ヤーコブ・フェルトハイゼン・ファン・ザンテンとは (ヤーコブフェルトハイゼンファンザンテンとは) [単語記事]

ヤーコブ・フェルトハイゼン・ファン・ザンテン(Ja cob Veldhuyzen van Zan ten)とは、KLMオランダ航空(以後、KLM)に長年勤め、その多大な功績から広告にも載るほどの名声を集めたパイロットである。

だが後述するテネリフェの悲劇こと、テネリフェ空港ジャンボ機衝突事故にて事故の直接的原因を作ったことで世間で知られるようになった。

生涯

1927年 2月5日、オランダのリッセという、首都アムステルダムからさほど離れていない都市に生まれる。若い頃の経歴は不明だが、後の経歴を見る限りでは航空機パイロットに憧れを抱いていたと考えられる。

1947年には自家用操縦士資格、1950年には事業用操縦士資格を習得し、同年中にKLMに入社。51年よりDC-3の副操縦士としてパイロットのキャリアをスタートした。
その後も順調に経験を積み、52年に航空通信士資格、56年に定期運送用操縦士資格、63年に一等航空士資格を取得した。

1971年 1月にはKLM初のボーイング747 型機搭乗員に選ばれ、習熟訓連を行った。その後、KLM内でボーイング747 型機の教官としてパイロット育成に勤めた。また時折、商業飛行に復帰し、ボーイング747を飛ばしていたという。
その功績が認められ、1977年にKLMの広告に顔写真が使われ、社内からも強い信頼と人気を集めた。

だが1977年 3月27日、3ヶ月ぶりに商業飛行に復帰したばかりの彼は自身のミスにより、パンアメリカン航空のボーイング747に衝突。乗客もろとも帰らぬ人となった。

余談ではあるが、テネリフェの悲劇が起きた直後、KLM社内は事故調査委員の一人に彼を指名した。それほど社内で経験豊富かつ信頼できる人材だったのだが、やがて事故を起こした張本人がザンテンであることを知ると、経営陣は愕然としたという。

テネリフェの悲劇

1977年 3月27日、カナリア諸島に属し人気のリゾート地だったグラン・カナリア島のグラン・カナリア空港は、爆破予告によって臨時閉鎖となり、本来グラン・カナリア空港に着陸するはずの旅客機はテネリフェ空港に殺到。テネリフェ空港は息つく暇もないほど多忙を極めていた。

ただでさえ航空管制官が通常時とは比べ物にならない程の仕事量でパンク寸前の中、折り悪く濃霧が発生。視界が急激に悪くなる。さらに航空管制官は当時最新機材のボーイング747 型機の知識が乏しく、パンアメリカン航空のボーイング747 型機に不可能な機動で誘導路と滑走路に侵入し、離陸するよう指示を出してしまう。
これを聞いたパンアメリカン機は管制官側のミスと解釈し、勝手に誘導路を変更してしまう。

だが、それ以上のやらかしでザンテンが機長を務めるKLMのボーイング747 型機が、管制官の承認を得ずに離陸を開始。
さらに当時通信に使う英単語や英文法が統一されていなかったため、管制官が離陸準備という意味で発言した指示を、KLM側が離陸許可と解釈してしまう。

これらのミスの積み重ねにより、KLM機は上昇が間に合わず、パンアメリカン機の横っ腹に追突。
結果、KLM側死者248名(全乗客・乗員)、パンアメリカン側死者335名(ビル5階分の高さから飛び降りて脱出した機長・副機長・機関士含む、乗員・乗客61名生存)、計583名が死亡する航空機史上最悪の死亡事故を引き起こした。

事故の原因

テネリフェ空港ジャンボ機追突事故の主原因は主に2つある。

1つは統一されていない文法・単語による解釈のズレ。もし用語の意味などが統一・周知されていれば。KLM側が離陸を強行する前に、副操縦士などから待ったがかかった可能性が高い。(それでも離陸を強行したなら、それは儒教かCRM(クルーリソースマネジメント)失敗案件となり別問題なので、触れないでおく)

もう1つは、ザンテン機長の経歴である。
彼は事故直前は総飛行時間11,700時間、内1,545時間はボーイング747を飛ばした^[1]
だが、彼の直近の経歴はフライトシミュレーターによるパイロットの育成に偏っており、実物の飛行機を飛ばす経験に欠けていた。

シミュレーターは当然実機の飛行特性等を再現しているが、70年代当時はまだ再現できないものがあった。それは航空管制官である。
ザンテン機長はフライトシミュレーターを長期間使用し続けた結果、シミュレーター内で再現できなかった航空管制官の存在を忘れ去っており、管制官の指示に従うという基本中の基本を理解できて無かった可能性がある。

全てが自分の操縦で思い通りにいくシミュレーター内と、予測不能なアクシデントが付きまとう現実を混同してしまった結果、前述の用語不統一問題も合わせて離陸を強行してしまった可能性が高い。

他にも、1分でも規定の飛行時間を超過すれば飛行免許取り消しすらありえた厳しすぎるKLM社内の労働規約、社内の伝説的存在とすら化していたザンテン機長の威光にパワハラ被害を受けてないにも関わらず副操縦士が萎縮してしまった等の要因が挙げられる。

教訓

このように見てみると、テネリフェの事故はザンテン機長一人が全ての責任を負うべきものとは断言できない。

全ての事故に言えることだが、事故が発生するというのは何らかの複数要因が何重ものヒヤリハットを貫通して起こるものである。
故にボナンやアエロフロート・ノルド821便の機長を除いて事故の責任を一人の個人に押し付けてはいけないし、そうなっては被害者やその遺族が報われないばかりか、将来発生しうる事故を防ぐことができない。

この事故がきっかけで通信に使う用語の統一化が行われた他、CRMの概念が生まれ始め、機長と副機長の間に溝が生まれてはいけないという認識が共有されるようになった。
そのおかげで滑走路侵入ミスなどを事前に防いでいる他、CRMという概念の普及により事故が起きても墜落を回避して生還できた事例が多数生まれているのは特筆すべきことである。

そして、「どんなベテランで一人の人間であり、人間である以上ミスをする」という当たり前で忘れがちな重要な教訓を、ザンテン機長は遺した。