遠くとも一度は詣れ善光寺
仏教が諸宗派に分かれる以前からの寺院のため、無宗派である。また女人禁制があった昔の仏教の中では珍しく、女人救済も行われていた。
ご本尊は一光三尊阿弥陀如来。7世紀に難波の堀江に捨てられていたのを信濃の本田善光が拾い、信濃に持ち帰り祀ったのが起こりといわれる。善光寺の住職は、山内にある天台宗の「大勧進」にお勤めの「大勧進貫主(かんす)」と、浄土宗の「大本願」にお勤めの「大本願上人(しょうにん)」の両名が務める。
ニコニコ動画では2008年の北京五輪聖火リレーでの抗議に関する動画が多い。
地名としての善光寺
「善光寺」はまた、長野市の通称ないし美称として用いられることもある。これは、長野、妻科、権堂(いずれも現在の長野市中心部の地名)といった善光寺の門前町を構成する村々を指して善光寺町(善光寺宿)と呼んでいたことに由来するものであり、一帯は善光寺平と呼ばれる(信州では盆地を◯◯平と伝統的に呼んでいる)。
通称を持つ都市はそれほど珍しいものでもないが、殊に「善光寺」については地域間の軋轢という大きな問題を長野県が抱えていることから(長野県の項目も併せて参照)、他の都市の通称と比べて非常に積極的に用いられている。長野県を表す美称である「信州」についても同様のことが言える。
また、長野の善光寺とはかけ離れた場所にあって「善光寺」を名乗る地名が各地に存在するが、善光寺は長い歴史の中で何度か移転しており、いくつかの「善光寺」は現在長野にある善光寺がかつてあったことからついた地名である(長野県飯田市の「元善光寺」や山梨県甲府市の「善光寺」(甲斐善光寺)など)。
長野を指して言う「善光寺」と区別するために旧国名を冠して名乗ることが多い。
ちなみに「善光寺駅」という駅が存在するが、この駅は長野ではなく甲斐善光寺にある。
御開帳
正式には「善光寺前立本尊御開帳」といい、数えで7年に1度行われる。
善光寺のご本尊は秘仏であるため、ご本尊の忠実な写しとされる前立本尊が開帳される。この前立本尊と「善の綱」で結ばれた回向柱(えこうばしら)に触れることで、前立本尊に触れたことと同じご利益が得られるとされる。
近年は善光寺のほかに、長野県飯田市の元善光寺、山梨県甲府市の甲斐善光寺、愛知県稲沢市の善光寺東海別院、岐阜県関市の関善光寺、岐阜市の岐阜善光寺による「六善光寺同時御開帳」が行われている。
回向柱の文字
五大の種子とよばれる、胎蔵の大日如来を「空(キャ)、風(カ)、火(ラ)、水(バ)、地(ア)」の五つの梵字で表したものが4つの面に記されている。これらは、仏教で宇宙の構成要素とされている。
また、柱の下部には漢文も記されている。ここでは、梵字は入力できないため省略する。
正面
- 「奉開龕前立本尊」
- 前立本尊を開龕(かいがん)し奉る
東(如来の功徳)
西(如来の救済)
北
御印文頂戴
善光寺では、毎年1月7日~15日まで「御印文頂戴(ごいんもんちょうだい)」が行われている。御印文頂戴とは、宝印を頭に押していただく儀式のことで、極楽往生のご利益があるとされる。
御開帳の期間中も行われているため、前立本尊の参拝と合わせて御印文頂戴を受けることができる。
お数珠頂戴
本堂でのお朝事などで御出仁される住職が、参道にひざまづく信徒の頭を数珠で撫でて功徳をお授けになる「お数珠頂戴」という儀式がある。毎日行われているもので、御開帳期間中ならば午前5時30分頃にお数珠をいただける。
アクセス
初詣や御開帳の期間中は、長野市内は大渋滞となることがある。駐車場も少ないため、公共交通機関の利用をお勧めする。
御開帳の期間中は特に混雑し、大門から本堂まで3時間以上かかったという声もあったという。なるべく休日を避け、時間に余裕をもって参拝されたい。
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関連項目
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