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柳田浩一(やなだ こういち、1966年7月11日-)とは、元プロ野球選手(外野手)、プロ野球審判員である。
審判員としての袖番号は5。(2010年以前は8)関東勤務のクルーコーチ。
また、元プロ野球選手の審判員としては珍しい、タイトル経験がある審判員でもある。
概要
プロ野球審判員 | |
---|---|
柳田浩一 | |
基本情報 | |
国籍 | 日本 |
出身地 | 徳島県阿南市 |
生年月日 | 1966年7月11日 |
身長 体重 |
182cm 78kg |
選手情報 | |
投球・打撃 | 右投両打 |
守備位置 | 外野手 |
プロ入り | 1984年ドラフト3位 |
経歴 | |
プロ野球選手テンプレート |
1985年、ドラフト3位でヤクルトスワローズに入団。俊足強肩の外野手として活躍し、1990年には監督に就任した野村克也の抜擢を受けセンターのポジションを栗山英樹(現:北海道日本ハムファイターズ監督)から奪取(結果として栗山はこれが一因となり現役を引退した)。ゴールデングラブ賞を受賞する。そのあとは飯田哲也のセンターコンバートによりポジションを追われるも、1992年の日本シリーズでは試合の流れを変えると評されたファインプレーを見せた。その後近鉄バファローズにトレード移籍。
近鉄にトレード移籍となった経緯は、センターのレギュラーを確保した翌年に、それまでひたむきだった性格が、いきなり横暴になり、当時同僚だった橋上秀樹(現巨人コーチ)が窘めるほど、チームに悪影響を与えたためである。
この移籍に対し、柳田自身は「野村監督に裏切られた」との思いや「野村監督に捨てられ恨みしか残っていない」と語り、近鉄時代には野球に身が入らず目立った活躍はなく、1996年に現役を引退した。
プロ野球審判時代
1997年よりパシフィックリーグ審判部に入局し、1998年7月29日の西武ライオンズ対大阪近鉄バファローズ戦に二塁塁審としてに一軍初出場を果たす。以後2002年には早くもオールスターゲームに出場するなど、着実にキャリアを積み重ねた。
2007年には日本シリーズに初出場。山井大介投手が完全試合を目前に降板した第5戦では球審を務めた。選手、審判の双方で日本シリーズに出場したのは3人目である。同年、審判員奨励賞を受賞している。
2009年7月5日の楽天vs西武戦で通算1000試合出場を達成した。
2010年より主任審判員。2011年からは役職名変更によりクルーチーフとなる。
野村克也が東北楽天ゴールデンイーグルスの監督に就任した時、柳田は楽天に不利な裁定を下すことが多かったと当時楽天のヘッドコーチだった橋上秀樹は自身の著書に記しているが、柳田自身はこれを否定している。
2012年の日本シリーズに3度目の出場となる。4戦目まで塁審や外審として出場し、第5戦では球審を務めた。その時の出来事は下記をご覧くださいな。
2020年6月25日の東京ヤクルトスワローズ対阪神タイガース戦にて通算2000試合出場を達成した。
世紀の大誤審疑惑
2012年日本シリーズは、そのポジションを奪われ引退に追い込まれた栗山率いる北海道日本ハムファイターズと、読売ジャイアンツの対戦となった。そして日本ハムのベンチ入り選手の中に、多田野数人が登録されていた。
事件は第5戦に起こった。この日、日本ハム先発の吉川光夫は、第1戦と同じくジョン・ボウカーにホームランを打たれるなど大炎上。その失点を取り戻すべく多田野数人が日本シリーズのマウンドに初めて上がった。
イーファスピッチなどに期待がかかるなか、4回表の柳田の判定が問題になった。無死1塁、バッターは9番捕手・加藤健。バントの構えをした加藤の初球、多田野数人が投じたムービングファストボールは加藤のインハイをえぐる投球となった。バットを引きつつ避ける加藤。ボールは捕手鶴岡慎也がとりそこねてホームベースを通過した。これを柳田はファールと判定。
だが加藤の様子がおかしい。もんどり打って倒れる加藤。加藤の引いたバットが自らの顔面を直撃したという見方や、加藤が痛がる演技をしたという主張もあるが、定かではない。ここで原監督の抗議を受けた柳田はボールが加藤に当たったと判断し、次のように宣告した。
球場中の観客、そして全国の視聴者が驚愕し、テレビ実況者が「これ、頭にバットが当たってますよ!」と言った。この判定に対し栗山監督がボールは加藤に当たっていないと抗議するも認められなかった。
急遽登板した森内壽春を攻め立て巨人は追加点を挙げるがここから12球団一いい雰囲気である(とされる。メディア発表)札幌ドームの雰囲気は修羅場と化した。原因となった加藤のその後の打席でブーイングが鳴り止まず(なお加藤はタイムリーツーベースを打った)、直後、長野久義の膝にデッドボールが直撃し長野が負傷退場するなど大荒れとなってしまった。これをファンらは、「日本プロ野球最高峰の戦いである日本シリーズが壊れてしまった」と表現した。
ファンらは「柳田の判定は誤審であり、試合が"壊れた"原因はその誤審にある。」と主張している。そして柳田の判定は「日本シリーズにおける退場を伴うプロ野球史上最悪な"誤審"」としてプロ野球ファンの記憶に刻まれることになった。
成績
通算打撃成績
通算:7年 | 試合 | 打席 | 打数 | 得点 | 安打 | 二塁打 | 三塁打 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | 犠打 | 犠飛 | 四球 | 死球 | 三振 | 併殺打 | 打率 | 出塁率 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
NPB | 327 | 647 | 674 | 78 | 129 | 18 | 6 | 8 | 48 | 29 | 30 | 4 | 36 | 3 | 103 | 5 | .225 | .272 |
関連商品
選手、コーチとして野村克也氏と長い間かかわってきた橋上秀樹氏の著書。
野村克也に対して様々な面で挑んだ13人のうちのひとりとして柳田浩一が登場。選手時代や審判員としての「彼」について詳しく書かれている。
関連項目
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