屈折 単語

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屈折(くっせつ)とは

  1. 折れ曲がること。特に、や音などの進行方向が変わること。
  2. 喩的に、感情などが素直に表現できないこと。「ツンデレ」の記事を参照。
  3. 言語学概念本項で詳述する。

概要

屈折(inflection)とは、インド・ヨーロッパ語族に属する諸言語、例えば英語ドイツ語フランス語スペイン語イタリア語ロシア語ラテン語などが有する言語学上の一大特徴である。いきなり定義を述べても混乱するだけなので、具体例を挙げる。

例えば、英語では boy少年)という単語は、複数人の存在を描写する場合には boys という形をとる。あるいは、 loveする)という単語は、 he (彼が) という主語とくっつくと he loves という形をとる。過去の出来事として扱う場合には、 he loved という形をとる。

このように、同じ単語であるにもかかわらず、その物が単数なのか複数なのかによって、あるいは主語なのかによって、あるいはいつの出来事なのかによって単語が形を変えていくことを、言語学上は「屈折」と表現するのである。

なお、屈折という概念は、さらに曲用と活用とに分けることになっている。上の boy の例に代表される名詞(と代名詞と形容詞と冠詞の屈折が「曲用」である。一方、上の love の例に代表される動詞(と助動詞)の屈折が「活用である。

インド・ヨーロッパ語族に属する言語を習得する場合には、絶対にこの屈折、つまり曲用と活用とをマスターしなければならない。

曲用

曲用declension)とは、名詞(と代名詞と形容詞と冠詞)が「」・「」・「」によって形を変えていくことである。

あとに述べる「活用」にべると、日本語の文法用語に存在せずなじみが薄いためか、実際の教育現場で「曲用」の語は広まっていない。語学教育などの学問的正確性がめられない場面では、分かりやすさを重視してか、「名詞の性数格変化」といった呼び方が一般的となっている。また、俗に「名詞の語尾変化」などとも表現するが、英語の代名詞 she → her などのように、必ずしも語尾だけが変わるわけではないので、本来は避けるべきである。また、そもそも後述するように言語学では「変化」はこれとは別の概念を示す用語であるため、厳密には「屈折」や「曲用」の意味で「変化」という語は用いるべきではない。一方で、先述の通り教育現場ではほとんど広まっていないため、正確性に常にこだわることも用な混乱を生む原因となる。状況に応じて臨機応変に使い分けたい。

また、曲用のことを誤って活用と書いている例も散見されるが、混同しないように気を付けるべきである。

(gender)は、「男性」「女性」「中性」の3つから成る。例えば、ドイツ語では Vater)は「男性」名詞、 Mutter)は「女性」名詞、 Kind子供)は「中性」名詞である。

また、本来は性別のないはずの一般名詞や抽名詞なども性が定められている。例えば、ラテン語では fructus (果実)は「男性」名詞、 gloria (栄)は「女性」名詞、 bellum戦争)は「中性」名詞である。

ただし、時代の流れとともに性の種類が減少していった言語もある。例えば、フランス語では「中性」の概念が消滅したため、現在は「男性」と「女性」しか存在しない。また、北欧の諸言語では、「男性」と「女性」との区別が消滅したため、いわゆる「通性」と「中性」という構造になっている。それどころか、英語では(hesheit を区別する)代名詞を除けば、ど性の概念は消滅している。

(number)は、「単数」「双数」「複数」の3つから成る。「双数」(両数などとも表現される)は何かが2つでセットの場合にのみ用いられる概念で、メガネズボン双子などのことである。双数は現代語ではほぼ消滅しているが、英語で glasses 、 pants 、 trousers といった単語が常に複数なのは、その名残(双数が複数に取り込まれたため)と云わる。

ただし、双数の存在する現代語も皆無ではないため、リトアニア語などに挑戦する場合には、「双数」も勉強しなければならない。もっとも、そもそも双数が用いられる名詞は少なく、曲用に関してはパターンを覚えるよりもその名詞ごとに覚えてしまった方が手っ取りい。

case)は、日本人には染みの薄い概念であろう。これは、文中における役割を意味する考え方である。例えば、「私は秘書手紙を渡した。」という文があるとする。「私は」は文の主語となっているので、インド・ヨーロッパ語族の諸言語では「格」で表現することになる。同様に、「の」は「属格」、「秘書に」は「与格」、「手紙を」は「対格」で表現する。

歴史的には、「格」「対格」「属格」「与格」「具格」「奪格」「処格」「呼格」の8種類が存在していたとされる。

しかし、これは統合が進んでおり、例えば

  • チェコ語では7格(「格」「属格」「与格」「対格」「呼格」「前置格」「造格」)
  • ラテン語では6格(「格」「属格」「与格」「奪格」「対格」「呼格」)
  • 古代ギリシャ語では5格 (「格」「属格」「与格 (現代ではほぼ消滅)」「対格」「呼格」)
  • ドイツ語では4格(「格」「属格」「与格」「対格」)

と減少している。英語に至っては格の概念はほぼ消滅しているが、代名詞においては「格」「属格」「客格(対格+与格)」の区別がなされている(一般的には「格」「所有格」「的格」と呼ばれている)。しかし、格はこの通り性や数と異なり文の根幹的な機を決めるため、止してそのままにしておくことはできない。そこで、多くの言語では他の格に吸収させたり前置詞などほかの単語と併用したり、語順を固定したりすることで代用している。

辞書の見出し

名詞や代名詞は、単数格の形に代表させるのが一般的である。よほどの重要語でなければ、この代表形のみが辞書の見出しに載る。

形容詞や冠詞の場合は、単数格の形に代表させることが多い。性によって語尾が変わる場合には、男性の形を代表例にしていることが多いと思われる。

活用

活用(conjugation)とは、動詞(と助動詞)が「」・「」・「」・「」・「人称」などによって形を変えていくことである。日本語の文法にも活用という概念があるが、ここは「屈折」の記事なので、日本語については紹介しない。

mood)は、一言では説明しづらいが、「文が表す出来事の現実との関係や意図、聞き手に対する態度など」を表している。英語の「直説法」「仮定法」「命法」などの区別がこれに当たる。言語によっては「接続法」などの用語が用いられる。また、「不定法」を法の一種とする場合もある。

直説法(indicative)とは、大雑把に言うと「ありのままを直(じか)に説(と)く場合に使う法(mood)」である。過去現在または未来の状態や出来事について、話者が確信を抱いている場合に使う。例えば「昨日が降っていた」とか「今から買い物に行く」とか「その郵便明日届く」といった場合は、通常は直説法である。

仮定法または接続法(subjunctive)とは、話者が現実から一定の距離を置いて話をしたい場合に用いる法である。例えば、英語では反実仮想をする場合に仮定法を用いるが、これは話者が「現実ではないことは知っているけれど…」と思いながら話していることを明らかにしている。あるいは、ドイツ語では、間接話法に際しても接続法を使うが、これは「○○さんはと言っていたけれど、それが現実かどうか私は知りません」といった気持ちの現れであるとも言える。

法(imperative)とは、相手に対し何かを要/要請/命する場合に用いる法である。英語の場合は不定法と同じ形になる。(例: Be quiet! (静かにしろ!))

なお、つい「直接法」と書き間違えてしまいそうになるが、間接話法の対義語としての直接話法とは訳が違うので、間違えないように気を付けたい。このため、研究者によっては「直説法」のことを「直叙法」などと表現している。

時制

ないし時制tense)は、「現在時」「過去時」「未来時」などに分けられるほか、「了」などの概念で更に細分化される場合がある(了は「相」(aspect)として扱う場合もあるが説明割愛)。

現在過去は使用される頻度が高く、不規則な活用をする場合が多い。

voice)は、一般に「動態」と「受動態」との区別に用いられ、言語によっては再帰や相互などを表す「中動態」がある。ギリシア語などでは「相」と呼ばれることもある。

動態(active)は、 He kills her. のような文において、主語たる「体」の he が客語(的語)たる「客体」の hershe) に対して kill という動作をする場合に用いる。

これに対し、受動態(passive)の場合は、 She is killed by him. のような文において、主語に本来は「客体」のはずの she が置かれ、客語(的語)に本来は「体」のはずの himhe) が置かれている。主語にある shekill という動作の「受け手」になっていることから、「受け身」とも呼ばれる。

数と人称

動詞は、対応する主語(number)と人称person)に応じても活用する。

は、上の曲用の場合と同様、歴史的には「単数」「双数」「複数」の3つから成る。

なお、双数が用いられる言語は較的稀ではあるが、新しい時制や法を習うたびに双数に対応した動詞の活用を覚えるのは労力にして使う機会が少なく、割に合わないことが多い。したがって、時間が限られている場合、大学古典語の講義などでは曲用・活用共に双数のパターン無視することもしくない。自習する場合でも時間に余裕のない限り、とりあえず双数の習得は後回しにすることをお勧めしたい。

人称は、どの言語であっても「一人称」「二人称」「三人称」の3つから成る。

辞書の見出し

このように、動詞は活用によって色々な形に変わっていくため、辞書の見出しをどうするのかということが大きな問題になる。

この点は、言語によってまちまちであるが、現代語では概ね「〜すること」を意味する不定法(不定形・不定詞)という前述の「法」の一種が代表形(辞書の見出しに載る形)となっている。例えば、英語の場合、「すること」を意味する形が「to+動詞」となっており(例:  to be (であること、存在すること))、そこから to を取り除いた形を「原形不定詞」、一般に「原形」と呼び、代表形としている。このようなややこしいことになっているのは印欧語でも例外的で、大抵の場合フランス語の「avoir(持つ)」のように一語で「すること」とできる形が用意されている。

一方、古代語のように時制によって複数の不定法の形を持つ言語や、現代ギリシャ語のように不定法の存在しない言語では、直説法動態一人称単数現在に代表させることが多い。

屈折語と膠着語と孤立語との違い

印欧語族インド・ヨーロッパ語族)の諸言語が屈折によって特徴付けられているのに対し、日本語は、単語に「」などの助詞を「くっつける」ことで単語の役割を示している。

しかし、「概要」の項で示されている英語boy → boys や love → lovesloved の例を見ると、元々あった boylove の部分は全く変わらず、語尾「s」や「ed」がくっついているようにも見える。すると、「日本語英語も同じじゃないか?何が違うんだ?」と思われるかもしれない。

言語学では loveloved というのは「語尾に何かをくっつけているのではなく、単語そのものが変わっている」とみなしているのに対し、日本語は「語尾に何かをくっつけているだけ」という違いがある。英語の不規則活用を例に挙げると分かりやすい。例えば、gowent という動詞の活用は、 go という基本形(原形)に何かがくっ付いているわけではない。これに対し、日本語過去を表わす「た」を「くっつける」ことによって「行った」と表現する。日本語のように語尾に何かを「くっつける」ことを専門用語としては「」と呼ぶ。(なお、「行く」が「行っ」に変化しているが、これは屈折語の活用とは違い意味合いの変化ではなく着した語に対応しているだけである。動詞の意味合いの変化はあくまで着する語に依存している)

また、単語の屈折や別の単語をくっつけたりせず、語順で役割を決め、全く別の単語を用いることで表現の幅を広げる中国語のような言語もある。

屈折が言語の根幹をなしている言語を「屈折語」と呼ぶ。これに対して、日本語のような言語を「着語」、中国語のような言語を「孤立語」と呼ぶ。なお、これらはある程度の安であり、きっちり分類できるとは限らない。というよりはむしろ全な屈折語や孤立語などといったものは現代では皆無といっていいだろう。例えば、ここでは英語を屈折語の代表例として紹介してきたが、主語的語は語順によって決めるという孤立語の特徴や、前置詞を用いて役割を示す着語の特徴も有している。人工言語エスペラントは、単語単位で考えれば屈折語と言えるが、語幹は常に一定のままで、接頭辞接尾辞をくっつけることで語の役割や意味合いを変えているので、見方によっては着語とも言える。

こういった比較言語学的なものに興味が湧いたら、そういった分野の本に挑戦してみると良いだろう。

Q&A

Q1:ぶっちゃけ「屈折」なんて専門用語、聞いたこともないんだけど?

「屈折」という専門用語は確かに堅苦しい。そのせいか、学問としての言語学ではなく、実際の語学教育の場面では、「屈折」の語を用いることは稀である。しかし、他に言い換えようがないというのも事実である。

例えば、単語の形が変わっているところに着し、屈折のことを「変化」と表現する人もいる。特に名詞や代名詞の「曲用」について、「性数格変化」や「語尾変化」といった表現で勉強した人は多いだろう。しかし、言語学では、「時代の流れとともに言葉が変わっていく」ということを「変化」と呼ぶため、これでは混乱してしまう。

また、「語尾変化」という言い方の場合、まるで語尾だけが変化していくように感じられるが、これでは tooth の複数形が teeth に、 meet過去形met であることを説明できない。

そう考えると、結局は「屈折」=「曲用」+「活用であると表現するより外にない。

Q2:こんな難しいことを勉強して何になるの?

ここまで述べてきたように、インド・ヨーロッパ語族の諸言語は、屈折すなわち曲用と活用を駆使することによって文を組み立てるという共通点を有している。したがって、屈折の概念をしっかりマスターすることができれば、インド・ヨーロッパ語族に属する他の言語を習得するのも較的容易であるということがお分かりであろう。堅苦しい専門用語だからといって、言語習得に際して無視してしまうことが得策かというと、そんなことはない。 

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掲示板

  • 12 ななしのよっしん

    2019/07/24(水) 02:19:35 ID: OeygUwVqEQ

    >>10, 11
    分かりやすい解説ありがとうございます

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  • 13 ななしのよっしん

    2019/11/05(火) 02:45:52 ID: T/oBVVtePk

    曲用は、性数格によって名詞などが語形変化すること
    とあるけど、この3つ以外の文法カテゴリによっても屈折が起こることはないの?
    同様に活用も、例えば極性(肯定か否定か)と他の屈折素性(時制かど)が融合された語形変化で表す言語があってもいいはずでは?

    そもそも曲用活用が印欧語を説明するために考案された言葉なのはわかるけど
    どんな文法範疇で屈折が起こるのか、もっと他語族の語形変化の例が知りたい。

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  • 14 ななしのよっしん

    2020/02/17(月) 23:42:07 ID: gQgwkiRrqV

    >>13
    ぶっちゃけ印欧語族とセム語族以外で屈折語がそんなにないからしゃーない
    例えばナヴァホ語は屈折語と言われてるが、動詞の内部に反復や明性といった文法範疇を表す接辞が入ることでそれに対応して語幹も変わるが、この記事の論理でいけばそれは日本語と同じで屈折語ではないことになる

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