「オペラ座の怪人」(Le Fantôme de l'Opéra)とは、
日本では現在、三輪秀彦訳版、日影丈吉訳版、長島良三訳版、児童小説版などが出版されている。
原作は取材談を基盤とした擬似ノンフィクション形式で進行。正確にはある人物が記録した手記を手に入れたルルーが、手記を元に本作を執筆したという「設定」である。
実際にルルーはオペラ座(ガルニエ宮)を概観から細部まで綿密に調べ上げ、ストーリーも「得体の知れない怪人が潜んでいるのではないか」という噂に着想して作られていった。
またシャンデリア落下等の実際に在った事件を交えながら、物語が展開されている。
現在では小説を基にしたミュージカル、映画などが多数製作されている。
特にアンドリュー・ロイド・ウェバーによるミュージカルは現在でもブロードウェイのみならず、世界各地でたびたび上演されている。ブロードウェイは初演から2023年までの35年間上演という不滅の記録を打ち立てており、ミュージカルの戦場ともいえるNYで絶大な影響をもたらした。日本では劇団四季の鉄板コンテンツであり、宝塚歌劇団でも上演されている。
また映画版は1916年に最初に作られのを皮切りに、様々な「オペラ座の怪人」が製作されている。
ちなみに初めて日本に来た映画版の邦題は「オペラの怪人」で、田中早苗訳による日本語原作は「オペラ座の怪」という邦題であった。原題の「l'Opéra」が「オペラ座」とも訳すことが出来ることを知らなかったことが関係……しているのかどうかは定かではない。
今では「l'Opéra」がオペラ座とも訳すということがわかっているため、古い映画版等の事情がない限りは「オペラ座の怪人」で統一されている。
オペラ座(ガルニエ宮)には「怪人」が住み着いているという噂があった。マネージャーに対しては月給2万フランと5番ボックスの常時確保を手紙で要求しており、これを違えれば恐ろしい事になると。
若手歌手のクリスティーヌ・ダーエはオペラ座のガラに出演し、喝采を浴びる。クリスティーヌの幼馴染のラウル子爵は彼女の歌声を聞き、愛していた事を思い出す。
怪人はクリスティーヌに恋心を抱いていたが、怪人の望みに反し、数日後の『ファウスト』ではカルロッタがプリマドンナに指名された。怒った怪人の手によってカルロッタは声を失い、更にはシャンデリアが客席に落下するという惨事が起きる。
混乱の中、クリスティーヌは怪人によってオペラ座地下へと連れ去られた。そこで怪人は仮面をかぶって彼女の前に現れ、自分の名がエリックであることを明かし、共に暮らす事を希望した。
数日を過ごしたクリスティーヌだったが、ふと魔が差してエリックの仮面をはぎ取ると、そこにはおぞましいミイラのような顔があった。素顔を暴かれたエリックは怒り、自分の醜さを知ったクリスティーヌが離れる前に、彼女を永遠に自分のものにしようと考える。
クリスティーヌの希望を受け、程なく彼女は開放される。決してエリックを裏切らない事を条件に、その指にはエリックから与えられた指輪が嵌められていた。
カルロッタに代わりプリマドンナとなったクリスティーヌは、自分の楽屋裏から聞こえる『音楽の天使』の指導によってめきめきと実力をつけていく。ラウルはその様子を不審に思い、『音楽の天使』の正体を暴こうと決意。
その結果わかったのは『音楽の天使』はエリックだという事で、ラウルは一度は自分の前から消えたクリスティーヌを守る事を約束した。だがクリスティーヌは天賦の際を持ちながら醜さ故に決して表に出られないエリックを哀しく思い、彼の為に歌う事を心に決める。そんな二人の様子を見ていたエリックが嫉妬を抱くが、二人が気づく事はなかった。
翌日の『ファウスト』上演の最中、腹をくくったエリックはクリスティーヌを舞台から誘拐。地下に連れ込み、結婚の誓いを無理矢理立てようとする。拒絶すれば地下に仕掛けた爆弾でオペラ座を破壊すると脅すが、クリスティーヌはこれを拒否。
その頃ラウルはエリックの過去を知るペルシャ人のダロガ(国家警察長官)の手助けを借り、オペラ座の地下に潜入。しかしエリックの罠にかかり、クリスティーヌはオペラ座ばかりかラウル達の命まで盾に取られる事となった。
だがクリスティーヌはそこまで追いつめられた「怪人」を哀れに思い、エリックに愛を込めた口づけを返した。母にすら愛された事のないエリックは感極まって涙を流し、一同を解放。
自分が死んだらクリスティーヌにやった指輪を返してくれるよう頼むと、永久に姿を消す。ペルシャ人は事の顛末を手記に書きとめ、新聞に彼が死んだことを伝える記事を出し、事件はここに終わりを告げた。
先にも触れたとおり、初めて小説を映画化したのは1916年。Ernst Matray監督によるサイレント・モノクロ映画であった(この作品は日本未公開作品)。
日本では1925年にはルパート・ジュリアンによって、再び映画化された作品が最初に有名になった。原作に忠実な映画化を求めるならこの作品が一番適切だろう。このときに製作されたオペラ座のセットは世界最古の現役映画セットとして現役である。
1929年にはセリフとBGMを加えられ、パートカラーが追加されたバージョンが公開。1943年に製作されたバージョンからは三角関係などのアレンジが施されるようになる。
最新版は2004年に製作されたジョエル・シュマッカー監督によるアメリカ/イギリス合作映画。
翻案映画化作品としてロックミュージカル『ファントム・オブ・パラダイス』、レスリー・チャン主演の映画『夜半歌聲/逢いたくて、逢えなくて』がある。
下手したら映画版より著名なのがこちらかもしれない。
1976年にはケン・ヒルが手がけた舞台が最初であった。が、しばしば過小評価され無視されている可哀相なバージョンであった。それでも後にものすごく有名になるバージョンとなるアンドルー・ロイド・ウェバー版に多大な影響を与えているバージョンである為、今でも愛されている作品だと思われる。
時を経て1986年10月9日。アンドリュー・ロイド・ウェバーを中心に製作された「The Phantom of the Opera」がロンドンのウエストエンドにて初演。
金をかけた衣装と舞台装置、当時無名だったサラ・ブライトマン(当時はロイド・ウェバーの妻)をクリスティーヌ・ダーエ役に抜擢、ロイド・ウェバーによる流麗な音楽、怪奇ものでありながら怪人を中心としたラブ・ロマンスや演出などにより今でも多くの人々の人気を集めている。
劇団四季ではこちらのバージョンを演じているのだが、英語以外のアンドリュー・ロイド・ウェバー版公演は劇団四季が初演した1988年4月29日が最初である。ダブルキャストや代役もロイド・ウェバー版でよく起用される。
1991年にはアーサー・コピット&モーリー・イェストンによる舞台版『ファントム』が初演。
だが、この作品は当初、一足先にロンドンでアンドリュー・ロイド=ウェバー版が大ヒットしてしまったがためにスポンサーが付かなくなり、資金的な意味で製作する余裕がなくなってしまった。
その為、脚本をテレビドラマ用に修正してアメリカのテレビ局にてTVドラマとして放送され、ようやく放送されたという経緯がある。宝塚歌劇団ではこちらのバージョンで公演している。
初のテレビドラマ版は1960年、アルゼンチンで放送された『El fantasma de la ópera』と思われる。
以降、アメリカやブラジルでも製作されるのだが、前述の通り、1990年に製作された、バート・ランカスター主演による『The Phantom of the Opera』は後に「ファントム」として公演されているので、こちらが比較的知名度が高いと思われる。
日本ではNHKが日本独自の編集を施した1990年のドラマ版のみが唯一、日本でオンエアされている。
この手のものは著作権などの理由で敬遠されがちだが、地味に様々な動画が投稿されている。
特にこのりとふるぅふぃが歌う「The Point of No Return」のカバーは現在、完成度の高さゆえに9万再生に迫る勢いで再生されている。
他にもVOCALOIDカバーやフィギュアスケート、プロミュージシャンのカバーなど多岐に渡る。
掲示板
26 ななしのよっしん
2022/01/04(火) 15:10:42 ID: vmcYAD72wP
>>25
これやって結構原作寄りで面白かったけど、"現代的解釈”が結構ああそういうやつね…ってなったな。なんか、気にしすぎかもしれないが、原作に登場する男性キャラクターsageみたいな感じがね…。
あとカルロッタの書かれ方が新鮮だったな。
27 ななしのよっしん
2022/06/18(土) 20:33:35 ID: OCHVSG/vWm
悪役令嬢物の亜種で「カルロッタに転生」みたいな奴できないかなw
28 ななしのよっしん
2023/01/23(月) 23:37:12 ID: 9jUp+fbvVP
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最終更新:2024/12/27(金) 01:00
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