同期のグレートホープと共に1990年代の岩手競馬黄金期を支えた「岩手の怪物」。
岩手の馬だが南関東へ遠征し、ロジータやダイコウガルダンを相手に激闘を繰り広げた。
名前は父スイフトスワローと、母母父ネヴァーセイダイからの連想。
主な勝ち鞍
1988年:南部駒賞、東北サラブレッド3歳チャンピオン
1989年:不来方賞、ダービーグランプリ
1990年:みちのく大賞典、東北サラブレッド大賞典
1991年:みちのく大賞典、シアンモア記念
1992年:シアンモア記念
※馬齢は現表記に統一
父スイフトスワロー、母エンジョイ、母父Blakeneyという血統。スイフトスワローに反応した人、さてはダビスタやってたなオメー。
父のスイフトスワローはノーザンダンサー産駒で、母に英オークス馬という超良血馬だが現役時代は怪我が原因で未出走だった。種牡馬入りすると母父であるアリシドン譲りの重厚さを生かし、中長距離やダート路線を中心に活躍馬を送り出した。91年には地方リーディングを獲得している。
母エンジョイは特に情報がない。母父ブレークニーはイギリスダービー馬で、キングジョージやアスコット金杯2着の実績馬。種牡馬としても活躍し、キングカメハメハの母母父として日本に名を残している。
岩手競馬の城地藤男厩舎に入厩し、7月の新馬戦でデビュー勝ちを収めると、一気に9連勝。カウンテスアップやボールドマックスに騎乗した岩手の名騎手小竹清一が基本的に主戦を勤めた。
翌年のスプリングCと4歳戦を2着に敗れるが、そこから更に6連勝。最強3歳馬決定戦の不来方賞を生涯のライバル、グレートホープを下し優勝、全国交流競争のダービーグランプリを岩手馬として初めて優勝するなど、ここまで17戦15勝、2着2回という東北では無敵を誇った。
丁度、南関東には南関三冠を達成し、果敢に中央に殴り込むなど活躍した牝馬がいた。ロジータである。
陣営は岩手最強馬として東京大賞典(2800m)へ殴り込む。当時の東京大賞典は南関東馬限定のレースであったので、スイフトセイダイは大井の福永二三雄厩舎へ転厩。わざわざ転厩してまで殴り込みをかけた。
東京大賞典本番で1番人気に推されたのはスイフトセイダイの方で、ロジータは前走ジャパンカップで最下位に負けていた事もあり人気を落としていた。レースではスイフトセイダイが逃げを打ち、直線入口を先頭で迎え逃げ込みを図るが、ロジータがほとんど持ったまま交わし、3馬身付けられて敗戦。それでも2着を確保しており、岩手最強馬の意地を見せた。
翌年には岩手に帰り再び岩手を蹂躙。すずらん賞とシアンモア記念を僅差で落としたものの連対記録は伸び続け、9月に新潟の東北サラブレッド大賞典に遠征し堂々勝利。10月には再び大井へ渡る。しかし、引退したロジータに代わり栃木から上山、そして大井へやって来たダイコウガルダンが立ちふさがる。
大井移籍後は金盃と大井記念を勝つが不安定な成績だったダイコウガルダンだが、スイフトセイダイがやって来ると一気に開花。スイフトセイダイはグランドチャンピオンと東京大賞典を共に僅差2着に敗れる。
1991年も相も変わらず。条件戦からみちのく大賞典や赤松杯、シアンモア記念と4連勝し、ここに来て果敢に中央に挑戦。文字通り地方馬が沢山やって来る頃のオールカマーに挑戦。初の芝コースで若干手間取りつつも5着に入る。続いて札幌に遠征し、交流競走のブリーダーズゴールドカップに出たが、中央馬のカミノクレッセに大差を付けられ2着に敗北。GⅠ3戦連続2着の印象が強いカミノクレッセだが、実はダートでめちゃんこ強かった。
翌92年も岩手で快調に連勝するが、みちのく大賞典にてライバルのグレートホープの他に、3歳馬モリユウプリンスの後塵を拝し3着に敗れ、地方での連対記録は33でストップ。おかしな事やっとる。
未だ健在なれども衰えもあり、シアンモア記念1着と北上川大賞典2着を挟み、岩手競馬の有馬記念こと桐花賞に出走。今まで大井とかに遠征してた為か、桐花賞は初出走である。ここではグレートホープにもモリユウプリンスにも、更にハルサンヒコーにも負け地方での複勝記録が38でストップした。
翌年以降も現役を続けたが、復帰戦の桂樹杯で勝ち、赤松杯とシアンモア記念2着を最後に連対する事はなくなった。岩手競馬は、赤松杯とシアンモア記念を勝ったモリユウプリンス、更にその同期であるトウケイニセイが覇を競い合う時代に突入し、94年の赤松杯を最後に重賞に挑戦する事は無くなり、同年12月をもって引退。最終レースは8頭立て3着であった。
通算成績は51戦27勝、2着11回。うち中央が1戦0勝。
2歳時から岩手競馬にて無敵を誇り、大井に転厩してまで現地の強豪に戦いを挑んだ。まさに、「英雄は東北から来た」。5年以上にわたり岩手競馬、ひいては地方競馬の最強格として君臨していた。トウケイニセイ相手にはTNTNにやられていたが、そのときには衰えもあったので致し方なし。同期のグレートホープとは良いライバル関係で、スイフトセイダイが大井に行っている中、南部杯や桐花賞に出走して岩手競馬を盛り上げており、両馬の対決は「SG対決」と呼ばれ岩手競馬の名物であった。ちなみに対戦成績は24戦してスイフトセイダイが15回先着と大いに勝ち越し、1度だけ両馬同着があった。
引退後は青森の牧場で種牡馬入りしたが、地方競馬で勝ちを挙げた馬が数頭いる程度に留まる。
現在は功労馬として生活を送っているらしい。
メイセイオペラがフェブラリーステークスを制したとき、鞍上の菅原勲は「全盛期のトウケイニセイはもっと強い」と言った。トウケイニセイは岩手で無敵を誇ったが遠征はしていないため実際の実力は生で見た人しか知らない。しかし、老境にあったとはいえ他地区でも実力を見せつけたスイフトセイダイを破ったモリユウプリンスを蹴散らした事から、トウケイニセイの実力に疑義を持つ事は無いだろう。
前時代の英雄として後輩にバトンを渡す。スイフトセイダイが岩手、ひいては地方競馬に果たした役割はその成績以上のものがあった。
*スイフトスワロー Swift Swallow 1977 鹿毛 |
Northern Dancer 1961 鹿毛 |
Nearctic | Nearco |
Lady Angela | |||
Natalma | Native Dancer | ||
Almahmoud | |||
Homeward Bound 1961 栗毛 |
Alycidon | Donatello | |
Aurora | |||
Sabie River | Signal Light | ||
Amorcille | |||
エンジョイ 1973 鹿毛 FNo.1-w |
Blakeney 1966 鹿毛 |
Hethersett | Hugh Lupus |
Bride Elect | |||
Windmill Girl | Hornbeam | ||
Chorus Beauty | |||
*ウィッチズストーン 1967 芦毛 |
Never Say Die | Nasrullah | |
Singing Grass | |||
Lucky Verdict | Court Martial | ||
Stone of Fortune | |||
競走馬の4代血統表 |
クロス:Nearco 4×5(9.38%)、Hyperion 5×5×5(9.38%)、Pharos 5×5(6.25%)、Mahmoud 5×5(6.25%)
掲示板
2 ななしのよっしん
2023/02/01(水) 22:39:23 ID: TrdaxGY3OB
ウイポでめっちゃ活躍して印象に残った馬。岩手の馬だったんスねぇ
3 ななしのよっしん
2023/04/22(土) 21:14:26 ID: f/+Q7SE1N6
4 ななしのよっしん
2023/04/27(木) 11:15:51 ID: XFqh+I8jhq
>>3
地方間でも交流があまりなかった時代に、転厩してまで東京大賞典に殴り込みをかけたり各所で走ってるからね、物差し化もやむなし
全記録が載ってるサイトを改めて見たけど(https://
少なくとも1992年上半期までは、盛岡では無双しつつ強者を求めて転戦してる感が……
遠征先で負けても(芝のオールカマーはノーカン)2着
ダイコウガルダンとはほぼ互角、ロジータとカミノクレッセよりは弱い、でもそれ以外には負けないっていうのも分かりやすい
もはや芝馬扱いされて久しいカミノクレッセはともかく(個人的にはダートのほうが強いと思ってるんだが)、ダイコウガルダンとロジータって言えば地方でも伝説級名馬だしな
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最終更新:2024/12/02(月) 13:00
最終更新:2024/12/02(月) 13:00
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