北条五色備…
それは関東の覇権を握る為に戦う、仁義のもののふ達の事である!!
北 条 戦 隊
ソナエンジャー
(※ナレーション:若本規夫)
概要
関東の戦国大名・北条氏康の下に結成されていた、五つの備(そなえ。いわゆる部隊)のこと。分かりやすくするためか、それぞれテーマカラーが設定されている。備と色、その指揮官は以下の通り(※註:大将は諸説ある、特に白)。
- 赤備:北条綱高 … 元は高橋氏。北条早雲の孫(娘の子)で、北条氏綱の養子。
- 青備:富永直勝 … 富永氏は伊豆衆21家のひとつ。
- 黄備:北条綱成 … 元は福島氏。北条氏綱の娘婿。
- 黒備:多目元忠 … 多目氏は御由緒家のひとつ。
- 白備:笠原康勝 … 笠原氏は伊豆衆21家のひとつ。
この中でも特に「地黄八幡の猛将」北条綱成の存在はつとに有名である。というか、むしろ綱成が有名なお陰で五色備という要素が知られている、とも言えるのだが…。
ゲーム等の歴戦創作界隈では(特に戦国大戦など)これらの色を前面に押し出したキャラクターデザインが成されている事が多く、印象的である。そして何より5人で5色といえばスーパー戦隊シリーズを連想するものが後を絶たず、誰が呼び始めたか「北条戦隊ソナエンジャー」「北条戦隊五色ンジャー」などの異名で人気。
余談ながら、この5色で構成された実際のスーパー戦隊としては鳥人戦隊ジェットマン、忍者戦隊カクレンジャーなどがある。でも冒頭のあれは黒も白もいないギンガマンのパロディなのは秘密だ。
五色備の実像に関して
実は五色備について記された史料はほとんどない。その数少ない情報では、河越夜戦(1546年)を経て上杉憲政を追放した(1551年)頃の家臣団の構成として、上の五人が五色備の大将を務めていた事が分かっている。
つまり、いつ頃から五色備があったのか? 後北条氏滅亡まで五色備の体制は受け継がれていたのか? そもそも五色備の部隊規模ってどれくらいなのか? といった部分に関しては謎に包まれているのである。
五色備の大将たちは、大道寺・遠山・松田の北条三家老に次ぐレベルの重臣「五家老衆」として扱われていた。5人のうち綱成を除く4人は、後北条家臣の中でも北条早雲の時代から仕えていた古参の家の出身である。基盤の弱い頃からの後北条氏を支えていた面々と言える。
ただし、次代の北条氏政の頃には(彼らも当然重用されてはいたが)一門・兄弟たちを各方面の指揮官に据える体制が確立していった。例えば上野方面は藤田氏邦、常陸方面は大石氏照、伊豆方面は北条氏規といった形で、佐野氏や千葉氏にも養子を送り込んでいる。
こうして後北条氏の勢力・基盤が強固になるに伴い、五色備の体制は発展的に吸収・解消されていったのではないかと思われる。後の北条全盛期における各方面軍の基礎を築いたのが、彼ら北条五色備だったのだろう。
赤備
綱高の父は九州の名族高橋氏(後々に高橋紹運が継ぐあの高橋)の当主だったが、諸々の事情により出奔、伊豆で暮らしていた。そこで北条早雲の伊豆討ち入りに出くわし、以降は早雲に従う。早雲の娘(または養女)との間に生まれたのが綱高である。古参家臣であると同時に北条の血縁者。
玉縄城や江戸城に詰めて、主に房総方面(里見)の攻略を担当していたようだ。
青備
富永氏は西伊豆・土肥の豪族であり水軍衆(要は海賊)。早雲の伊豆平定以降から従う古参の家。のち江戸城に配置される。
直勝は第二次国府台合戦で討死。その後の富永氏は下総・栗橋城へ移り、大石氏照の下で常陸・下野方面…佐竹・宇都宮連合との戦いを担当していく事になる。後々に後北条滅亡のきっかけを作ってしまう猪俣邦憲も、富永氏の出身である。
黄備
諸説あるが、今川家臣・福島正成の息子であると言われる。父の死後に氏綱に保護され、養子となった。「地黄八幡」の猛将として有名…というか詳しくは本人の項目をご覧ください。
黒備
多目氏は大道寺氏などと同じ御由緒家のひとつ。かつて素浪人だった早雲と共に旗揚げを誓った者たちの子孫である、とされる。早雲の出自は置いといて、彼が伊豆へ赴く以前からの超古参の家系。
上杉憲政を追い出して、その居城であった武蔵・平井城を預かった。多目氏はその後は箕輪城へ移り、藤田氏邦の下で上野・信濃方面を戦う。
白備
笠原氏は富永氏と同じく伊豆衆21家のひとつ。非常に紛らわしいのだが、後北条家臣の笠原氏は2系統存在していて、「備中出身で、早雲と一緒に関東へ下向した越前守家」と「元々伊豆にいた美作守家」とがある。一族遠戚らしい。この康勝は前者(でも本人の通称は能登守)。
笠原越前家は初めは武蔵・小机城に詰めていたが、後に下田城に転属。以降は伊豆衆を率いる立場となり、北条氏規の配下として駿河方面の武田と対峙。しかし康勝の養子・笠原政尭は二度の寝返りにより誅殺される。
白備に関しては何故か他の備と異なり、康勝以外の人物が大将と解釈されている事も。
ゲーム等での扱い
信長の野望
信長の野望シリーズでは、長らく北条綱成以外の武将は全く登場しなかった。元々北条家は家臣団の層が厚いので、そこに他4人まで投入してはゲームバランスがぶっ壊れてしまう事が容易に予想されたからと思われる。(ただ、笠原綱信はこっそり天翔記に登場していたりする)
ソーシャルゲーム「100万人の信長の野望」では、そのゲームシステムの関係上そういった問題が発生せず、5人揃って登場した。ちなみに白は笠原康勝。そして5人を揃える事で北条氏綱を入手する事が出来る(あれ、氏康時代のメンバーなのに…)。
「天道」で富永・多目の二人が登場し、続く「創造」のPKで綱高・康勝も登場、遂に初めて5人が揃い踏みした。当然ながら、顔グラには各カラーがふんだんに用いられている。
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関連項目
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