クライシス・アクターとは (クライシスアクターとは) [単語記事]

クライシス・アクター (英：Crisis Actor) とは、自然災害や重大事件などを想定した防災訓練を救急隊員や消防隊員、警察官等が行う際に、被害者役として参加する俳優やボランティアである。傷などをメイクで施し、訓練にリアリティを与える。

しかし陰謀論においては防災訓練にとどまらず、何かのメッセージを送ったり、煽動する目的で闇の組織が起こす偽旗作戦に関与する俳優のことを意味する。もっと平たく言えば、何かしらの大きな事件が起きた際に、「あれは○○によるやらせだ！あの被害者はクライシス・アクターだ！」とクライシス・アクター認定するというわけである。

このクライシス・アクター陰謀論によって被害者やその家族は第二の被害を受ける事態にもなっており、とりわけクライシス・アクター陰謀論が唱えられる傾向のあるアメリカでは問題になっている。

概要

CIAやらイルミナティやら、昨今ではディープステートがなにかのメッセージを伝えるために、あるいは何らかの主張を通すために事件を起こしている (偽旗作戦) という陰謀論は根強い。故にこういった事件はそもそもがやらせであり、そこに犠牲者などいないのだ、特殊メイクを施されただけなのだというのがクライシス・アクター陰謀論である。

こうした陰謀論はとりわけアメリカの保守層の間では根強い。これは、保守層の間で支持を得ているメディア『Infowars』でこれらの陰謀論が繰り返し流されるからでもある。例えば、Infowarsの中心である司会者、アレックス・ジョーンズはサンディフック小学校銃乱射事件をでっちあげであると主張し、「民主党を中心とした銃規制賛成派が、銃規制を行うための説得力を高めるためのやらせなのだ」と主張したのである。これに飛びついた陰謀論者たちはサンディフック小学校銃乱射事件の犠牲者の遺族に対して「お前らは嘘つきだ」「子供は死んでいない」などと長年罵倒してきた。犠牲者の遺族にしてみれば、大切な我が子を銃によって奪われた上に、陰謀論にかられた者たちにそれを嘘だと言われ続けるのだからたまったものではない。アレックス・ジョーンズは訴えられ、懲罰的損害賠償を求められた。アレックス・ジョーンズサイドも自身の説を撤回させられたが、このとき「自身は破産しているため支払い能力はない」と賠償については拒否していたりする^[1]。

ともあれアレックス・ジョーンズに懲罰的損害賠償が請求されたことで陰謀論はなくなるかと思いきや、陰謀論者はむしろクライシス・アクター陰謀論をますます信じ込むという悪循環に陥っている。サンディフック小学校銃乱射事件は陰謀論者の中では未だにインチキ扱いされており、陰謀論者のひとりジャック・ポソビエックは「ワクチンが有効であると主張する者を訴えたらいくらもらえるだろうか？」と発言している (参考) ^[2]。

クライシス・アクターが関わっていることにされた事件一覧

事件名	概説
イスラーム原理主義過激派によるテロ	シャルリー・エブド事件を起こした『アラビア半島のアルカーイダ (AQAP) 』やパリ同時多発テロ事件に関与した『イラク・レバントのイスラム国 (ISIL) 』など、イスラーム原理主義過激派が起こしたテロは、陰謀論者からはイスラエルのモサドがしかけ、クライシス・アクターによって演出されたものとされる。要は反イスラームキャンペーンとしてイスラエルが引き起こしたのだとされ、このパリ同時多発テロ事件にはサンディフック小学校銃乱射事件やボストンマラソン爆弾テロ事件のときにいたクライシス・アクターが参加していると主張している (参考1 / 2) 。 2023年になってイスラエル・パレスチナ問題が悪化する契機となったハマスのテロについても、やはり陰謀論者からはクライシス・アクターによる演出だと主張されている (参考) 。
ギャビー・ペティート殺人事件	旅行系インフルエンサー、ギャビー・ペティートは2021年、婚約者とバンライフスタイルでアメリカ横断旅行を行っていた。しかしこの旅の途中に行方不明になり、やがて婚約者がペティートを殺害したことが明らかとなる (参考) 。このペティートの失踪からの発見に至る経緯はドキュメンタリー番組『ギャビー・ペティート～インフルエンサー失踪殺害事件～』にまとめられている。若く、チャーミングな人柄でYouTubeやInstagramで人気を集めていたペティートの失踪と死はアメリカを騒がせた。しかしこのペティートがサンディフック小学校銃乱射事件に関係するミュージック・ビデオに出演していることが広まると、陰謀論者の間でペティートはクライシス・アクターであると主張されるようになった。そしてペティートの死はなにかの重大事件を隠匿するための偽旗作戦だと主張されるようになったのだ (参考) 。
COVID-19 感染症	厳密には『事件』ではないが、COVID-19 感染症にも陰謀論者が「苦しんでいる、あるいは亡くなったとされる患者はクライシス・アクターなのだ」と主張する者がいるため、言及しよう。ドイツで遺体袋に入った状態で遺体を演じるクライシス・アクターの写真が広まった。遺体袋が動いていることからこれはやらせなのだと主張するものである。しかし後にこの写真はウィーンで行われた気候変動に対する抗議デモの写真と判明した (参考) 。この写真は後に「ウクライナ侵攻におけるクライシス・アクターの起用の証拠」として再利用されることになる。陰謀論者たちは、「遺体袋にわざわざ人間を入れなくても、でっちあげたいだけなら砂でも詰めておけばいい」ということに気付け無いのだろうか？他にも、陰謀論者らはタラ・ジェーン・ラングストン^[3]もCOVID-19 感染症を危険と印象づけるクライシス・アクターだと主張している (参考) 。
サンディフック小学校銃乱射事件	2012年 12月14日にコネチカット州ニュータウンのサンディフック小学校で起きた事件。20歳のアダム・ランザがサンディフック小学校の小学生の児童20人と職員6人を殺害後自殺した。これにより銃規制の議論が活発化することになり、当時の大統領であったバラク・オバマは、副大統領 (当時) のジョー・バイデンが率いる形での銃暴力対策本部を創設させ、大統領令に署名したり、議会行動を提案することになる。だがアメリカの保守層を中心とした銃規制に反対する者たちはこうした動きに反発していた。そんななか、Infowarsの中核である司会者アレックス・ジョーンズは『サンディフック小学校銃乱射事件はやらせであり、児童とその遺族は金で雇われた俳優だ』と主張した。これを信じ込んだ陰謀論者たちは遺族たちに長年罵倒や嫌がらせを続けたため、遺族たちはアレックス・ジョーンズを提訴。裁判所は9億6500万ドルの支払いを命じることになる (参考1 / 2) 。ちなみに、「Crisis Actor」の語が使われるきっかけもこのサンディフック小学校銃乱射事件であり、ジェームズ・トレイシーがこのサンディフック小学校銃乱射事件について、「ある事務所に所属するクライシス・アクターが偽の被害者役を演じて大量殺人にリアリティを与えた」と主張したことでこの用法が広まることになる。
ジョージ・フロイド窒息死事件	詳細は『ジョージ・フロイドクライシス・アクター説』を参照。 2020年 5月25日にミネアポリス近郊で黒人のジョージ・フロイドが白人警官デレク・ショービンに不適切な拘束を受けたことで窒息死した事件。これを期にBlack Lives Matter運動が盛り上がるが、この騒動に対して陰謀論者は「トランプ大統領の再選を防ぐためにジョージ・ソロスが引き起こしたでっち上げ事件だ」と主張している。
ボストンマラソン爆弾テロ事件	2013年に起きたボストンマラソン爆弾テロ事件はクライシス・アクターたちによる演出であるとする陰謀論がある。一説には軍産複合体による戦争煽動のためのやらせだとも (参考) 。爆弾テロの犠牲者への対応を行った医師リアナ・ウェンがその後COVID-19 感染症が如何に危険であるかを述べる『専門家 (を演じる女優)』として引っ張りだこになったことから、『ボストンマラソン爆弾テロ事件の際にリアナ・ウェンはクライシス・アクターとしての演技試験を受けていた』とまで言われている。
ラスベガス銃乱射事件	詳細は『ラスベガス銃乱射事件』を参照。 2017年 10月1日にラスベガスで起きた銃乱射事件であり、バンプストックの販売規制につながる大きな要因となった。このため、陰謀論者らは銃規制を推し進めるためのクライシス・アクターによる演出だと考えるようになり、生還した犠牲者への嫌がらせを続けている。
ロシアによるウクライナ侵攻	陰謀論者たちも2022年のロシアのウクライナ侵攻そのものを否定することは稀ではあるが、「その実態はオーバーに誇張されている」と主張している事が多い。しかしその根拠とされるいくつかの画像は、2020年にウクライナで撮影されたドラマの撮影風景 (つまり侵攻の2年前) や、ウクライナ侵攻を前にしたハルキウ住民の訓練の様子、更にはウクライナと無関係のウィーンで行われた気候変動に対する抗議デモの様子を写した写真などが流用されていた (この画像はCOVID-19 感染症のクライシス・アクターだという主張においても使われていた)。ウクライナ侵攻そのものを否定しないのは、陰謀論者からはウクライナ侵攻がウラジーミル・プーチンがドナルド・トランプ同様に悪魔崇拝者と闘う聖戦と看做されているからと言うのが大きい。ロシアもクライシス・アクター陰謀論を強く主張し、マリウポリで傷ついた妊婦について「この女性はクライシス・アクターだ」と国連大使ネベンジャが主張するまでになっている (参考) 。

脚注

*無論これは賠償を回避するための破産申請であり、事実原告サイドからはグッズの売上などで儲けがあることを指摘されている。
*ここでいうワクチンとはCOVID-19 感染症の予防・緩和を狙ったSARS-CoV-2 ワクチンのことである。陰謀論者はCOVID-19そのものをないと否定するか、あるいはCOVID-19は肯定しつつも「イベルメクチンこそが有効である」とし、ワクチンは「儲けたい製薬会社」か「マイクロチップを入れたり人口を削減したいと考えるディープステート」の陰謀ということにされてしまうのである。
*COVID-19 感染症により集中治療室で苦しむ自らの姿を2020年 3月に動画で投稿し、重症化するリスクへの注意喚起を行った人物。当時のニュースはNHKやニコニコニュース(ニュースサイトedam ame.からの転載)に残っている。