白票とは、以下のいずれかを指す。1の意味でつかわれることが多いため、そちらを主に解説する。
「指名選挙」や「政党名」などを記入する選挙などにおいては「無効票」を意味する。
白票が有効とされる場合は
と言ったことが前提条件になっている。一般的な選挙ではこの前提条件が無く有効投票の数字の割合などで当選が決まるため、下記のような意味合いは、間違いである。
現在では判断不能や余計な事を書いた票と白票は全て「無効票」としてカウントされているため、候補者には“白票を投じた”という民意が伝わらない。
また、無効票が多ければ多い程、某宗教団体や労働組合などの組織票が強くなり、一般国民の民意が反映されづらくなる。 一説には投票率が平均10%でも上がれば(全て有効票として)某弱小政党は崩壊の危機なんだとか・・・
だから、選挙では「白票」を投じるくらいなら「あえて…」を選ぶ、また、日本国内のにおいての指名選挙では、候補者の名前部分のみを記述し曖昧になった場合に行われる案分票を投じた方が"まだ"考えられる事や、同国の地方の知事選・議会議員の選出の選挙も指名選挙となっている事により、結果、白票が「有効投票」として計算されない、これにより選挙における売名行為防止のために預けるお金である供託金の没収のボーダーラインが低下するため宣伝や売名行為など悪ふざけしても没収されにくくなる。 (「こいつ、ふざけてるからお金没収させたいなー」と考えたら、按分票など有効票にして投票ボーダーを上げた方が別の意味で楽しめる)
また、衆議院本会議において、記名投票の際に用いられることもある。この場合は、白票は賛成を意味する。逆に反対票は青票と云われる。
投票総数としてはカウントされ投票率には影響するが、基本的に白票に選挙の意を決する意味は無い。(当たり前だが)
白票の特殊事例として、2014年03月に行われた「大阪市長選挙」がある。 この選挙では白票が2位の候補者より多く得票となったことである意味注目になったが・・・
、現職市長の出直し選で「選挙に当選すること」が目的で無く、 「選挙に当選して議会に民意を示すこと」が目的であり、 悪く言えば政治的パフォーマンスの色が強かった。
そのため「税金の無駄遣いである」という批判があり、 選挙を行うこと自体に反対が一定数あった。加えて現職候補者の支持政党以外の主要政党が対立候補を擁立することを見送ったため、現職候補者に反対する有権者に投票先が存在しなかった。 つまり個人的な怠慢や自己満足とは別個に、 社会的観点から推察できる「不参加を表明する明確な理由」があることが普段の選挙との大きな違いだろう。
・・・といった候補者を選ぶには違いないのだが少し毛色が異なっており、 このような事態にならないと「白票」が「有権者の選挙に対する意味・意義」に変化しない。
別件で、香川県高松市の2013年7月に行われた参議院選挙において 集計した白票を再度集計すると言った「違った意味」で注目を集めることもあった
極端な事例だが・・・
にて、署名を呼びかけている。署名活動の目的を「『今回の選挙はどこも投票先がない』『できれば棄権したい』という人々の声を集め、単なる(消極的な)棄権ではない、『積極的棄権』の国民の声として、選挙後に--残念ながら選挙後しかないので--衆院議長に届けたい」と説明している[1]。ポーランドの哲学者、スラヴォイ・ジジェクはジョゼ・サラマーゴの小説『見ること』(原題:Seeing)での架空の民主主義国家で起きた、市民が始めた白紙投票による非暴力の抵抗を参照して、「なにもしないこと」がシステム的暴力(国家システム、資本主義システムetc.)に対抗する「もっとも暴力的な行為」になると言及する。
最終的にシステムを円滑に動かすことに寄与してしまう局所的な行為にかかわるくらいなら、なにもしないほうがましだ、ということである。こんにち、われわれにとって危険なのは、受け身の姿勢ではなく、にせの積極性である。人々はなんでも首を突っ込む、「なにかをする」。学者は学者で無意味な論争に関与する・・・。本当にむずかしいのは、前のめりにならないこと、身を引くことである。権力をにぎる者たちは、多くの場合、沈黙よりも「批判的」関与、対話-ただわれわれを「対話」に引き入れること、なんとなく居心地の悪い受け身の状態は脱したとわれわれに実感させること-のほうを好む。だからこそ有権者の棄権は、真の政治的行為なのである。それによってわれわれは、いやがうえにも、こんにちの民主主義のむなしさに向き合わされるのだ。基本的な社会関係の根源的な変革を暴力と呼ぶなら、異常で悪趣味だとおもわれるかもしれないが、こういえるだろう。数百万を虐殺した歴史上の怪物たちの問題は、彼らがじゅうぶんに暴力的でなかったということだる、と。なにもしないことが、ときにはもっとも暴力的な行為となるのである。
衆議院で記名投票となる場合、出席議員が賛成の場合は白票を、反対の場合は青票を参事に手渡すというシステムになったいる。そのため、1の意味での白票は生じえず、混同されるということはない。
なお、参議院では白色票と青色票と呼び方が衆議院と異なるため、白票という言葉は使われない。
- 弁護士ドットコム
- BUZZAP!掲示板
762 ななしのよっしん
2025/07/23(水) 00:08:13 ID: 2DX2z2Qlmw
統計上でも白票は余計な落書きして無効票になったのと同じ扱いだからなぁ
本当は入れたい候補者はいたけどちゃんと投票できませんでしたみたいな奴と入れたい候補者がいないので白票を投じましたの区別がされないなら意思表示としても微妙過ぎる
763 ななしのよっしん
2025/07/23(水) 19:05:18 ID: D4xMwfBNTy
>>761
「でいい」ぐらいなら大して変わらんと思うけどね。言葉遊びの域だけどさ
なんにせよ、肩の力を抜いて気楽に投票行ってみようってことだわな。「行く意味があるのか」とかそんなくだらない葛藤すっ飛ばして投票所の場所とか調べてるうちに、もし入れたいとこがあるなら頭に浮かんでくるもんさ
目ぇ血走った意識高い投票圧なんて探さなくてもいくらでもあるんだから、もしそういうのが欲しい人は好きなだけそっちを浴びに行けばいい
764 ななしのよっしん
2025/07/25(金) 12:57:41 ID: 1Us4qGFMkP
「小選挙区と都道府県選挙区の白票(無効票)」と「比例の棄権(投票に行かない)」は分けて考えるべきだと 思う
希望の党(のちの国民民主党)と立憲民主党の誕生以降は常に比例は3択以上は出来るようになっており(旧民主党を忌避する人にも維新やれいわなどの選択肢があったため)
今年は参政党の是非はともかくチームみらいや左右の小政党の存在もあり政治に興味さえ持てば投票先がある状態が続いている
地方選は意外と選び放題で首長選も一騎討ちならむしろ公約を吟味してどちらかを選ぶべきで一強の場合も余裕があれば信任投票として選挙に行くのが民主主義のあるべき姿ではある
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最終更新:2025/12/22(月) 14:00
最終更新:2025/12/22(月) 13:00
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