指定価格制度とは、家電メーカーが自社の製品を取扱条件を制定し、その条件を満たす特定の販売業者にのみ取扱を許容するという制度。
その条件の中に「価格を指定し、それ以上は値引きもポイント還元もしない」というものがあるため、こう呼ばれることが多い。
自社の製品を価格面を含めた取扱条件を制定し、その条件を満たす特定の販売業者にのみ許容するという制度。2020年にパナソニックがナノケアドライヤーやドラム式洗濯乾燥機の一部で試験的に運用をはじめ、その後2022年には対象商品を拡大している。2023年には日立グローバルライフソリューションズ (日立GLS) がドラム式洗濯乾燥機で同じく指定価格制度を導入し、同社第1号となった。
これらの製品はパナソニック・日立GLSともに「正規販売店・正規取扱店」というように定めた事業者でのみ販売し、EC事業者は自社取扱ページにおいて必ずその証明としてメーカーが用意したマークを掲出する。逆説的に言えば、このマークがページに掲出されていない事業者が取り扱うことは本来なく、それらの事業者が指定価格制度に該当する商品を、他社より安く販売していた場合は正規の流通経路ではないという証明にもなる。
基本的に家電製品というものは、メーカーの希望小売価格と実際の販売店での販売価格が乖離するものであり、メーカーサイトでは希望小売価格1万円と書かれていても、実際の販売店では4-5千円ということは当たり前である。こうした希望小売価格との乖離を嫌ってメーカーサイドが「販売店は自由に売ってね」という意味合いのオープン価格を採用することもある。
そして販売店は販売する商品をいくらで売ろうと自由である。無論、利益が出なければならないものの、シーズンを過ぎた商品は在庫をなくすために処分特価をつけたりすることもある。そしてなにより家電といえば値引きの慣行が根強く、対抗している他の法人に負けないように、「こちらはもっとお安くしますよ」などと店舗において相対値引きをすることはザラである。
しかし一度下げた価格を上げ直すというのは容易ではない。「あのときはあの価格で売っていたじゃないか」となるからである。客にとっては通常の価格下落も処分特価セールも「店の都合」でしかなく、安く買えないなら他の法人に行くと言われるとその値段で販売してしまったりする。
そうするとメーカーサイドにはしわ寄せが来る。メーカーサイドは販売店に商品を売ってもらう、あるいは店舗において売り場を作って商品の認知度を上げている。店舗にない、見れない商品はネットでも買ってもらえない。そうすると自社製品を常に扱ってもらえるように、あるいは他社製品よりも目立たせてもらえるように販売店の値引きを補填したり、場合によっては先に「台数売ったらリベートを約束する」などするしかなくなる。
となると、値下がったままの商品を作るメリットはまったくない。そこでメーカーは価格を戻すためだけに新製品を投入する必要がある。しかし新製品というからには、当然どこか改善点がないと奇妙である。これがPCなどのように日進月歩の世界の商品ならいいが、洗濯機・冷蔵庫・エアコン・掃除機……人々の生活には不可欠ではあるが、その進化をどれだけ人々は語れようか?その結果メーカーも「大して使われない機能」を付け足さざるを得なくなった、というのはメーカーサイドも指摘している。
「業界全体で、下落した価格を戻すために、お客様が望んでいないような機能を付加して、モデルナンバーを変えて、毎年のように新製品を出していた。100個も、200個も機能をつけても、そのなかで使われてるのは、せいぜい10個ぐらいというのが現実である。他社よりもたくさんの機能を搭載すれば、高く売れるはずという考え方では、お客様からは喜ばれない」(パナソニックくらしアプライアンス社の松下社長)
「値下げしない家電」にメーカーが前向きなのは値崩れ防止だけではない--指定価格制度を導入しない理由も - CNET Japan
実際日本の家電シーンでは海外家電や、国内でもアイリスオーヤマやツインバードなどの『ジェネリック家電』が存在感を2010年代には高めつつあるのだが、その理由は単に安いからではなく、「余計な機能がついていなくて安いから」という点もある。単に安いだけなら性能も悪いだろうと思ってしまうが、機能自体が必要不可欠な部分に絞られているなら「余計な機能を削ぎ落とした結果」と考えることもできる。
指定価格制度は別にメリットを産んでいる部分もある。価格を固定することで製品自体のライフサイクルが伸びたので、「値段を上げるためだけの余計な機能をつける」ところに開発のコストを割く必要がなくなる。この結果、洗濯機なら洗浄力、冷蔵庫なら冷却力といった家電本来の強みを伸ばすような開発や、逆に世界中で求められているIoT対応などの本来やるべきであった開発に目を向けることも可能となる。
また、客側もどこで買っても同じなら、近くの店舗で買う、アフターサービスがしっかりしているところで買う、など店舗選びが価格以外の観点になり、健全な競争になるという話もある。
さて、メーカー側が価格を固定することは独占禁止法に抵触しないのかという疑問に至る者もいるだろう。通常であればそうだ――つまり、在庫が小売店のものである限りは。
しかし、指定価格制度の商品は基本的に、在庫リスクを販売店ではなくメーカー側が負うという契約であり、これによってその商品がまったく市場で売れなくてもメーカー側がそれを引き上げることで小売店サイドは過剰在庫を値引きもできないまま腐らせるリスクがない。
このため独占禁止法で定める「再販売価格の拘束」には当たらないことになる。
メーカー側が導入したことを公表している場合のみ記載している。
メーカー | 導入時期 | 主な導入品目 |
---|---|---|
パナソニック | 2020年 ※2021年正式開始 (参考) |
|
日立GLS | 2023年 (参考) |
|
アイロボット | 2024年 (参考) |
ここからはちょっとしたコラムである。実はパナソニック――というより当時は松下電器産業だが、過去にも似たような事例があった。『ダイエー・松下戦争』である。
ダイエー (現在はイオン傘下) は流通革命・価格破壊をかかげ、あらゆる商品をとことん安く消費者に提供することを目的としていた。創業者の中内㓛は常々『価格は店頭で決まるべき』『価格決定権をメーカーから消費者に取り返す』と述べており、
大メーカーは、お客さんに対してより安い値段で、品質のよりいい物を供給するという義務を持たなくてはいけない。大量生産によるメリットを、もっと消費者に還元すべきだと思う。今のように管理価格をつくっている理由が、われわれから見ると全く分からないわけです。
(中略)
私はかねてから消費者が商品に求める価値、すなわち価格というものは、店頭で決まるべきだと主張してきた。
カラーテレビを例にとれば、メーカーのほうで原価がいくらかかったとか、いくらで売りたいとかいうことは意味がないのです。消費者としては、8万5000円であればカラーテレビを買いたいと思っている。それならば8万5000円で売るように研究しなければいけない。
ダイエー中内功、松下電器への挑戦状「幸之助氏は一時代前の天才」 | The Legend Interview不朽 | ダイヤモンド・オンライン
と主張してきた。中内㓛には戦争のなかで死を覚悟したときに、家族が裸電球のしたですき焼きを囲んで食べている風景がなぜか浮かび、そこから「もう一度すき焼きを腹いっぱい食べたい」と思ったことをきっかけに、復員後消費者の生活を豊かにしようと「価格破壊」を掲げたのであった。
そんなダイエーは、1964年に松下電器産業 (現在のパナソニック) の商品を当時のメーカー小売希望価格からの値引き許容範囲であった15%よりも更に上回る20%引きで販売しようとした。
さて、中内も強い信念を有していたわけだが、その相手である松下 / パナソニックの創業者・松下幸之助もまた、消費者の生活を豊かにしようという信念は同じではあったが、その方法論が異なっていた。松下は販売会社・販売代理店が1964年に金融引き締め政策の影響で赤字経営に陥っていることから、全国の販売会社・販売代理店の社長を熱海に集めて、打開策を協議した。これは後に『熱海会談』と呼ばれている。
その中で、松下は「定価販売(小売希望価格)でメーカー・小売が適正利潤をあげることが社会の繁栄につながる」という信念から、共存共栄を掲げていた。このため、大手販売代理店であるダイエーの価格破壊は望ましいものとは到底言えなかった。松下電器産業はダイエーへの商品出荷停止措置を取る。これに対してダイエーは独占禁止法で松下電器産業を提訴し、泥沼の30年戦争が勃発した。
1971年に消費者団体による不買運動があったこともあり、松下電器産業サイドも一部折れたところもあるが、一方でダイエーもプライベートブランド製品に力を入れて当時としては破格値のカラーテレビの販売に踏み切ったため、両者の関係は悪化するばかりであった。両者が和解したのは松下幸之助没後の1994年であり、この年にダイエーが忠実屋を買収した際にこの取引を継承する形を取った。
当時としては中内の考え方は松下よりも強く支持されていたといえよう――というより、当時の消費者団体による松下不買運動から考えても松下の考えが理解されていたとは言い難い。しかし、ダイエー・松下戦争の終結したころにはバブルが崩壊 (1991年) し、そこから失われた30年がはじまっていた。
消費者が「より安く」商品を求めるために、メーカーは人件費の安い海外に拠点や工場を作るようになり、日本国内は雇用が悪化。そのために国民の収入は上がらず、更に値下げ圧力がかかる……というデフレ・スパイラルが長年続いた。少子化が進む中で販売店もオーバーストア状態になり、競争の激化による価格競争は大手小売業による寡占化を引き起こし、メーカーも適正利潤を引き上げるためだけのモデルチェンジにより疲弊するようになった。これがメーカーの競争力を削いでしまったという指摘もあるほどである。
また、小売サイドも本来であれば対価を得てやるべきサービスを、価格競争の影響から無料でやらざるを得なくなったりすることにより、顧客と販売員のパワーバランスが歪み、カスタマーハラスメントが横行する事態にまで陥った。
パナソニックが指定価格制度に踏み切ったのはこうした背景から、もう一度「メーカー・小売が適正利潤をあげることが社会の繁栄につながる」という、松下幸之助の信念に立ち返った結果なのかもしれない。
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最終更新:2024/05/02(木) 23:00
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