黒死館殺人事件(こくしかんさつじんじけん)とは、日本の長編推理小説である。
作者は小栗虫太郎。1934年、雑誌「新青年」の4月号~12月号に連載された。
オリガは眼を覆われて殺さるべし。
旗太郎は宙に浮かびて殺さるべし。
易介は挟まれて殺さるべし。
概要
「どうも君は、単純なものにも紆余曲折的な観察をするので困るよ」――支倉検事
探偵・法水麟太郎(のりみずりんたろう)が、「黒死館」の別名を持つ大城館・降矢木(ふりやぎ)邸での、世にも奇怪な連続殺人事件に遭遇する話……のはず。
しかしこの本の神髄は、ストーリーとはほとんど関係がない難解な蘊蓄で埋め尽くされた文体である。
試しに抜粋してみるとこんな感じ。
「ウイチグス呪法典はいわゆる技巧呪術(アート・マジック)で、今日の正確科学を、呪詛と邪悪の衣で包んだものと云われているからだよ。元来ウイチグスという人は、亜剌比亜(アラブ)・希臘(ヘレニック)の科学を呼称したシルヴェスター二世十三使徒の一人なんだ。ところが、無謀にもその一派は羅馬(ローマ)教会に大啓蒙運動を起した。で、結局十二人は異端焚殺に逢ってしまったのだが、ウイチグスのみは秘かに遁(のが)れ、この大技巧呪術書を完成したと伝えられている。それが後年になって、ボッカネグロの築城術やヴォーバンの攻城法、また、デイやクロウサアの魔鏡術やカリオストロの煉金術、それに、ボッチゲルの磁器製造法からホーヘンハイムやグラハムの治療医学にまで素因をなしていると云われるのだから、驚くべきじゃないか。また、猶太秘釈義(ユダヤカバラ)法からは、四百二十の暗号がつくれると云うけれども、それ以外のものはいわゆる純正呪術であって、荒唐無稽もきわまった代物ばかりなんだ。だから支倉君、僕等が真実怖れていいのは、ウイチグス呪法典一つのみと云っていいのさ」
(序篇 降矢木一族釈義)
このように膨大な衒学趣味(ペダントリー)に彩られた文章を読んでいるうち、読者は今はどの場面なのか、何を喋っているのかが曖昧なまま、見当識を失ってしまうだろう。
この得も言われぬ酩酊感を好むファンも多い一方、難解さ故に心折れる読者もまた多い。
そうした蘊蓄をすべて取り除いてみると、法水の推理はMMRのキバヤシに匹敵するトンデモ推理である。よって読者は慣れさえすれば「あるあr・・・ねーよwww」と突っ込みを入れながら楽しく読めるだろう。
また、ワトソン役の支倉(はぜくら)検事と熊城(くましろ)捜査局長が法水の推理に難なくついていき、蘊蓄の説明もそれなりに理解しているのも突っ込み所の一つである。
この衒学趣味的な部分や舞台設定など、S・S・ヴァン=ダインの代表作である推理小説『グリーン家殺人事件』からの影響が非常に強い。前述の登場人物3名も、探偵ファイロ・ヴァンス、マーカム地方検事、ヒース部長刑事を踏襲している。
更には作中で『グリーン家殺人事件』のネタバレがされているが、読み終えた頃にはおそらく記憶から抜け落ちているだろうからあまり気にすることはない。
この事件の前日譚として冒頭で触れられているのが、同作者による短編推理小説「聖アレキセイ寺院の惨劇」である。こちらも青空文庫で全文を読めるので、併せて読むと面白いかも知れない。
このような特異な点から夢野久作の「ドグラ・マグラ」、中井英夫の「虚無への供物」と並び、日本探偵小説史上の三大奇書に数えられる。
これに竹本健治の「匣の中の失楽」を加え、四大奇書とも呼ぶ場合もあるが、異論を唱える者もいる。
本で読みたい場合、2023年現在、文庫では2008年に出た河出文庫版、2023年に出た角川文庫版、創元推理文庫の『日本探偵小説全集6 小栗虫太郎集』の3種類が流通している。
角川文庫版は小栗のデビュー作「完全犯罪」を併録。また創元推理文庫版では「完全犯罪」に加えて「後光殺人事件」「聖アレキセイ寺院の惨劇」「オフェリヤ殺し」も併録している。創元推理文庫版はその分お値段がお高め。一番リーズナブルなのは角川文庫版である。
また2017年には作品社から「新青年」掲載版を復刻し、作中の難解な語彙に合計約2000箇所の註をつけた『黒死館殺人事件 「新青年」版』が出ている。ただし、お値段なんと7344円(税込)。
麻耶雄嵩の推理小説「翼ある闇―メルカトル鮎最後の事件―」は、本書のパロディが随所に見られる。
オチの文章まで一緒。
関連項目
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