自社株買いとは、企業の財務に関する言葉の1つである。
概要
定義
自社株買いとは、企業が株主に譲渡した株式を買い戻し、自己株式の保有を増やすことをいう。
長所
自社株買いをすると、株主に放出された株式の総数が減り、EPS(1株当たり税引後当期純利益)が高まり[1]、「この株を持っていると高額の配当をもらえる」と株式市場の参加者が考えるようになり、株式市場で買い注文が増え、株価が上がる。株価が上がると、既存の株主の利益が増える[2]。
自社株買いはハゲタカファンドによる敵対的買収を防ぐ効果がある。企業にとって株主は、①友好的な株主と、②敵対的買収を仕掛けてくるハゲタカファンドの株主と、③中立的な株主の3種類がある。②のハゲタカファンドは③の中立的株主から株式を買い集めて議決権比率を上げようとする傾向があるのだが、それを防ぐには、企業が自社株買いをして、③の中立的株主から株式を買い戻したり、株価を上げて敵対的買収に必要な資金量を増やして敵対的買収を妨害したりすることが有効である。
自社株買いをすると株主に放出された株式の総数が減るので、会社にとって配当を支払う負担が減り、その他利益剰余金が蓄積しやすくなる。
短所
自社株買いは、銀行預金という流動資産を減らしつつ、純資産を減らす行為である。
銀行預金のような流動資産は即座に他の資産に変形させることができるのだが、土地のような固定資産は即座に他の資産に変形させるのが難しい。このため流動資産は固定資産よりも資産価値が高く、流動資産を多く抱えている企業は銀行からの評価も良好になる。自社株買いとはそういう流動資産を減らす行為なので、企業にとって本質的に好ましくない行動である。
自社株買いをすると貸借対照表の純資産の部の合計額が減り、自己資本比率が下がる。自己資本比率は、「貸借対照表の純資産の部の合計額(自己資本)」を「貸借対照表の貸方(右半分)の合計額(総資本)」で割ることで求められる。自己資本比率が低くなる企業は倒産の可能性が増えるので、銀行からの評価も悪くなる。このため、自社株買いは企業にとって本質的に好ましくない行動である。
自社株買いの一部は「みなし配当」となる
会社が自社株買いをすると、株式を会社に渡しつつ銀行預金を受け取った株主は「受け取った銀行預金の中の一部は実質的な配当であり、みなし配当である」と税務署に判断される。
会社の純資産が1億円で、資本金1千万円で、利益剰余金が9千万円だとする。その会社が株主に対して5千万円の自社株買いをした場合、「5千万円のうち、資本金を原資とする分が1で利益剰余金を原資とする分が9の割合である」と判断され、「5千万円のうち、1/10の5百万円が資本の払い戻しで、9/10の4千5百万円が利益剰余金を原資とする配当である」と判断される。
自社株買いを行った会社が上場企業なら、その自社株買いを受けた株主は、5百万円が申告分離課税の「一般株式等に係る譲渡所得」とされ、一律で20%だけ所得税・住民税を課税される(資料)。そして4千5百万円も申告分離課税の「上場株式等の配当」とされ、一律で20.315%だけ所得税・住民税を課税される(資料)。
一方で、自社株買いを行った会社が非上場企業なら、その自社株買いを受けた株主は、5百万円が申告分離課税の「一般株式等に係る譲渡所得」とされ、一律で20%だけ所得税・住民税を課税される。しかし4千5百万円は総合課税の課税所得金額の追加分とされ、累進課税の所得税・住民税が課せられる。
ちなみに、非上場企業の株式をもらうという形で相続して相続税を課税された人が、相続してから3年10ヶ月以内に自社株買いをしてもらって現金化すると、もらったお金のすべての一律20%の所得税・住民税を課税されるという特例措置がある(資料1、資料2)。
会社法の財源規制
日本の会社法では自社株買いに財源規制が設けられている。貸借対照表の純資産の部に記載されている「その他資本剰余金」と「その他利益剰余金」の合計額(会社法で定義される剰余金)が自社株買いの上限金額となる(会社法第446条、第461条)。
歴史
もともと日本では自社株買いが禁止されていた。しかし1994年や2001年の法改正により、自社株買いや自己株式の保有が認められるようになった。
必要な手続き
企業が特定の株主に通知をして特定の株主に自社株買いを提案するときは、株主総会の特別決議を必要とする(会社法第160条、第309条第2項第2号)。
企業がすべての株主に通知をしてすべての株主に自社株買いを提案するときは、株主総会の普通決議を必要とする(会社法第156~159条)。
企業が子会社に通知をして子会社に自社株買いを提案するときは、つまり子会社から株式を買い取るときは、取締役会非設置会社なら株主総会の普通決議を必要とするし、取締役会設置会社なら取締役会の決議を必要とする(会社法第163条)。
企業の中で上場企業が株式市場で自社株買いをしたり、株式市場の外で株式公開買付(TOB)を行って自社株買いをしたりするときは、取締役会の決議のみを必要とするように定款で定めることができる(会社法第165条第2項)。特別に定款の定めがないのなら株主総会の普通決議が必要である(会社法第156条)。
関連項目
脚注
- *EPS(1株当たり税引後当期純利益)の分子は税引後当期純利益で分母は「株主に譲渡された株式の総数(発行済株式総数から自己株式を引いたもの)」であることが日本の会計基準で求められている。
- *株主が時価会計主義で財務諸表を作っている場合、期末において保有する株式の株価が購入価額よりも上がっていたら、有価証券評価益という収益を計上し、貸借対照表で資産の部における有価証券の金額を増やすので、「株主が利益を得て富を増やした」と表現することができる。一方で株主が簿価会計主義で財務諸表を作る場合、期末において保有する株式の株価が購入価額よりも上がっていたとしても、収益を計上するわけではなく、貸借対照表において資産の部における有価証券の金額を増やすわけでもないが、「株主が含み益を得て実質的に富を増やした」と表現される。
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