シュヴィー(Shuvee)とは、1966年生まれのアメリカの競走馬である。
3歳時にはニューヨークトリプルティアラを達成し、古馬になると現在でも牝馬では唯一となるジョッキークラブゴールドカップ制覇、それも連覇を達成した名牝。
ブラッド・ホース誌「20世紀のアメリカ名馬100選」では第70位。
概要
父Nashua、母Levee、母父Hill Princeという血統。父ナシュアはプリークネスS・ベルモントS優勝やジョッキークラブゴールドカップ連覇など30戦22勝、母レヴィーはCCAオークス勝ち馬、母父ヒルプリンスはプリークネスSやジョッキークラブゴールドカップを勝ち3歳時には米国最優秀3歳牡馬・年度代表馬を受賞したという良血馬である。
本馬はヴァージニア州のホイットニー・ストーンというオーナーブリーダーによって生産所有され、W・C・フリーマン調教師に預けられた。
2歳時
2歳5月のデビュー戦は1番人気だったがここで4着に敗れ、以降も追い込んで届かないレースが続き、1番人気に5回連続で支持されながらデビューから5連敗を喫する。6戦目で快速馬ドクターフェイガーの半妹にして自身も素質馬と期待されたタウィーの5着に敗れ、その翌週の7戦目でようやく勝ち上がった。
続く3戦は2着2回3着1回と取りこぼすが、10月のフリゼットSではそのうちの1戦の勝ち馬ギャラントブルームを破り、次走のセリマSでは既にステークス競走を5勝していたプロセスショットをクビ差で下して勝利した。2歳シーズン最終戦のガーデニアSではギャラントブルームの1馬身1/4差2着に敗れ、2歳時は13戦3勝となった。
最優秀2歳牝馬は10戦6勝のギャラントブルームと9戦7勝のプロセスショットで分け合ったが、ギャラントブルームには負け越しているとはいえ本馬は両方に先着したことがあり、それなりに実力があるものと思われた。
3歳時
3歳時はニューヨークトリプルティアラを目標として5月のカムリーSから始動し、タウィーのアタマ差2着だった。それでも予定通りトリプルティアラに駒を進めると、初戦のエイコーンSではケンタッキーオークス馬ヘイルトゥパッツィーを3/4馬身差で下して勝利した。更にマザーグースSでもヘイルトゥパッツィーを2馬身半差で破り、最終戦のCCAオークスもヘイルトゥパッツィーに3馬身差をつけ勝利して、前年のダークミラージュに次ぐ2年連続2頭目のニューヨークトリプルティアラ達成馬となった。ヘイルトゥパッツィー涙目。
さて、翌月の新設競走・コティリオンハンデキャップをレコード勝ちしたシュヴィーは、続くデラウェアオークスでギャラントブルームとの再戦を迎えた。ギャラントブルームも前走モンマスオークスでヘイルトゥパッツィーに12馬身差をつけ圧勝していたが、結果はギャラントブルームが1着とはいえ2位入線からの繰り上がり、本馬は4着と締まらないものだった。アラバマSではヘイルトゥパッツィーやデラウェアオークスで1位入線したピットバニーを破って勝利したものの、ガゼルハンデキャップではギャラントブルームから6馬身半差の3着に敗れ、この後対戦する機会が無かったギャラントブルームとの対戦成績はシュヴィーから見て1勝4敗という負け越しであった。
古馬混合のベルデイムSでは前年のこのレースを勝った当時の最強古馬牝馬であるゲイムリーから6馬身半差をつけられた3着に敗れ、ヴォスバーグハンデキャップでは7ハロンという距離もあったか短距離路線を進んできたタウィーの6着と大敗。続くレディースハンデキャップこそ勝ったが、フィレンツェハンデキャップでは前走で破ったアメリゴレディに3/4馬身差で2着に敗れ、3歳時は12戦6勝だった。最優秀3歳牝馬はこの年8戦無敗だったギャラントブルームが最優秀ハンデキャップ牝馬と同時受賞した。
4歳時
4歳時は初戦のディスタフハンデキャップでプロセスショットとタウィーの後塵を拝し、その後も2連敗した結果、デビューから主戦を務めたジェシー・ダビッドソン騎手はここで降板となり、ブラウリオ・バエザ騎手とロン・ターコット騎手の2人が多く起用されるようになった。なお、タウィーとはディスタフハンデキャップ以降一度も対戦しておらず、対戦成績は本馬の4戦全敗であった。
さておき、次戦のトップフライトハンデキャップこそ勝ったシュヴィーだったが、続く2戦ではいずれも差をつけられた5着に敗戦した。しかしダイアナハンデキャップをハナ差で勝つと、続くベルデイムSではオウビア(ゴーフォーワンドの母)を破って勝利を収めた。
陣営はここで牡馬混合戦を使うことを決断し、ウッドワードSに出走したが、プリークネスSを勝った3歳馬の*パーソナリティの5着に敗れた。それでも当時2マイルという長距離戦だったジョッキークラブゴールドカップに駒を進めると、先行から4角先頭で押し切るという強い内容で当年トラヴァーズS優勝馬ラウド以下を蹴散らし、牝馬として初の同レース制覇を成し遂げた。
5歳時
5歳時は最初の2戦こそ2着だったが、トップフライトハンデキャップを勝って連覇すると、牡馬相手のホイットニーハンデキャップでも3着に入った。更にダイアナハンデキャップでは128ポンド(約58kg)を背負って同世代のケンタッキーオークス2着馬ダブルデルタをクビ差で下した。
続くベルデイムSは道悪が響いたかダブルデルタの2着、牡馬相手のウッドワードSは6着、マッチメーカーSではこの年のエイコーンS・マザーグースSの勝ち馬ディシートの4着と敗れたが、ジョッキークラブゴールドカップでは7馬身差で圧勝して連覇を達成し、これを最後に引退。この年から創設されたエクリプス賞の初代最優秀古馬牝馬となった。
通算成績は44戦16勝で、北米における牝馬の獲得賞金記録を更新した。ギャラントブルームやタウィーとの対戦成績こそ今ひとつではあったが、牝馬のジョッキークラブゴールドカップ制覇は10ハロン戦となった今でも後に続く者がない大記録である。
繁殖成績
シュヴィーは生涯で10頭の仔を残し、そのうち6頭が勝ち上がり、3頭がステークスウィナーに、うち2頭が重賞馬となった。1975年に米国競馬の殿堂入りを果たした。子孫は日本にそこそこ輸入されており、例えば2005年のダイヤモンドSを勝ったウイングランツは本馬の曾孫である。2マイルの大レースを牡馬相手に連覇した馬の孫にダンスインザダークをつけたらステイヤーになるのも自然か。
1986年、20歳で死亡。本馬の功績を讃え、1976年からシュヴィーS(2017年まではシュヴィーハンデキャップ)が施行されている(現在の条件は3歳以上牝馬限定GIII・9ハロン)。
血統表
Nashua 1952 鹿毛 |
Nasrullah 1940 鹿毛 |
Nearco | Pharos |
Nogara | |||
Mumtaz Begum | Blenheim | ||
Mumtaz Mahal | |||
Segula 1942 黒鹿毛 |
Johnstown | Jamestown | |
La France | |||
Sekhmet | Sardanapale | ||
Prosopopee | |||
Levee 1953 栗毛 FNo.9-f |
Hill Prince 1947 鹿毛 |
Princequillo | Prince Rose |
Cosquilla | |||
Hildene | Bubbling Over | ||
Fancy Racket | |||
Bourtai 1942 鹿毛 |
Stimulus | Ultimus | |
Hurakan | |||
Escutheon | Sir Gallahad III | ||
Affection | |||
競走馬の4代血統表 |
クロス:Sir Gallahad III 4×5(9.38%)
- 母レヴィーの本馬を通さない牝系子孫には1987年のエクリプス賞最優秀3歳牝馬サカウィスタ、自身もGI馬で仔に桜花賞馬マルセリーナや重賞3勝のグランデッツァがいる*マルバイユ、オーストラリアでGI5勝を挙げたサンタアナレーン、英チャンピオンSなどを勝っているアデイブなどがいる。
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