国際金融のトリレンマ(the monetary trilemma)とは、経済学の言葉である。3目標同時達成の不可能性(impossible trinity)ともいう[1]。
「国家が経済政策を実行するとき、①貿易や国際的資本移動の自由と、②固定相場制と、③国内実質利子率の決定の自由の3つをすべて達成することができず、同時に達成できるのは2つだけで、必ずどれか1つを諦めなければならない」とする理論のことを国際金融のトリレンマという。
自由貿易とは、国家の垣根を越えて財・サービスが自由に売買されることをいい、輸出や輸入が自由に発生することをいう。
自由な国際的資本移動とは、国家の垣根を越えて資本が自由に移転することをいい、資本流出や資本流入が自由に発生することをいう。
輸出から輸入を引いた額を純輸出といい、資本流出から資本流入を引いた額を純資本流出という。国際会計において純輸出は純資本流出と必ず一致する[2]。つまり、純輸出がGDPの中に発生する国は、それと同額の純資本流出が発生している。
貿易と国際的資本移動は表裏一体であり、どちらか片方を自由化したいのなら必ずもう片方も自由化しなければならない。
国際的資本移動を制限すると必ず貿易が制限され、自由貿易から保護貿易に移行することになる。政府が「米ドルと円の両替を1日○円までに制限する」と定めて国際的資本移動を制限し、貿易業者が米ドルと円を両替するのに数ヶ月も掛かるようにすると、それだけで貿易が制限され、自由貿易から保護貿易に移行することになる。
自由貿易から保護貿易に移行して貿易を制限すると必ず国際的資本移動も制限される。貿易を制限すると人の往来が制限される。なぜなら外国人が入国して自国の財・サービスを買うことは輸出にあたり、自国の人が出国して外国の財・サービスを買うことは輸入に当たるからである。人の往来が制限されると、国際的投資家が外国に行って企業の様子を見て投資を決めるという行為が制限され、国際的投資家の外国向けの投資意欲が制限され、国際的資本移動が制限される。
このように、貿易と国際的資本移動は表裏一体であり、どちらか片方を制限すると必ずもう片方も制限されるし、どちらか片方を自由化したいのなら必ずもう片方も自由化しなければならない。
実質利子率の低い国で資金を借りてその資金を外国為替市場で両替して実質利子率の高い国で資金を貸すことをキャリートレードという。キャリートレードが自由に行われることは自由な国際的資本移動のうちの1つである。
企業が海外企業を買収して多国籍企業に変化することも自由な国際的資本移動のうちの1つである。企業Aが海外企業を買収するときは、企業Aが手持ちの自国通貨という資産を外国通貨に両替して、その外国通貨で外国企業Bの既存株式または新規発行株式を購入するのだが、企業Aの資産は自国通貨から「外国企業Bの株式」に変化しており、資本が国際的に移動している。
企業が海外に工場を建設して生産海外移転とか設備海外移転とか海外進出などと呼ばれることを行うことも自由な国際的資本移動のうちの1つである。企業Aが海外に工場を建設するときは、企業Aが外国企業Bの新規発行株式を購入しており、企業Aが多国籍企業に変化している。そして外国企業Bは新規発行株式の売却で得た外国通貨を使って工場を建設し、外国通貨という資産を工場という資産に変化させている。
1945年から1971年まで続いたブレトンウッズ体制のもとでは国際的資本移動が基本的に制限されていた[3]。国際的資本移動の自由化が本格化するのはブレトンウッズ体制が崩壊してからである。
固定相場制とは、政府や中央銀行が特定の外国通貨と自国通貨の名目為替レートを厳格に固定することをいう。「特定の外国通貨」には米ドルのような基軸通貨が入ることが多い。
固定相場制だと名目為替レートが安定し、物価が一定の短期において実質為替レートも安定し、貿易の確実性が高くなり、企業の経営の見通しが立ちやすくなる。このため企業が在庫投資や設備投資といった投資を行いやすくなり、国家の投資が増えやすくなる。
また、固定相場制だと名目為替レートが安定し、物価が一定の短期において実質為替レートも安定し、純輸出がプラスの国はその状態が固定されやすくなる。
変動相場制になると名目為替レートが安定しなくなり、物価が一定の短期において実質為替レートも安定しなくなり、貿易の確実性が低くなり、企業の経営の見通しが立ちにくくなる。このため企業が在庫投資や設備投資といった投資を行いにくくなり、国家の投資が増えにくくなる。
また、変動相場制だと名目為替レートが安定しなくなり、物価が一定の短期において実質為替レートも安定しなくなり、純輸出がプラスの国に対して純輸出をゼロに近づける圧力が掛かる。これを変動相場制の自動調整メカニズムという。
国内実質利子率の決定の自由とは、政府が財政政策を実行して中央銀行が金融政策を実行することで国内実質利子率を自由に決定することをいう。
インフレ率が0%であり、中央銀行がインフレ率を0%に維持するように義務づけられていて、閉鎖経済になっている国があるとする。そうした国では次のようになり、「政府が財政政策で実質利子率を決め、中央銀行が金融政策でその実質利子率を実現する」という図式ができあがる。
政府が財政政策を実行して政府購入需要Gや消費需要Cの規模を決め、実質利子率の本来の数値をr'に決め、投資需要の本来の規模をI'に決める。政府購入需要Gと消費需要Cと本来投資需要I'の合計値G+C+I'は国内の総供給Yに等しい。
一方で中央銀行がマネーサプライMを操作する金融政策を実行し、短期で物価Pが一定なので実質貨幣残高M/Pを操作し、名目利子率iを決め、それによって実質利子率の実際の数値をrに決め、投資需要の実際の規模をIに決める。
インフレ率が0%であり、中央銀行がインフレ率を0%に維持するように義務づけられていて、大国開放経済になっている国があるとする。そうした国では次のようになり、「政府が財政政策で実質利子率を決め、中央銀行が金融政策でその実質利子率を実現する」という図式ができあがる。
政府が財政政策を実行して政府購入需要Gや消費需要Cの規模を決め、実質利子率の本来の数値をr'に決め、純資本流出の本来の規模をCF'に決め、実質為替レートの本来の数値をε'に決め、「投資需要+純輸出需要」の本来の規模をI'+NX'に決める。政府購入需要Gと消費需要Cと本来投資純輸出需要I'+NX'の合計値G+C+I'+NX'は国内の総供給Yに等しい。
一方で中央銀行がマネーサプライMを操作する金融政策を実行し、短期で物価Pが一定なので実質貨幣残高M/Pを操作し、名目利子率iを決め、それによって実質利子率の実際の数値をrに決め、純資本流出の実際の規模をCFに決め、実質為替レートの実際の数値をεに決め、「投資需要+純輸出需要」の実際の規模をI+NXに決める。
中央銀行の金融政策の結果は次の3通りに分かれるが、2.の結果になることを常に求められる。
①閉鎖経済の国や大国開放経済の国において、中央銀行に対してインフレ率を0%に抑える金融政策を義務づけると、政府が国内実質利子率を全面的に決定する体制になる。
②閉鎖経済の国や大国開放経済の国において、中央銀行に対してインフレ率を小さなマイナスや小さなプラスに抑える金融政策を義務づけると、政府が国内実質利子率の大枠を決めて中央銀行が国内実質利子率を微調整する体制になる。
③閉鎖経済の国や大国開放経済の国において、中央銀行に対してインフレ率を大きなマイナスや大きなプラスにするような金融政策を許すと、中央銀行が国内実質利子率を全面的に決定する体制になる。
多くの経済学者が「インフレ率は0%が望ましい」と考えているが、一部の経済学者は「インフレ率は2~3%が望ましい」と考えている[4]。つまり、多くの経済学者が①の体制を望んでいて、一部の経済学者が②の体制を望んでいる。
国内実質利子率の決定の自由を持たない国は、経済学の教科書の教えに従えば、国内実質利子率が世界共通実質利子率r*とその国固有のリスクプレミアムθの合計値に等しくなる。
国内実質利子率の決定の自由を持たない国は、現実的には、国内実質利子率が固定相場制の対象となる通貨を発行する国の実質利子率に等しくなる。その典型例は香港であり、香港は米ドルを対象とした固定相場制を採用していて、アメリカ合衆国と同じ実質利子率になっている。
国内で過剰投資が増えていてバブル景気とバブル崩壊を作り出す危険が高まっているとき、財政政策と金融政策で国内実質利子率を上げて投資を減らしたいのだが、国内実質利子率の決定の自由を持たない国はそうしたことが不可能である。
国内の投資が極端に減っていて将来の資本量が減少する危険が高まっているとき、財政政策と金融政策で国内実質利子率を下げて投資を増やしたいのだが、国内実質利子率の決定の自由を持たない国はそうしたことが不可能である。
国際金融のトリレンマによると、3種類の国家だけが地球上に存在することになる。
ただし、実際には、4. 変動相場制を採用する小国開放経済の国(貿易や国際的資本移動の自由があり、変動相場制を採用し、国内実質利子率の決定の自由がない体制)も存在しており、経済学の教科書において重要な分析対象とされている。
以上の1.~4.はそれぞれの記事で長所と短所と性質が解説されている。
統合通貨ユーロ導入国をひとまとめにして「統合通貨ユーロ導入国連合」という巨大な国家として扱う場合は、大国開放経済の国となる。
「統合通貨ユーロ導入国連合」は、それ以外の国に対して貿易や国際的資本移動に極端な制限を掛けていない。
「統合通貨ユーロ導入国連合」は、米ドルのような基軸通貨を対象とする固定相場制を導入していない。
ユーロを発行する欧州中央銀行(ECB)は、「統合通貨ユーロ導入国連合」の政府購入や消費によって決まった実質利子率を実現するように金融政策を行っているのであり、アメリカ合衆国のような覇権国家の実質利子率と同じ実質利子率を実現するように金融政策を行っているわけではない。
統合通貨ユーロ導入国の中の一国は、固定相場制を採用する小国開放経済の国となる。ドイツやスペインが典型例である。
ユーロ圏内で貿易や国際的資本移動に極端な制限を掛けていない。ドイツがスペインに自動車を大量に輸出しているとき、スペイン政府は関税を掛けて自国産業を保護できない。ドイツがスペインの企業を買収しようとするとき、スペイン政府はそれを制限できない。
通貨同盟の採用は固定相場制の極地とされる。自国通貨が共通通貨となり、特定の外国通貨が共通通貨となるので、自国通貨と特定外国通貨の名目為替レートが1に固定される。ドイツとスペインの間の名目為替レートは1に固定される。
統合通貨ユーロ導入国の中の一国にはそれぞれ中央銀行がある。ドイツにはドイツ連邦銀行という中央銀行があり、スペインにはスペイン銀行という中央銀行がある。そうした中央銀行は、自国政府が財政政策によって決める実質利子率を実現するように金融政策を行うことができず、ユーロ圏全体で共通する実質利子率を実現するような金融政策を行うだけである。このためドイツでもスペインでも同じ実質利子率になるという現象が起こる。
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