リファレンスポイント(Reference Point)とは、1984年生まれの競走馬である。
二冠馬を除くセントレジャーステークスに出走した最後のダービー馬。そしてセントレジャーステークスの権威に止めを刺した馬。
父Mill Reef、母Home on the Range、母の父Habitatという血統。父はダービーステークス・キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス・凱旋門賞の優勝馬。母はサンチャリオットステークス(G2)の優勝馬。母の父ムーランドロンシャン賞などの優勝馬した馬で、種牡馬としても数々の活躍馬を輩出した。
8月30日ハートオブバラエティステークスでデビューして3着。続くドーキングステークスで初勝利を挙げた。
2歳マイル王決定戦であるウィリアムヒルフューチュリティステークス(G1)では5馬身差で逃げ切って圧勝しG1初制覇を果たした。この勝利からこの年の欧州調教の2歳馬では1位となる127ポンドのレーティングを獲得した。
当初は2000ギニーステークスを目標としていたが、鼻に感染症を患ったため回避。ダンテステークス(G2)から始動して快勝する。
ダービーステークス(G1)では単勝2.5倍の1番人気。発馬から即座に先頭に立つとそのまま先団を維持して直線へ。後続に詰められるも二の足を使って差を広げて逃げ切り勝ち。当時のレースレコード2:33.8に次ぐ2:33.90という好時計を叩き出しての勝利で見事ダービー馬となった。
続けて出走したエクリプスステークスではTriptychらの古馬相手に単勝2.1倍の1番人気となったが、後方から追い込んできたMtotoに差し切られ、3/4馬身差の2着に敗れた。
続くキングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスでも1番人気に支持された。ここでもハナを切って先頭に立つとそのまま他馬に競り掛けられても譲らず、直線2ハロン地点で後続を突き放して2着*セレスティアルストームに3馬身差をつけ完勝した。
秋はセントレジャーステークスから凱旋門賞へ向かう計画が立てられた。ダービー馬がセントレジャーステークスに出走するのは過去50年間で1969年のBlakeney、1970年のNijinsky、1981年Shergarの3頭のみであり、内優勝したのはNijinskyのみであった。さらにセントレジャーステークスと凱旋門賞の両方を優勝したのはBallymossしかおらず、同一年優勝は皆無であった。
まずはセントレジャーステークスの前哨戦グレートヴォルティジュールステークス(G2)に出走。単勝1.07倍という圧倒的な人気に応えて4馬身差で勝利した。
しかし、レース中に濡れた馬場のせいで脚を滑らしてしまい脚部を負傷してしまった。
幸い怪我の程度は深刻なものではなかったようで予定通りセントレジャーステークス(G1)に出走。単勝1.36倍とここでも圧倒的な支持を受けた。発馬から快調に先頭に立って後続を牽引し、残り2ハロン付近で後続馬に詰められるも二の足を使って引き離して1馬身半差で勝利。イギリスクラシック二冠を達成した。
その後は凱旋門賞(G1)に出走。TriptychやMtoto、イタリアG1・2勝の*トニービンといった強豪が揃ったなかでも単勝1.73倍という断然の1番人気。父Mill Reef以来のダービーステークス・キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークス・凱旋門賞の完全制覇への期待が高まっていた。
しかしレースでは先頭に立つも競り合いとなってしまった結果、恐ろしいハイペースとなった。それでも先頭を譲らず直線に向いたが残り400m地点で追い上げる後続馬に抵抗できずに馬群に沈み、レコードタイムで優勝したTrempolinoから大きく離された8着とまさかの惨敗であった。
レース後、引き揚げる本馬は脚を引きずっており、検査をしたところ左前脚の蹄に腫瘍が出来ていることが判明。恐らく前述のグレートヴォルティジュールステークス中に負った怪我が悪化してしまったようだ。
凱旋門賞を最後に競走馬を引退。通算10戦7勝、最後の凱旋門賞を除いては全て3着以内という堅実な走りであった。
リファレンスポイントは種牡馬として4年間供用されたが、グループ1国での重賞勝ち馬は伊オークスを制したIvyannaだけだった。1991年12月に事故で足を骨折しダルハムホールスタッドで夭折した。享年7歳。
三冠馬Nijinskyが凱旋門賞で2着に敗れたことにより権威が失墜していたセントレジャーステークス。それでも権威はまだ残っており、事実Shergarや本馬のようにダービー馬が出走することもあった。しかし、本馬の凱旋門賞での惨敗により、その権威は完全に失墜することとなった。
本馬が凱旋門賞で惨敗した要因はハナを譲らず競り合ったことによる超ハイペースの展開や左前脚の蹄に腫瘍が原因である。更に左前脚の蹄に腫瘍はグレートヴォルティジュールステークス中の負傷が元であり、『セントレジャーステークスを使ったから凱旋門賞で負けた』というのは完全な冤罪である。
とはいえ本馬の凱旋門賞惨敗がセントレジャーステークスの権威に止めを刺したのは紛れもない事実であり、以降25年間ダービー馬が出走することはなかった。2012年にCamelotが出走しているものの、あくまでも三冠達成を狙った出走でありセントレジャーステークス自体の優勝を狙ったものではなかった。
最近は比較的賞金が高いため権威はやや回復しつつあり、愛ダービー馬やパリ大賞優勝馬が出走すること珍しくないようだ。
| Mill Reef 1968 鹿毛 |
Never Bend 1960 鹿毛 |
Nasrullah | Nearco |
| Mumtaz Begum | |||
| Lalun | Djeddah | ||
| Be Faithful | |||
| Milan Mill 1962 鹿毛 |
Princequillo | Prince Rose | |
| Cosquilla | |||
| Virginia Water | Count Fleet | ||
| Red Ray | |||
| Home om the range 1978 黒鹿毛 FNo.10-d |
Habitat 1966 鹿毛 |
Sir Gaylord | Turn-to |
| Somethingroyal | |||
| Little Hut | Occupy | ||
| Sayage Beauty | |||
| Great Guns 1971 鹿毛 |
Busted | Crepello | |
| Sans le Sou | |||
| Byblis | Grey Sovereign | ||
| Niobe | |||
| 競走馬の4代血統表 | |||
クロス:Nasrullah 3×5(15.63%)、Princequillo 3×5(15.63%)
掲示板
1 ななしのよっしん
2023/02/15(水) 21:39:16 ID: FG/rxyKdSF
立て乙
何?馬名はリファランスポイントではないのか!?(勝鬨並感)
https://
https://
そう思って二つの実況を聞いてみたらレファランスポイントと聞こえる気がするしどういうことなの…
2 ななしのよっしん
2023/02/15(水) 22:01:01 ID: gbFqzjixpG
>>1
日本で供用実績がない外国馬に関しては正式な日本語表記は存在しないし
どの表記でもいいと思うよ
3 ななしのよっしん
2024/08/26(月) 14:15:35 ID: 5KshI+7KzO
'Stamina, courage and determination, all displayed in abundance, carried the day for Reference Point in the King George.'
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最終更新:2025/12/27(土) 06:00
最終更新:2025/12/27(土) 05:00
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