橋の下の例え話とは、「橋の下で眠ってはならないという規則が皆に平等に課される」という題材を扱った話である。
概要
「橋の下で眠ってはいけないという規則が全員に平等に課されるが、そもそも裕福な者が橋の下で眠ることはほぼ無く、貧しい人がそこで眠らなければならない状況にある」という話。
つまり「平等な規則とされているが、上の身分・立場の者はその規則に触れる機会が無く、一方で下の身分・立場の者が規則を破らざるを得ない様子であり、実際には『平等な規則』が弱者だけをさらに追い詰めている」という状況を指して使われる。
日本のインターネットでは後述する漫画『はみだしっ子』の画像が主に使われるが、類似した話はそれ以前にもあるようだ。
アナトール・フランス『赤い百合』
1894年に発表された、19世紀末のパリやフィレンツェを舞台とした小説。登場人物の1人であるシューレットの語りの一部に、フランス革命後の社会の様子を指して登場している。
「…(略)…彼ら(注:貧乏人)は厳かな法の平等の手前、そういうこと(金持ちの権力と閑を支えること)のために励まなければならないのです。厳かな法の平等とは、貧富の別なく一様に橋の下で寝たり、町中で物乞いをしたり、パンを盗んだりすることを禁じているのです。これはフランス大革命の善行のひとつです。しかし、この革命は国利民福を手に収めようとするもののために馬鹿や阿呆のやった仕事で、結局狡い百姓や高利貸しの町人を富ませることにしかなりませんでしたから、平等などという名目で、富の帝国を築いたのです。…(略)…」
「フランス大革命の善行」とは言っているが、前後の文を見る限りでは皮肉として述べているものと思われる。
出所が『赤い百合』と明言されていないものの、日本でも文学者の馬場孤蝶によって、アナトール・フランスの「諷刺若しくは反語」の例としてこの内容が紹介されている。
貧乏人は橋の下で眠つたり乞食をする事を禁ぜられるればヒドク悲しい事だが、金持は禁ぜられても一向に困らない譯だ、同じく双方に對して之を禁ずるのが法律の如何にも壯大な平等觀に依る次第だ。斯ふ書かれてゐる、大變面白い事だと思はれる。
三原順『はみだしっ子』
1975年から1981年まで雑誌『花とゆめ』に連載された少女漫画。養父のジャックが、主人公の1人であるマックスに橋の下の例え話について問う場面がある。この場面の4コマがインターネット上で貼られることがある。
この場面では、先の裁判に登場したリッチー(裁判の相手、乱暴者)の弁護人であるフランクファーターが行った、陪審員の心証を操作するやり口について説明する流れで橋の下の例え話が使われている。
4コマの前後の場面を少し追加し、会話に関係しない台詞を省いて以下に記載する。
ジャック:じゃあ さっきの話だけどね! リッチーばかりが得して見えるという… 少し…おまえに聞いてもいいかい?
マックス:なあに?
ジャック:例えば… 橋の下で眠ってはいけないという法律があるとして これを守らない者は誰でも… どんなお金持ちの人でも どんなに立派な仕事をしている人でも それに!どんな素敵な美人でもね… みんな罰せられるのだとしたら どう?平等だと思う?
マックス:うん! そういうのっていいと思うよボク! 特別な人達だけ許されるんじゃ頭に来るもの!
ジャック:そう? じゃ…こう聞いたら? けれど実際橋の下なんかで眠らなければならないのはとても貧しい人達で… だからこの法律は弱い人達をさらにいじめるのに役立つだけなんだ…と
ジャック:もう一度… さっきのようにすぐ… 平等だと答えられるかい? マックス?
なお、この話については後で続きがあり、
- マックスが言うんだ”他の人達が助けてあげればいい”って…
- 現にそんな助け合いの制度はいくらもあるのだけれど…
- でも悪用する者もでてくる 弱者を装って“さぁ金をよこせ!俺も人間だぞ”と言われたらボクには我慢できないだろうね
- けれど悪用を虞て規制をきびしくしたなら本当に助けの必要な人々ももろともに放り出してしまうかも知れない…
- そしてまた堂々めぐりだよ
…等と、別の主人公であるグレアムが徐々に思い詰めていく場面がある。上記は同巻のp.318-319から一部抜粋。
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関連項目
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