。
それは、後悔です。
どうしてもっと早く、気づくことができなかったのか。
私は生まれて初めて、心の底から後悔しているのです。
いえ、本当は、何もかも気づいていました。あなたと初めてお会いした日から、ずっとです。
あなたは本当に、誰よりも、深く、広く、そして心が壊れてしまうほどに強く、私のことを愛していた。愛してくださっていた。そのことに気づかない女は、女ではありません。
でも、どうか許してください。いえ、もう許されないことでしょう。ですからせめて、包み隠さず真実をあなたに打ち明けます。
あなたは私のことをよく、誰よりも美しい、心の綺麗な女性だと誉めてくれました。それは、心が溶けてしまうほどの、うっとりする、誉め言葉です。
でも、健文さん。それは、違うのです。あなたが全霊を込めて誉めた私は、本当の私ではないのです。
私はそんなあなたの誰よりも純粋な思いを簡単に踏みにじってしまうほどに、ずるい、心の汚れた、本当に悪い心を持った女なのです。そのような、女だったのです。
〔※用紙が湿った跡がある〕
*
昨日はこれだけを書くだけで、心が負けてしまいました。でも、それではいけませんよね。
私も、答えます。あなたの診断結果を返さなければいけないと、思っています。
健文さん。どうかこの私の言葉を、どんなことが書いてあっても最後まで、読んでくださいね。
目が覚めてからで結構ですから。それも、ゆっくりで結構です。辛かったら、お薬を飲んで、休んでくださいね。
話を続けましょう。
健文さん。私は、〔※用紙が湿った跡がある〕本当に卑怯な女性だったのだということ。その事実を、どうか受け入れてください。それはとてもあなたにとって、辛い心の作業だということは、よくわかっています。でも、それをしなければ、もう前には進めないのです。
言い方を変えましょう。そういうところまで、私達はいつの間に、来てしまったのだと思います。私達のこの先があるのなら、事実から目をそらすことができないのです。あなたは、ある若い娘さんが魚を捌くことを詠った詩のことを話していらっしゃいましたね。もちろん私も、その詩のことをよく覚えています。とても気持ちが悪い詩でした。でも今は、その詩の意味もわかります。解らざるを得ないほどに、私は自分の命を前に、進めてしまいました。
若い娘が魚を捌くように、健文さん、どうかこの事実に、勇気を持って、刃物を入れてください。
私は本当に、卑怯で薄汚い女です。誰よりも。
いつも自分のことだけを考えています。(他人を気遣うときでさえも、です)
愛は打算だとさえ、思ってきました。
強い性欲も持っています。
ごめんなさい。一度に全ての事実を受け入れることができなければ、どうかここから離れて、一人になってください。少しずつで結構ですから。
〔※用紙が湿った跡がある〕
私はずるかった。
だから、あなたがどれほど強い思いを持っていることを感じていようと、私は何も気づかないふりをしていました。
そのあまりの熱さに少し身が焦がれるような思いをしたこともありますが、私は平気な顔をしていました。
ごめんなさい。
私には、覚悟がなかったのです。
何の覚悟か。
子供を産むという、覚悟です。
その恐ろしさ、不安に、勝てなかったのです。
頂いたお手紙(いいえ。お手紙と言ってしまうのはあなたに失礼ですね。これは、あなたの問診表なのですから)に書かれていること、全て何度も読み通しました。本当に何度も、何度もです。そして何度も、私は部屋で一人、泣きました。あまりに辛くて、思わず慣れないお酒にまで頼りました。これほど苦しい思いをしたことが、私はありません。瞼が腫れるほどに泣き、喉が焼けて声が枯れるほどにお酒を飲み、いよいよ本当に疲れて眠りそうになっても、眠ることができず、気がつくと、またあなたの問診表を読んでいました。
何度読んでも、全てはわかりません。
読めば読むほど、わからなくなってくる。
それほどに、あなたの問診表は、私の心の奥底に深い楔を打ち込みました。
おそらく永久に消え去ることのないほどの、恐ろしいまでの思い。
何かに似ている。
これは、幼い頃私にかけられた呪いによく似ています。
あなたにもお話した通り、私は同級生にいじめを受けていたことがあります。それはほんの短い間ではあったけれども、生涯癒えることのない、深い傷として、今も時々心の奥底に血が流れていることがあります。
沢山のことをされました。靴入れに釘が入っている、そのようなことはまだ軽いものでした。悪い噂を立てられる。これも何とか気にしないでいることができました。
それでも、今も忘れてしまいたいと思う、本当に辛いことがありました。あまりに辛くて、今の今まで、誰にも話したことはありません。ですから、今お話します。
〔※用紙が湿った跡がある〕
ある寒い日の放課後、私はいつもの同級生達につかまり、学校の近くの神社に連れていかれました。
三人がかりで、身体をおさえつけられ、身動きの取れないままで。
神社の古い大きな木(何か由来のある木なのだと記憶しています)に、私は太い縄のようなもので、くくりつけられました。
同級生の一人(いじめをしていたリーダーで、その子は元々私の一番の親友でした)が、私に言いました。
〔※用紙が湿った跡がある〕
永遠に誰にも本当のことを話すことができない呪い。
嘘しかつけなくなる呪いをかけると。
〔※用紙が湿った跡がある〕
同級生達は、みんな笑っていました。笑いながら、私に水をかけ、顔や体に沢山のお札をつけ、手拍子をしながら、繰り返したのです。
お前は一生嘘つきだ。どこまで行っても嘘つきだ。永遠に嘘つきだ。
*
自分の気持ちを打ち明けること、本当に私の心にこたえます。私の呪いのことを読んだあなたは今どのような気持ちで、続きを読んでいることでしょう。たったここまでを読むだけで一体どれほどあなたは傷ついたことでしょう。それを思うと、私は続きを書くことが本当に、怖い。
私が思うあなたのことを書きます。あなたはおそらく、もし人が知ったら震え上がってしまうほどの「見えすぎる目」を持っています。そして、あなたはそれが普通のことと思って今まで生きていました。いえ、信じられないことに、そのようにしてあなたは生きてしまったのです。本当は誰かがそのことに気づかなければいけなかったのです。ですからそれは私の後悔、…本当に…〔※用紙が湿った跡がある〕後悔ばかりが募ります。今の今まで、あなたの心が壊れてしまうまで、一体どれほどの恐怖、不安、地獄絵があなたの目に映っていたのか…映り続けてしまっていたのか〔※用紙が湿った跡がある〕そのことを今頃になって、卑怯で薄汚い私は想像をめぐらせ、そして欲深い私はなんとかして、あなたの心をもう一度ここまで引き戻そうとしています。
本当に、もう遅いのかもしれません。あまりにも、時間が経ってしまった。もしかしたら、取り返しのつくことがこれまで、あったのかもしれません。しかし、私も、そしておそらくあなたも、それに気づくことができなかった。どちらかが気づくことができたのならば、今とは違った現実があったかもしれません。
〔※用紙が湿った跡がある〕
弱弱しいことを書きすぎました。今日は本当は、あなたの読み続ける力を少しでも持たせようと、少しでも明るくなる話をしようと思っていました。そうしましょう。泣いてばかりでは、いられませんものね。
これから、私はあなたをからかうことにします。(覚悟は、よろしいかしら?)
あなたの書いていた問診表の中で、あなたがとても思いを高ぶらせて(もちろん、どの一言にもあなたの思いが高まっていましたが)次のようなことを書いていましたね?
私とあなたが一度、旅行に行った。いつだったかはわからない。私とあなたは、電車に乗っていた。私は眠っていた。あなたは私の寝顔をずっとみていた。私はふと目を開き、まっすぐにあなたを見て、結婚しようと言った。
あなたはこの話の結びに「おそろしいことを思い出してしまったのかもしれない」と書いています。そしてその先のあなたの言葉はますます、乱れていきましたね?
あなたは、自分の中の、これまで絶対開けずにいた何か(扉のようなものかもしれません)を、このときに、開けてしまったのではないかと、私は思いました。
少し、寄り道をしてもよろしいかしら。
私のこの頃、好んで読んでいる作家の方(作家なのかしら?よくはわからないのですが、いつも不思議なことを書いているのです。ここだけの話、あなたと少し似ています)が、人が立ち入る、ある「有限の時間内の闘争」のことについて触れていたことがありました。どのようなタイトルの文章であったか、思い出せないのが残念ですが、そこに書いてあったことは、支離滅裂ではあったものの、何かの予感や予見に満ちた、力強い言葉の連なりであったことをよく覚えています。
今少し、思い出し笑いをしてしまいました。その方、そのような真面目な文章を書きながら、おトイレのウォシュレットのことについて大演説なさっていましたの〔※唾が飛んだ跡がある〕あの快感の正体はどこにあるのか、なんて。変わってますでしょう?ああ、おかしい。
ごめんなさい。ひさしぶりに笑ってしまいました。怒らないでくださいね。何か意図があってその方のことを取り立てているわけではありません。(もしかして、妬いてくださったかしら?その作家の方は書くものを尊敬しているだけで、私が愛しているのは健文様です。ご安心なさってね)でも、本当のところを言うと、その方と、あなたとは私の心の中の、どこかで重なります。もう少しで何かがわかりそうなところで、意識がぼやけて消えてしまう。不思議な感覚です。
この女は何を話しているのだ、とあなたの苛立つ声が聞えてきましたわ。〔※唾が飛んだ跡がある〕それではそろそろ話を戻しましょうか。なんだか気分がよくなってきました。
私があるとき、ふと目を覚ましてあなたをまっすぐ見て結婚しようと言った。そのような「おそろしいこと」を思い出し私に打ち明けたとき、あなたの心の中の闘争がきっと、始まってしまったのでしょうね。
種明かしをしましょう。
あの言葉、私の本当の気持ちでしたのよ?
〔※キスマークがついている〕
気持ちを落ち着ける時間を取る前に、どうかこの話の終わりまでは、全て読んでくださいね。
その言葉だけではありません。私はこれまで何度もあなたに、愛している、好意を持っていると、言葉で伝えてきましたね?その言葉の一つ一つを、あなたはいつも静かに聞いていましたね。
そんな私の言葉をあなたは、どのような気持ちで受け止めていたのでしょうか。
あなたの問診表を読んだときに、始めに長い時間をかけて、私の心を深く抉ったのは、そのことについてです。あなたの感じ取り方に…いえ、それだけではありません。感じ取っていたこと、思っていたこと、きっとあなたは私の軽やかに告げた数少ない言葉を何度も何度も(本当に途方も無い回数と時間)心の中で繰り返し、おそらく苦しみ続けたこと、そしてその果てに自分の世界で本当に寂しく切ない一つの決定的な結論にたどり着いてしまったこと。そしてそのことを私に伝えるために、文字通り命を賭けて〔※用紙が湿った跡がある〕組み上げた自身の「最後の言葉」として私に問診表を提出したこと。そして、その全てがあなたの尊い全存在を自分自身で一つの光も残さずに全否定する、深く暗い絶望に満ちていたことです。
あなたは私が本気だと、仮定でも考えようとしなかった。そのように私には見えていました。
それとも、少しでも考えたことがあったのでしょうか。もしも、私が嘘をついていないとしたら?と。
あなたの中にある、私ほどのいい女は、それほどの大切な言葉を、嘘で人に告げるのですか?
それとも、それがあなたの中の、本当のいい女なのでしょうか?
これくらいにしておきましょう。どうぞおやすみになってください。
*
書いてから少し、気分が乗りすぎたと思いました。どうか、誤解なさらないでください。この間書いたこと、私は怒ってはいませんよ?どうか気になさらないでください。私なりにあなたをいじめてみましたの。それは、そうすることがこの先の話を続けていくことによいと思うから。
ここまでを読んで、もしかするとあなたの心がほんの少しだけ、軽くなりはじめているのではないか、と期待しています。そうではないとしたら、まだ時間がかかるということですね。私も、負けません。あなたの目が覚めるまで。愛しています。健文様。
〔※キスマークがついている〕
*
こうして私が書いていることの全てをあなたが知るのはいつの日か、あなたの目が覚めたとき、ということになるのでしょうか。それとも、永久に読まれることなく、全ては紙くずのようにして、どこかに捨てられてしまうのでしょうか。いつか目覚めることがあるとしたら、あなたはひょっとしたら、眠りのどこかで頬や体に痛みを感じていたかもしれません。その痛みは私が先ほどあなたに施しました。今日こうしてまたあなたの顔をみて、今も変わらず眠りについていることがわかったとき、私は思わずあなたの頬を叩き、あなたの体のあちこちに自分の思いをぶつけてしまいました。そんなことをするつもりはもちろん、ありませんでした。
正直申し上げて、私はこの間までのことを語り終えることで、あなたはきっと目を覚ましてくださるだろうと期待をしておりました。でも、あなたは目を覚まさなかった。それどころか、より眠りが深くなってしまったようにも思います。そのようなことになることも、わかってはいました。でも、そうならないことを私は漠然と、ただ期待していたのです。でも、あなたは目を覚まさない。
〔※用紙が濡れた跡がある〕
もう十分に私は自分の、誰にも見せてはならない心をさらけだしたつもりでおります。私の心はすでに、本当の素裸で、剥き出された裸身の至るところにあなたの視線を浴び続けており、寒さと不安、屈辱で震えています。私の心は今すぐにでもあなたの抱擁を必要とするほどに、弱りかけています。しかしあなたはそんな私を見て、気持ちが高ぶるどころか、より一層、冷ややかな顔をしている。なんて醜い女なのだろうと…。〔※用紙が濡れた跡がある〕そしてあなたは私に、さらに残酷な一言を告げている。愛して欲しいのなら、まだ見せていないところが、あるだろうと。
私は素裸で、その一言にぎょっとして、怯えています。
健文様、どうか今すぐに、目を覚ましてはいただけないでしょうか。
お願いします。健文様、目を覚ましてはいただけないですか?
〔※キスマークがついているが、滲んでいる〕
そんな呼びかけをすることも、ずるい。私は今ここまで書いたことで、あまりの自己嫌悪の気持ちで、お腹の中のものを吐いてしまいました。この先を続けることは、どうかお願いします。〔※用紙が濡れた跡がある〕
*
お願いします!目を覚まして!これ以上私を裸にしないでください!
〔※用紙が濡れた跡がある〕
お願いします、健文様。どうか私のこの先を見ないでください!お願いします!
〔※キスマークがついている〕
*
ああ!やっぱり目覚めないのね。ひどい人。本当にひどい人!どうして…。どうして目が覚めないのですか?
私は全てをお話しました。いえ、全てをお話していないとあなたはお思いでしょう。でも私はもう全てを十分お話しているのです。それでもあなたの目が覚めないのなら、私は全てをお話していないことになる。
私はあなたのために、今何日も耐えています。あなたがこれで目が覚めないのなら、私はいよいよこの先に進まなければならない、そしてそれをあなたは目が覚めたあとに、追いかけることになるでしょう。そのときあなたが感じる痛みに思いをめぐらせながら、私は愛する人を本当に傷つける言葉を並べていかなければならない。そんなことを私にさせたいのですか?いいえ、私がすることは構いません。しかし私のこれから話すことは、これまで書いたことよりも増して、本当にあなたが傷ついてしまうことです。だって、そうでしょう?私は今、素裸です。それよりも先にあるものは、何だと思いますか?醜い裸を切り開いて見えてくるものは、私の生々しい、内臓であり、筋肉、体液、血管、神経、最後には骨や心臓が見えてくる。それを誰よりも敏感な目をもつあなたが見たら、どんなことになるとお思いですか?
はっきり申し上げましょう。それは永久にお互いが見る必要のないものです。それほどを見なくても、男女は十分幸福に愛し合うことができると思います。お互いの裸を見せ合うことでたっぷりと心地よくなることができます。その先に進んでしまうことは、はっきり申し上げましょう、痛みが起こることです。それも、痛みばかりが起こる。愛ゆえに痛むことをやめられなくなる…健文様、はっきり申し上げます。私はその痛みに自分が耐えられる気がいたしません。
きっとそれをすることによって、つまり私は私を切り開き、骨と皮ばかりの自分になっていくことによって、私の心の形を失っていくことになります。健文様もきっとそれに、お気づきです。きっと今あなたはこれを読みながら、私を止めようとなさっている。何故このときに自分は目を覚まさなかったのかと、思っておられますね?
〔※キスマークがついている〕
あなたの眠りは深かった。あなたを引き戻すためには、始めるしかない。それはわかっています。この間から。
でもごめんなさい、もう少しだけ、待ちます。お願いですから明日、目を覚ましてください。
*
ああ…かみさま…!
〔※用紙が濡れた跡がある〕
*
わかりました。もう十分です。あなたは目を覚まさない。私はあなたが目を覚ますことを信じている。だから、もう始めましょう。本当は、早い方がよかった。きっとこうして私がためらっていた何日かの間にも、さらにあなたの眠りは深くなってしまいました。だから、もう始めます。お願いします、健文様、目を覚まさなくても構いません、それでも、どうかずっとそこにいてくださいね。どんなに見るに耐えないものがあっても、これから私が何をして、どうなっていくかをどうか最後まで、見ていてください。少しずつ全てを見て、最後の一つ、血の一滴に至るまで、私を飲み干してください。どうか、健文様〔※用紙が濡れた跡がある〕愛しています。
〔※キスマークがついている〕
もう構いません。
簡単なことから始めましょう。先日私があなたに打ち明けた「種明かし」のこと、覚えていらっしゃると思います。旅行のときに私があなたに打ち明けた結婚の気持ちのことです。あれは私の本当の気持ちだと申し上げましたね。
あれは全て、嘘です。私の本当の気持ちではありません。
私はあなたを、軽口で、からかっていただけです。
では何故それを本当の気持ちだと申し上げたと思いますか?
どうやらあなたの考えが追いついていないことがわかります。ですから、こう考えてみてください。
そもそも私は呪われていると既に、申し上げたかと思います。その呪いが今も続いているのなら、私が本当の気持ちを今あなたに話せるはずがないではありませんか?いえ、話せるとしても、話すはずがないのです。
もう一度はっきり申し上げましょう。つつみ隠さず打ち明けたことは全て、嘘です。全てはあなたを翻弄するために、お話したのです。
あなたはきっと今、このようにお思いでしょう。それでは、今こうして全てが嘘だと言っている私の話は、本当なのかと。そして、こうもお思いでしょう。何故そんな話をしているのかと。
その答を、私が持っていると思いますか?
あなたが今見ているのは私の裸ではありません。その中にあるものです。お分かりですか?
*
(診断結果はここで終わっていた。)
彼の眠る病院
問診表は上記の放送で提出された。
隔離病棟
美濃はこの病棟に入院している。
その後
ある暖かい春の日、健文は目を覚ました。(それは、春ではなかった。たまたま暖かかったことを彼が春と誤解したのだった。そのことを彼は後で気づいた)
彼の目覚めた病室に、千尋の姿はなかった。辺りにはくしゃくしゃになった彼女の手書きの「診断結果」が散らばっていた。
彼はその一つ一つを丁寧に拾い、静かに全てを読んだ。
彼は表情一つ変えなかった。最後の一文字まで、ただ穏やかな眼差しで、読んでいた。
そして彼女の「診断結果」が、あまりにも不穏な、いたずらに読み手の疑問や不安だけをかきたてるところで無造作に途切れていることまでを、ただ把握した。
しばらく彼は、何も考えなかった。おそらくとても長い時間、彼は何も考えずにいた。そして、何かがひらめいてくることを少し待ってみた。
ふと、彼は思う。
おそらく彼女は自分の心の限界を超えて、その続きを書こうとした。きっとそれが、何かを砕いてしまったのだと少しだけ夢想した。そして、そのかすかなひらめきが起きたところで、すぐその夢想をやめた。何かを夢想することで、自分が砕けてしまうことは、許されないからだった。
千尋がどこへ消えたのか、健文がその後どこへ向かったのかは、まだわからない。
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