島根スサノオマジックとは、島根県松江市を本拠地とするバスケットボールクラブ、及びBリーグに所属するプロバスケットボールチームである。
概要
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bjリーグ(日本プロバスケットボールリーグ)参入を機に誕生したバスケットボールクラブである。
愛称の「スサノオマジック(Susanoo Magic)」とは、出雲神話のヤマタノオロチ伝説に登場する「スサノオ(素戔嗚尊)」に、英語の「魔法・魔術」を意味する「マジック(magic)」を組み合わせた造語。チームに出雲の神々の不思議な力が宿るイメージから命名された。
また、クラブの活動範囲は現在の正式なホームタウンである松江市の他に松江市以外の出雲地方(島根県東部)、引いては島根県全域、更には同じ山陰地方ということでお隣の鳥取県で活動する場合もある。実際にbjリーグ時代から鳥取県での試合開催実績がある。また、鳥取県側の民間団体からの支援も有る(※山陰放送がその最たる例)。そして、ガイナーレ鳥取を始め、鳥取県のスポーツチームとの連携も有る。
2019年には株式会社バンダイナムコエンターテインメントが運営法人の株式を過半数取得し経営に参入。チームカラーや地域密着の方針を継承しつつ、応援キャラクターとしてパックマンが登場したり、会場でのルール説明をミライ小町が担当するなど、演出面にバンナムのカラーが現れている。
創設の経緯
大昔、島根県はバスケットボールが盛んな地域であり、ミニバスに最初に普及された地域の一つで有る他、地元の高校がインターハイで優勝を成し遂げたり、国体では好成績を残すなどしていた。その名残故か、現在でもバスケ人口の割合が比較的高い県である。
そんな地域にプロバスケットボールチームを作ろうと立ち上げた有志たちが、2007年5月、準備組織を立ち上げ、2008-2009年シーズンからのbjリーグ参入に向けて奔走した。しかし、結果は落選した。短期間でブースターの開拓、そして行政との連携を深めた点を評価された。ただ、年間2億5000万円から3億円の収支に対する事業性について評価されなかった。それは運営母体や大口スポンサーを欠いてしまった為であり、結果、2008年7月末の事前審査でbjリーグの担当者から収支の見通しの甘さを指摘されるのであった。
その後、現在の運営法人に事業を移管させ、改めての参入を目指し、内容を見直すこととなる。結果、2009年、申請していた2010-2011年シーズンからの参入が承認。晴れてプロバスケットボールチームが島根の地に誕生し、クラブ名称及びチーム名称が公募で現在のものに決定する運びとなった。
トップチーム略歴
- 2010-2011年シーズン、ヘッドコーチ(HC)として初っ端から元日本代表監督のジェリコ・パブリセヴィッチを招聘。そして、コミッショナー裁定による特例で代表選手の石崎巧と契約することなる(※彼はbjリーグ所属日本代表選手の第1号であった)。シーズン結果はというとウエスタン・カンファレンス9チーム中6位でいきなり優勝プレーオフに進出。プレーオフは1回戦でライジング福岡に2戦共に競り負けて敗退。
- 前シーズンを以って石崎がドイツのチームへ移籍していった2011-2012年シーズン、ウエスタン・カンファレンス9チーム中6位で優勝プレーオフに進出。プレーオフは1回戦で京都ハンナリーズに競り負けて敗退。
- 2012-2013年シーズン、ウエスタン・カンファレンス10チーム中3位で優勝プレーオフに進出。プレーオフでは1回戦で浜松・東三河フェニックスに快勝し初めて2回戦に駒を進めるも、2回戦で福岡に競り負ける。
- 2013-2014年シーズン、前シーズンを以ってジェリコがHCを退任。代わってジェリコの下でコーチをしていた経験があるブライキディス・ブラシオスがHCに就任(※元・岩手ビッグブルズHCでもある)。そしてチーム得点王であったマイケル・パーカーの代わりに外国人選手を2人補強した。しかし、これが結果として裏目に出てウエスタン・カンファレンス10チーム中最下位で終えて優勝プレーオフを逃す。特に開幕から7連敗するなど序盤から成績は低迷し、補強した外国人2人の内1人とは契約解除、そしてHCのブラシオスは途中解任される有り様であった。なお、途中からバスケットボール日本リーグ(初代JBL)でプレー経験のあったレジー・ハンソンがHCに就任するが、13連敗を記録することとなる。
- 2014-2015年シーズン、引き続きハンソンがHCとなるものの、開幕から11連敗するなどして解任されてしまう。そしてACの森山知宏がHC代行の形で指揮を取り、最初は連敗を重ねるものの、徐々に勝ち星を付け、終わってみればウエスタン・カンファレンス10チーム中6位で優勝プレーオフに進出。しかしプレーオフは1回戦で浜松・東三河に競り負けて敗退する。
- 2015-2016年シーズン、bjリーグラストシーズン。森山が福岡のHCとなるべく退団し、後任に勝久マイケルが就任。ウエスタン・カンファレンス12チーム中3位で優勝プレーオフに進出するも1回戦で同カンファレンス6位の大阪に2連敗して終戦となった。
- 2016-2017年シーズン、Bリーグのルールにより、ホームタウンが松江市のみになる。そして審査の結果B2リーグ所属となり、地区分けでは西地区となる。結果としては西地区1位を決めて昇格プレーオフに進出。そして、プレーオフ1回戦である広島に延長戦となる第3戦まで持ち込まれるもコレに競り勝ってB1リーグ自動昇格を決めたのだった。なお、B2リーグファイナルでは西宮に負けて準優勝となった。
その他
1万本シュート
地域との連携を強める為に行ったイベントである。県内各地を回り、参加者全員でシュートを打っていき、総計1万本を目指した。シュートが決まるとプレゼントされる得点認定カードは子どもたちに大人気であったという。
この話をした
当時総括マネージャーの宮下博行は、このイベントを通じて各地のバスケ関係者とも直にお会いすることが出来て、より一層のネットワーク強化に繋がったと語っている。
山陰プロスポーツ連携プロジェクト
2014年に行われたガイナーレ鳥取とのコラボレーション
である。タイトルは『YONA GO! MATCH』。米子市内で行われる互いの試合を通じて、クラブ間及びファン間の交流を行うというもの。コラボレーションでは割引企画やイベント等を行った。
プレーオフ第3戦のテレビ中継が・・・
2016年のB2リーグ昇格プレーオフ、島根は広島相手の準決勝を戦っていたのだが、持つに縺れて第3戦までとなったが、それを中継していたTSKはなんと第2戦で中継を終えてしまった。
この一件については当時のクラブ社長である尾崎俊也が以下のように釈明している。
昨日は島根県経営者協会の総会があり、参加させていただきました(アースサポートとして会員になっています)。多くの経営者の方々に「おめでとう!」と握手していただき、反響の大きさに驚くと共に、B1に昇格できたことは地域を元気にすることなんだと改めて感じました!
その中で、「TV中継が2試合目で終わった!どうなってるの?」と多数お叱りをいただきました。あれは地元TV局さんではなく、私の方が悪いのです。申し訳ありませんでした。
というのも、地元TV局さんには以前から「第3戦にもつれ込むことも考えて、12時Tip-Offにしてもらえませんか?」と依頼されていたのです。15時の競馬中継は変更できないので、その前の時間を前倒しすることで対応しようというご提案でした。
ただ、スサノオマジックでは今まで12時スタートは例がなく、社内やチームとも協議した結果、選手の体調を第一に考えて12時スタートはお断りしました。「勝利すること」がいちばんの目的だったので、ほんの少しでも選手に負担になることはトップとしてお断りしたいという気持ちでした。
それに、なんとしても2戦で勝ち切ろうと考えていたので、「3戦までいかないですよ。」と言いました。その点では申し訳なかったと思っています。ただ、選手のコンディションを万全にするため、私がいろんなことから守る盾になろうと思ってのことです。ご理解いただけると幸いです。
Togetter
『島根スサノオマジックのプレーオフ第3戦がTSKで放送されなかった本当の理由@尾崎社長語る&それについての個人的見解まとめ』より
応援米
申し訳ございませんm(_ _)m
バスケが大好きなので許してください。
物部米穀店公式サイト
より
明治11年創業の物部米穀店から発売中の商品である。(※ちなみに店長はバスケ経験者とのこと)
関連動画
・・・ニコニコ動画に無い動画は、スポーツナビ
の動画一覧
を観て、どうぞ。
関連商品
関連コミュニティ
関連項目
クラブ公式サイト
関連サイト
参考文献
- 例によってWikiped(ry
- 日本海新聞『島根にプロバスケチーム 「bjリーグ」参入目指す
』(2007年5月12日付) - 日本海新聞『bj参入 月末申請へ 島根県プロバスケチーム設立の会
』(2007年6月26日付) - 山陰中央新報『島根にプロバスケチーム/幅広い支援が実現の鍵
』(2007年7月9日付) - 山陰中央新報『bj新規参入で島根落選
』(2007年9月7日付) - 山陰中央新報『島根スポーツ振興会 「bjリーグ」新規参入発表
』(2009年4月3日付) - 産経新聞『【バスケット】王国の威信かけbj参入 「島根スサノオマジック」まずチアガール募集
』(2010年4月30日付)
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